第2話 稀代のエンチャンター2

 少し早い時間、私は新人冒険者三人と合流していた。

 カリンに伝えた時間よりも少し早めに落ち合う事にしたのだ。

 理由はいたって簡単、あの男を見張ってもらうように頼むためだ。

 いくらなんでも怪しすぎる、という疑念があったのだ。


「つまり、僕たちは外敵だけでなく同行者兼護衛のカリンさんも見張るという事ですね」


「そうです、彼はギルドが保証する人物とはいえ報酬に頓着していませんでした。冒険者でなくとも、いえ冒険者を副業にしているからこそ怪しいと思ってしまい……商人としては見過ごせなかったのです。仕事が増えてしまいますが、皆さんの安全のためにもお願いします」


「そうですね……ここで依頼失敗となるのも痛手ですし、わかりました。ご協力させていただきます」


「それを聞いて安心しました、どうぞよろしくお願いします」


 さて、社交辞令はこの程度で十分かと積み荷をチェックし始めて、彼らも自分たちの武器を見始めていた。

 交渉をしていたのはリーダー格の青年、いや少年と呼ぶべき年齢かな。

 剣を持っているし、これと言って特筆することのない装いをしている。

 見たところ交渉になれている様子がないのと、実績から見ても駆け出しなのはわかりやすい。

 微表情を隠す方法も知らなそうだから背後から切りつけられることは無いと思う、たぶん。

 ただあまりに無垢だから、ヤバい人に騙されたりしないか不安だ。

 うん、カリンが悪人だと想定して口車に乗せられてなんてことになったら……その時は潔く死を覚悟しよう。


 残りの二人は魔法使いと狩人だろうか。

 弓とナイフの手入れをしている少女、鮮やかな金髪だけどもしかしたらどこかの貴族出身かな。

 平民にしては髪が痛んでいないから少なくとも実家はお金持ちなんだろう。

 それを捨てて冒険者になったと見るのが適切、だとすれば裏切る可能性はグンと減る。

 だって、ここで騒ぎを起こして国軍やら衛兵やらに睨まれたら家に連れ戻されることになるだろうから。

 装備があまりいい品ではないから家族に送り出してもらったと考えるよりも、家出をしてきたと見る方がいいだろう。

 話している最中も彼女の表情はひときわ読みにくかったから、腹芸には慣れているんじゃないかな。


 最後に魔法使いは、正直に言ってしまうと三流だと思う。

 持っている杖が貧相すぎるし、着ているローブも中古品。

 魔法使いと言うのはどこに行っても重宝される物なのに、満足に装備を集められない時点でその実力はうかがえる。

 一部の例外、それこそ装備に関係なく力量を発揮できるような大物ならばいざ知らず新人という立場でこの様子ならあまり期待はできないだろう。


 となると、カリンの見張りは基本的に貴族の狩人さんにお願いするべきだろう。

 彼女ならうまく見張ってくれるだろうから。


「あら、少し遅くなってしまいました?」


 と、そんなことを考えていると件の問題児であるカリンがやってきた。

 昨日着ていた革鎧と布のマントにフード、今日はそれを被って日差しをよけている。


「いえ、時間通りですよ。新人の彼らにはちょっと早めに来てもらって、護衛に関する説明をしていただけです」


「そうでしたか、確かに護衛依頼は討伐依頼とは勝手が違いますからね」


 そう言って満足げに頷くカリン、フードを被っている分機能よりも表情が読みにくいけれど相変わらず裏のなさそうな顔をしている。

 本当に、遠回しに言わずに直球でお断りするべきだったかなと後悔し始めたものだった。


「それでは集まりましたし、出発しますか。改めて話しておきますが成功報酬として100ゴールド、支払いは目的地に到着してから。その間の水と食事はこちらで用意していますが、日程が遅れた場合その場で採取や狩猟をお願いすることもあり得ます。これは護衛依頼の中に含まれていますので追加のお金は払えませんが、はぎ取った皮や動物の角、モンスターの素材などは色付きで買い取らせていただきます」


「質問です、それは道中襲ってきたモンスターの討伐などに関してもですか」


 剣士の少年が手を挙げて質問をしてきた。

 うん、素直に聞いてくれるとこちらも助かる。

 

「その場合もです。ただ持ちきれない分をはぎ取ってきても捨てる事になるので余剰分は買い取り対象外と考えてください。また休憩中に各々で狩ってきた物に関してはこちらで買い取りはできないので途中による街や村で各自で買い取ってもらってください」


「わかりました」


 他に質問もなさそうなので、御者台に乗って緩やかに馬を歩かせ始めた。

 馬に負担をかけないように細心の注意が必要で、それは遅すぎても早すぎてもダメ。

 意外と難しくて専門の御者を雇う商人もいるくらいだけど私は経費削減のために自分で覚えた。

 カリンは荷台でホロの一部を持ち上げて左右を見張っている、貴族の狩人さんも同様に反対側を見張り。

 私の隣に魔法使いさんがいて彼女は前方の確認、私もしているけれど異常探知は冒険者の方が向いているから。

 荷台の後ろにあるステップに腰を下ろして後方警戒をしているのは剣士君、いつでも飛び出せる位置にいるけど本当ならこの位置は魔法使いさんにやってもらいたかったかなと言うのが本音。

 まぁその辺りの見張りは彼らに一任したから何も言わないけれど。


「いい天気ですねぇ」


「そうですね、この天候が続けば予定通り一週間で目的の街に着けるでしょう」


 魔法使いさんとそんな他愛ない会話をしながら、街から離れたのを確認して馬の歩調を早めた。

 少しゆっくり歩かせていた分、速度を出しすぎなければという範囲で馬の歩きたい速度で動かしてあげるのもコツだ。

 カポカポという足音が心地いい。


「えーと、エルマさんは魔法の道具とか取り扱っているんですか? 」


 護衛依頼の途中なのだからそちらに専念してもらいたいものだが、まだ街に近い位置にいるという安心感だろうか。

 そんな風に魔法使いさんが声をかけてきた。


「いくつか取り扱いはありますよ。あまりいい品ではないですけど炎の魔剣とか、マジックポーションとか」


 マジックポーションは錬金術で作られた薬で、縫合が必要な傷でもたちどころに治してしまうほどの優れものだったりする。

 作れる人間は多いけれど、作るための施設に莫大な費用が掛かるため流通量が少ないのが難点。

 でもこれひと財産なのよね。


「へぇ……ちなみに魔法使い用の杖とかローブってありますか……? 」


 やっぱり気にしていたらしい。

 魔法使いに一番重要なのはどんな魔法を使えるかで、続いてその使用回数、魔力が切れたから使えませんなんてことになったら無能もいいところだから。

 で、三番目に威厳。

 さっき私が見立てた通り威厳のない魔法使いは侮られる。

 だから彼女は杖とローブを新調したいと思っているのだろう。


「杖はかさばるので取り扱いは無いですねぇ。でも目的の街にいいお店があるので紹介しましょうか。ローブは少し値が張りますがサラマンダーのたてがみで編んだ物がありますよ」


「おいくらですか……? 」


「えーと、ざっとこんなもんですね」


 手綱を魔法使いさんに預けて持っているだけでいいからと伝えてからそろばんをパチパチとはじいて値段を見せた。

 大特価で3000ゴールド。


「……高い」


「そりゃまあサラマンダーですから。手頃なのだと羊毛から作ったローブが50ゴールドですね。そこそこ丈夫ですけど夏場は暑いです」


「それ、今夜の野営の時にでも見せてもらっていいですか? 」


「商売の話ですね、サイズは揃えていますし調節もできますのでご安心を」


 そう言うと魔法使いさんはほくほくとした表情で見張りに戻ってくれた。

 うん、需要と供給って大切だな。

 この辺りじゃ羊毛のローブは暑いから売れないけれど北に行くと数倍の値段になる。

 だから安く買いたたいたのを積んでいたけれど、早速一個売れたからよかったよかった。


 と、思っていたのはその日の夜まで。

 野営を始めようと言い出した瞬間だったかな……異常な光景を見る事になったのは。


「今日は此処で野営しましょう。誰か薪を集めてきてください」


「じゃああたし行ってきまーす」


 そう言って真っ先に近くの林に入っていったのは狩人さん。

 日が傾き始めている今鬱蒼とした林はさぞ視界が悪いだろうけれど、口調とか行動を見る限りかなりのお転婆さんだったのか心配はいらなそうかな。


「じゃあ私たちはその間にかまどを」


 作っておきますか、と言おうとしたところでカリンがにっこり笑ってナイフを取り出した。

 思わず身構えたのは私だけ、魔法使いさんと剣士君はぽかんとしている。

 この護衛、役に立たないなぁ……。


「かまどなら私が」


 そう言ってカリンは取り出したばかりのナイフを地面に突き立てた。

 するとボコボコと土が脈動して小さなかまどが出来上がったのだった。

 ……えぇ?


「あの……今何を?」


「あぁ土の魔剣です。剣と言うかナイフですけどね」


「はぁ……魔剣……魔剣!?」


 普通魔剣は強大なモンスターの盗伐とかそういうのに使われる物体で、ソウルストーンという特殊な石を使って剣に魔法を封じ込めた物だ。

 間違ってもかまどを作るために使うような代物ではない。

 特にソウルストーンの確保が難しく、ある国では宝石として扱われるほど。

 魔剣自体も使えば蓄積された魔力が減るので、その補充にもソウルストーンが必要になってくる。

 つまり制作コストも維持コストもばかにならない最終兵器が魔剣なのだ。


「あの……魔剣でかまどを作る意味は……その負担はできませんよ」


「え? だって楽じゃないですか。負担とかもとより考えてませんし」


「えぇ……」


 欲がないどころではなく価値観が壊れているとしか言いようがない。

 このカリンという男は便利だから、楽だからという理由で貴重品をポンポンと使っていく人種なのだろうか。

 ならば、確かに赤字覚悟ならドラゴンも対処できるというのは頷ける話だが……それは赤字どころか破産覚悟ではないだろうか。


「おまたせー、ってなんかすっごいのできてる!?」


 薪拾いから帰ってきた狩人さんが素っ頓狂な声をあげる。

 うん、わかるよその気持ち。

 でも実際に作られる光景見るともっとびっくりするよ。


「うへぇ……すごいねこれ」


 作られたかまどをペタペタと触りながら中で薪を組んでいく狩人さん。

 随分と手馴れている様子。


「あ、火つけますね」


 魔法使いさんが続けて薪に火をともした。

 魔法で着火したのはわかったけれど、詠唱が少し不安定かなという印象。

 その証拠に火の勢いが少し弱い。


「これだとちょっと弱いですね、火力上げますか」


 そう言ってカリンは指輪を取り出してかまどの中に投げ込んだ。

 同時にゴウッという音と共に火の勢いが増した。


「……なにしました?」


「間違って自傷してしまう炎をエンチャントした指輪の廃棄です。お気になさらず」


 お気になさらずですかそうですか。

 じゃねえよ!

 自傷系エンチャントも使い道があるのに使い捨てにするなよ!

 間違っても焚火にぶち込んでいい代物じゃねえよ!

 ……あー、なんかこの人の全容見えてきたかもしれない。

 旅をしているとたまにいる、こういう価値観ぶっ壊れた人。

 貴族の名門を自称する人に多いけど閉鎖的な環境に長い事ぶち込まれていたせいで感覚がぶっ壊れてるんだ。

 たぶんカリンはエンチャンターだから、それも確か出合い頭に最近の呼び方がわからないという理由で付与術師なんていう古い呼び名を出してきたくらいだから筋金入りの物知らずだったんだろうなぁ……。


「虫よけにタバコ吸いますけど皆さんいります?」


「あ、もらいます……」


 なんかもうどうにでもなーれって気分になったので煙草を貰う事に。

 剣士君たちも一本ずつ貰ってた。


「はい、火はこれでどうぞ」


 ナイフを手渡されてどうしろと言うのだ、とカリンを見ると同じようなデザインのナイフで煙草の先端を切って火をつけてた。

 こ れ も 魔 剣 か よ !

 なんかもう、本当に疲れたからカリンを真似て先端を切ったら火が付いた。

 うん、おかしい。

 私の知ってる魔剣ってさ、熟練の冒険者が強敵と戦うために用意する奥の手みたいなものなんだ。

 それが何でマッチの代わりに使われてるの?

 頭おかしいよこの人……。


「それじゃあ調理はお任せしますので私は見張りやってますね」


「あ、はい」


 もうね、脱力した。

 こんな人見張ってもらうだけ無駄だわ。

 魔剣をマッチ代わりに使えるような相手に新人が太刀打ちできるとか、ははっ、なにその冗談。

 もう無視しよう、殺されてもそういう運命だったと諦めようと遠い目をしながら肉と野菜を刻んでいたら指を切ってしまった。


「あいったー……」


「大丈夫ですか? 」


「えぇまぁ……」


 近寄ってきたカリン、私の予感が告げていた。

 絶対こいつなんかやらかすぞと。


「この指輪を」


「は……? 」


「ヒールの魔法が付与されてます。これをはめていると傷の治りが早くなりますよ」


 予 想 通 り だ よ 畜 生 !

 なんだそれ、ヒールの付与された指輪とか王族が欲しがるレベルだぞ!

 注意不足で指先切っちゃったー、てへっの傷に使っていい代物じゃないぞ!


「あ、ありがとうございます……」


 いやまあ、せっかくだからね。

 嘘だとは思っていないけどさ、ちょっと試してみたいじゃん?

 王族が欲しがるレベルのアイテムって。

 そんな気持ちで指輪をはめたら傷口が逆再生みたいに綺麗にふさがったよ。

 やったね、嫁入り前の体に傷がつかなかったよ!


 ……だめだわ、無いわこのテンション。

 ともかく指輪は速攻お返しして調理を再開。

 肉と野菜のスープに保存用のパン、それと焼いたソーセージ。

 野営にしては十分な食事だと思う。

 ちょっと奮発して果実の搾り汁も用意したしささやかな宴ができるかなーと思っていた。

 うん、思っていた。


「果実液なら冷やしたほうがおいしいですね」


 そんなことを言いながらカリンが懐から取り出したのは陶器製のコップだった。

 何でも出てくるなあいつの懐。


「どうぞ、氷の魔法で注いだ液体を冷やしてくれるコップです」


「あ、これはこれは……」


 はーい、これも貴族とか欲しがるやーつ!

 加減を間違えるとシャーベット作るか人の唇にくっついて凍傷になるからかなり繊細な技能が必要なやーつ!

 注いでも中身が冷えるだけで剣士君とかよく考えずに飲んでるけど全然平気そうだし!

 きっかり人数分用意できるとかどうなってんだよ!

……うん、もうあきらめた。

 この人は別次元の存在と言う事にしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る