商人の胃痛~世の中とんでも人間が多すぎる~
蒼井茜
第1話 稀代のエンチャンター
エンチャントという技術を皆さんはご存じだろうか。
世間的には魔剣や聖剣を作るための技術であり、私たちのような一般市民には無縁の物だが、有体に言ってしまえば魔法を何かしらの物品に込める行為を指し示す。
一番有名な物だと剣に炎の魔法を宿す事で敵を焼き切る魔剣や、雷の魔法に対する絶対防御力を誇る鎧だろうか。
今回はそう言った物品を作り出してしまうエンチャントの達人と出会った話を書き記す。
まずその人との馴初めを騙る必要があるけれど、出会いは冒険者ギルドだった。
モンスターを狩ったり、特殊な物品の収集を依頼するための場と思われがちだけれど私達のような商人の護衛依頼をお願いすることもある。
この護衛任務、たまにハズレを引くこともあるけれどそこは商人の腕の見せ所というもの。
この人に護衛してもらっても大丈夫だろうかと判断できるだけの眼力が必要になってくる。
その点私は自分で言うのもなんだけど、人を見る目には自信があると言っていいよ。
なにせたった数枚のゴールドから今では馬車を持ち、それなりに高級な宿屋に泊まれるほどの財力を手に入れたんだから商人としては十分な目利きの才能があると思う。
うん、思うんだけど……この人の場合勝手が違ったね。
護衛依頼を出した場合、それを受けると言う冒険者との面接が許可される。
そこで得意分野とか、経歴とか、そういう物を聞き出して仕事をお願いするか決めるの。
経歴に関してはギルド側にある程度の資料要求もできるんだけど、正直なところこの資料は信用してはいけない。
だって成功履歴しか書いていないんだもの。
そりゃね、ギルドとしても売り込む人間の失敗談なんか書きたくないだろうしベテランの冒険者ともなれば経歴を書き出すだけでも一苦労なのはわかるよ。
いちいち失敗の記録を取らなきゃいけないような相手はさっさと追い出しているのが常だからね。
でも商人としては成功した仕事よりも失敗した仕事の方が重要なの。
例えば護衛依頼を高確率で失敗している人、この手の冒険者は間違いなく犯罪行為に手を染めている。
一番わかりやすいところで言うと体目当て、私みたいな女商人一人の護衛を引き受けるともなれば下心を見せてくる輩も相応にいるの。
酷い場合は「夜の相手をしなければお前をここで捨てていくぞ」なんてのもね。
これは経験談じゃなくて先輩商人から聞いた話、びっくりするかもしれないけれどその先輩は実際に身体を許しちゃったらしいよ、男同士なのに。
うん、そういう事もあるから気をつけようねと言う話でもっと酷いのだと人身売買とか、殺して積み荷を奪うなんてことも当然あり得るから護衛依頼を出す時は本当に信用できる人を捕まえなければいけない、それができなければ大人しく別の安全な道を選ぶか他の商人に同行させてもらうのが一番かな。
できれば大手商人、冒険者にお願いするよりもお金がかかるけれど専属の護衛を雇っている大手なら安全な旅が約束されているから。
話を戻して、今回私が出した依頼にこたえたのは3組。
一組目は書類を見た時点で駄目って言いきっちゃった。
だって成功履歴しか書かないギルドの書類だけど、月一回成功しているかどうかってペースだもん。
実際はその数倍の仕事を受けて失敗しているか、さもなくばお金が無くなったら働くタイプ。
前者は自分の力量を見誤っている、後者はいざという時に使い物にならないから却下。
二組目はそんなに悪い相手じゃなかったんだけど、いかんせん若すぎた。
三人でパーティを組んでいる子達だったんだけど、駆け出しでこれから実績を重ねていくつもりだったみたい。
実際登録して間もないという話も聞いたし、ギルドの中でも階級を示すタグは一番下の黒色だった。
でも仕事は真面目にこなしているみたいで、毎日薬草採取とか、ゴブリン退治とか、そういう小さな仕事をこつこつと積み重ねてた。
パーティの中には女の子もいたから保留にしたの。
最後の人を見てから決めようってね。
青田買いでこのままお願いするのもありだったけれど、商人の勘かちょっと待てっていう声がどこかから聞こえたのよ。
で、お待ちかねの三組目。
これが今回問題のエンチャンターさんだった。
当時の事を思い出しながら会話をここに再現してみるわ。
「初めまして、今回護衛の依頼を出したエルマと言う商人です」
「どうも、カリンです。冒険者だけど本業は別にあるんで今回は護衛のついでに馬車に乗せてもらおうと思った次第です」
偉くはっきりと言う人だな、と思った。
普通その手の考えから護衛依頼を受けるのは珍しい話じゃないけれど、わざわざ依頼人の前で言う事でもないから。
長い髪ときれいな顔立ちで話してみるまで性別が分からなかったけれど、声を聴いてようやく男性だって分かったくらいに美人さんだった。
服装は革鎧と布地のフードにマントを合わせたような、なんか不思議な格好していた。
ナイフとか薬草の入った小瓶のついたベルトを巻いていたから斥候職かなって思っていたわ。
「えーと、経歴見せてもらいました。コンスタントに仕事をこなしているように見えますが、本業ってなんです? 」
「あー……なんて言えばいいのかな……」
ちょっと、この時私はこの人の申し出を却下しようかなと思った。
本業で言いよどむのは大半がろくでもないことをしているか、世間の常識から外れた仕事をしている人だから。
この人の場合後者だったけれど、世間の常識にケンカを売るような仕事をしている人物を運んだ商人はツキが落ちるなんて話がある。
本当のところはそんなあやふやな話じゃなくて、余計な物運び込んできやがった糞商人から買う物なんかねえよという市民からの反発心だけど。
「お答えできないと?」
「いや、最近の言葉ではなんというかわからず……付与術師ってわかります? 」
「えーと、確かに古い言い回しですけどエンチャンターの事であってますか? 魔法を付与した物品の製作者の」
「あぁそうです! 最近じゃそんな風に言うんですね、こ洒落てるなぁ」
「失礼かと思いますが、何か品を拝見しても?」
「いいですよ、これとか最近注文受けて作った品物です」
そう言ってカリンが取り出したのは指輪だった。
合わせてこれとかも作ったものですよと言ってナイフとかブローチをゴロゴロと取り出して見せたのには驚いたもの。
魔法の事は専門外だけど、商人として生き抜くには多少の知恵を持ち合わせていないといけない。
魔法の物品かどうかは一目で見分けられる自信があったけど、実物を見て感心したわ。
指輪は、魔力の循環がとてもきれいだったの。
正直魔力の流れを見るのが精いっぱいの私でも、これはきれいに整えられているってわかるほどの物だから相当だと思ったわ。
他のブローチとかも同じように綺麗な流れをしていたから、彼がよほどの人物でもない限り腕前は本物だと思ったくらいね。
でも、護衛として雇うにはとなるとまた話は違ってくる。
だって、エンチャンターとしての腕前と冒険者としての腕前は別だもの。
鍛冶師が一級品の剣を打つことができるっていうのと、その剣でモンスターを倒せるかっていうのは別の話でしょう?
「カリンさん、貴方がエンチャンターとして凄腕なのはわかりました。個人的に売買契約を結びたいほどの腕です」
「ありがとうございます」
「ですが、冒険者としての腕はいかほどですか? 」
「ふむ……商人のお嬢さんには看過できない事を言ってしまいますが、いいですか? 」
「どうぞ」
お嬢さん呼びが既に看過できない事態だったけれど、広い心でそれを許してあげた。
だってこの界隈ではそれなりの有名人よ、私。
一応屋号持っている行商人で、貴族とか王様に品物収めた事もあるのよ。
それをお嬢さん扱いって、見習のペーペーに言うならともかく……と、いう怒りがあったのは置いといて。
カリンがその後に言った言葉が本当に看過できなかったのは確かね、商人として。
「赤字覚悟ならドラゴン相手でもどうにか対処できますね。マイナスにならない範囲でとなると……トロールが関の山でしょうか」
「はぁ……」
正直、はぁとしか言いようがない。
赤字覚悟という言葉は商人として聞き逃したら行けない物だけれど、それさえ覚悟すればドラゴンも倒せるとカリンは言ったのだから。
何を馬鹿な事を、ドラゴンなんて国軍が冒険者のトップクラスと協力してどうにかと言うレベルだというのにこの男はそれに対処できるとまでいうのだからもはや笑い話だ。
トロールだって、さっきの若手冒険者三人組があと二組集まって、つまり新人と言うレベルなら10人集めて一体倒せるかという領域。
「信じてませんね?」
「いえ、嘘の匂いはしないですけど……」
うん、嘘の匂いは本当にしなかった。
あくまで物のたとえだけれど、商人は嘘に敏感でなければいけない。
その感覚は嗅覚に例えられることが多いけれど、この時のカリンからは嘘をついている様子が一切なかった。
表情が、人間が一瞬だけ見せてしまうという微表情という点から見ても変わることは無かったし、しぐさにもおかしなところは無かった。
だからこそ不思議だった。
なんでこの人、こんなに平然としているんだろうって。
「直球で聞きますけど、犯罪歴あります?」
この手の人物、平然と嘘を吐ける人種と言うのは一定数いる。
自分の実力を過剰評価しすぎている、もはや誇大妄想と言うべき内容を平然と語るある種の病気の人とか、犯罪社会で生まれ育った者とか。
「無いですね」
今度こそ、微表情はでなかった。
だとすると犯罪社会とは無縁の妄想家だろうか。
「持病とか、そういう物は?」
「無いですね、仕事柄病院に通う事は多いですけどついでに診察してもらっても異常なしと診断されますから」
「ふむ……」
やはり表情に変化はない。
痛いところを突かれて焦ると言った様子も見られないから、もしかしたら彼は本当のことを言っているのかもしれないと思った。
けど、にわかには信じがたい。
「……すみません、値切り交渉ってありですか?」
「値切りですか? 内容にもよりますけど」
「あなたの他に二組護衛を受けてくださるというパーティがいます。片方はお断りさせていただいたのですが、もう片方は保留と言う事にさせていただいているんです」
「なるほど、察するに保留にしているパーティと共同で護衛依頼を遂行してもらいたいという事ですか?」
「そうです、その際にパーティ二つを雇うとなるとこちらも赤字になってしまうので二組まとめて一つのパーティと見なしてお仕事を受けてもらえたらと」
実のところ、これは断り文句に等しい。
護衛依頼の相場は50ゴールドから100ゴールド、それを二組で分けろと言っているのだから実質半額まで値切ることになる。
「いいですよ、その保留パーティさんがいいというのであれば」
「え? あ、はい……じゃあその方向で」
でも私の断り文句はあっさり交わされて、当然のように承諾されてしまったのだった。
仕方なく保留していた二組目もこの場に呼んで改めて説明をしたところ、彼らは多少渋っていた。
まぁそれが普通だと思っていたんだけれど、カリンが思わぬ助け舟を出してくれた。
「そちらは三人組ですから、私は半分ではなく二割ほど貰えればいいですよ」
と、あっさり自分の取り分を減らしたのだ。
欲がないというレベルではない。
ここまでくると怪しすぎる。
そう思って出発の日時と集合場所を決めた後でギルドに裏取りをしたのだが、ギルドは全面的にカリンの人間性を肯定しただけだった。
書面では嘘を吐くギルドだが、この手の質問には真摯に対応してくれる。
実際討伐依頼で派遣された冒険者や、護衛任務で同行してもらった冒険者に対する苦情と言うのはギルドにとって一番の厄介ごとなのだ。
苦情がたまるギルドと言うのはそれだけで信用を損なうのだから、リピーターは減る。
そうなると運営に必要な金銭を稼ぐことができなくなり、その都市のギルドは自分たちの首を絞める事になる。
それがわかっているなら書面でも真摯に対応しろよと言うのが本音なんだけど、聞かれないことまで答える義務はないというのが彼らの言い分。
荒くれ者揃いのギルドだからこんな考え方になるのね、怖いわーなどと他人事ではいられない。
ともかくそんな経緯で知り合った私とカリン、ついでに新人冒険者三人は後日旅立つことになった。
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