第5話 異常な料理人
その日、山ほどお金が手に入った私は商人ギルドでお金を預けていた。
カリンとはそれなりの付き合いをしながら、ふと思い立って氷属性の魔法をエンチャントした杭を作ってもらった。
これで保存しにくい鮮魚も輸送できるようになるぞと思っての事。
ただまぁ、あれほどの腕を持つエンチャンターだから当然順番待ちになった。
神話クラスのナイフとかは道中でポロリと作ってくれちゃったわけだけど、この街に来たのはお仕事で護衛の依頼はそのついで程度の感覚だったらしい。
辻馬車にでも乗れよと思ったけれど、そんなことにお金を使うなら研究の方に使うとはっきり言いきられてしまった。
これであっさりと値切り交渉に応じたのも理解できたけど……うん、一週間で杭100本の注文を平然とこなすと言っている辺りやっぱり頭おかしいわあいつ。
「はい、では金貨10万枚確かにお預かりしました」
「あ、よろしくお願いします」
うん、駄目だね。
大金から一瞬でも意識を逸らすとか商人にあるまじき行為だった。
さすがに商人ギルドで盗みを働こうという馬鹿はいないだろうけれど……。
商人ギルドは冒険者ギルドと違って金銭のやり取りはかなりシビアだからね。
なにせ冒険者はその腕前を等級で表すけれど商人は預金額で腕前を表している。
だからギルド内で優遇される商人と言うのはそれなりのお金をギルドに預けていることになる。
このお金はカリンみたいな化物じゃなくても作れるような簡単な魔法の道具に血液を垂らせば本人確認と共にお金を預けたりおろしたりできる。
それはどの町のギルドでも共有されている情報だからどこで預けても問題は無いけれど、大金はあまり持っていたくないからね。
色々と、女の一人旅と言うのも含めて怖すぎるから。
「なぁ頼むよ!」
「ん……?」
決意を新たに少し休憩してから宿を教えてもらおうと、今日ばかりは奮発してルガーを頼んで一息付けていると懇願するような声が聞こえてそちらに耳を傾けた。
何やら必死に何かを頼み込んでいるようだが、商人ギルドに来ているという事は融資でも持ち掛けているのだろうか。
「30000ゴールドでいいんだ! それだけあれば依頼が出せるんだ!」
「何度も言いますが、返済の目途が立たない話に融資することはできません。お引き取りを」
「この通りだ!」
「駄目です」
ギルド職員は取り付く島もないと言った様子で地面に額をこすりつけている男の懇願を跳ねのけていた。
うん、まぁそうだよね。
お店を立てる資金とかそういうのは商人ギルドで適切と判断されれば融資してもらえるけれど、聞く限りだと冒険者に何か、それも多額の報酬を払わなきゃいけないような内容の依頼をするみたいだ。
そんな内容だとギルドは絶対にお金を貸してくれない。
そう言う理由でお金を借りたいなら貴族か金貸しに頼むのが道理だし、そもそもなぜ商人ギルドに来たのだろうか。
「なぁ、そこのあんたでもいい! 少しで良いから金を貸してくれ!」
そう言って男は遠巻きに見ていた商人たちに詰め寄り首を横に振られていた。
私だってそうする。
誰だってそうする。
「あんた! いいもの飲んでるな! なぁあんたなら金を」
「貸しません」
私のところにも来たけれどばっさり切り捨てた。
だって貸してあげるいわれはないから。
大体三万って……そんな大金で何を依頼するつもりなのか……。
そこで気になってしまったのが運の尽きだったのかもしれない。
トボトボと男が帰って行った後にキンキンに冷えたルガーを満喫した私は宿の場所を聞くついでに職員に話しかけてしまったのだ。
「さっきの男、なんで大金を借りたがっていたんですか?」
「あぁ……あの人一応ギルドに登録している商人の一人なんですけどねぇ……お店の経営が厳しいとかで一発逆転をかけてドラゴンの肉を仕入れると言って融資を頼んできたんです」
「あっはっは、そりゃまた」
「ふふっ、もう笑うしかないですよね」
一発逆転を狙うというのは商人として最悪の決断だと思っている。
だって、それ外したら破産だもん。
そんなことをするくらいなら、というかそんな決断を下さなきゃいけなくなる前に損を切り捨ててお店を売ってコツコツと稼ぐ方がいくらかマシだ。
私だって少ないゴールドを元手に百万を超えるゴールドを貯蓄できるほどの商人になりあがったのだから。
……その六割くらいはカリンのおかげだけど。
ともかく、運よく大金が転がり込んできたとしても冒険はせずにコツコツとためていかなきゃいけないわけであって、間違ってもあぁはなるまいと思ったのだった。
ある話を聞くまでは。
「ちなみに何のお店傾けさせたんですか?」
「料理屋です。ゲテモノばかりだす店ってこの街では有名ですけど知りませんでした?」
「えぇ、最近は貴族の方々との商売を中心としていたので。明日からは他の街や国で売れそうなものを見繕いながら情報を集めるつもりでした」
「なるほど、確かにここ数日大きなお仕事をされていたみたいですね」
「えぇ、彼のお店ゲテモノって言ってましたけどどんなものを?」
上手くすれば味を盗んで他の街で売ればお金になることもある。
商人の勘がそう告げている。
告げているんだけど、まぁその程度商売人やっていればみんな思いつくことだからね。
期待は薄いけれど行くだけ行ってみようかなって。
「足が八本ある海の怪物とか、カタツムリを油で茹でた物とかですね……職員が以前足を運んだ時は青い顔して帰ってきました」
「へぇ……」
おそらくタコとエスカルゴだろうか。
この辺りではどちらも珍しい食材だけど南方とか東方だとそれなりに食べられているからこの街では合わなかっただけなのかもしれないなぁ。
うん、上手くいけば面白い情報得られそう。
「お店の場所教えてもらってもいいですか?」
「え? 行くんですか?」
「商人は談笑もできないとでしょ? あの町でこんなゲテモノ料理を出す店に当たってしまって……なんて笑い話は商談に花を咲かせてくれますからね」
「はぁ……まぁ一応やめといた方がいいとだけ言っておきますね……お店の場所と、指定された条件に合う宿はこちらです」
そう言ってメモを差し出してきた職員さんにチップとして10ゴールド程手渡してからギルドを後にした私はまず宿に向かった。
荷物を部屋に置いて、煙草を一本吸ってから頬を叩いて気合を入れる。
まぁちょっと変わった食材を出す店に行くだけだからそんなことしなくてもいいんだけどね。
職員の人があれだけ止めるってよっぽどだからちょっと身構えちゃうのは仕方のない事。
「夕飯は外で食べてきますので」
フロントでそう伝えて目的のお店を探すと、それはすぐに見つかった。
割と近場、街の中心に近い位置で大通りに面しているお店。
木造建築で見た目は普通、漂ってくる香りも決して悪い物じゃない……のに、なんでこのお店の周りだけ人が裂けているんだろう。
「おいあんた!」
ふらふらーとお店に近づこうとすると肩を掴まれた。
ごつごつした手、男性だろう。
ちょっと怖い。
「な、なんでしょう」
「まさかあの店に行く気じゃないだろうな!」
「え……っと、そのつもりでしたけど……」
「やめとけ! 食われるぞ!」
「え……? 」
「これ以上は何も言えないがあの店に行くのはやめておけ……これは善意なんだ」
そう言って私の肩を掴んでいた男の人はそそくさと雑踏に紛れていなくなってしまった。
でも周囲の視線はお店に近い位置にいる、つまり雑踏がまるで結界でも避けているように歩いている中にポツンと立ち止まっている姿と言うのは異様に目立つらしく私に注がれていた。
ま、まぁね、この程度でビビる私じゃあないよ。
うん、たかがタコとカタツムリじゃないか。
……ヤバかったら本気で逃げよう。
そう思って思い切って店の扉を開けた。
背後から悲鳴や、可哀そうにと言う声が聞こえたのは……空耳だよね?
うん、空耳と言う事にしておこう。
というわけでドアをガチャリ。
「キィエアァアアアアアア……」
「フシャァアアアアアアアア……」
「いあふんぐるいむぐるうなふ……」
バタン、とドアを閉めた。
……うんぅ?
なーんか妙だぞ。
私の知ってる料理屋さんって謎の悲鳴とか、威嚇するような声とか、理解してはいけない混沌とした名状しがたい呪文とか聞こえるような場所じゃないぞ。
……今日は空耳が多い日なんだな。
そう言う事にしておこう。
よし、意を決してもう一回。
「ギィアオオオオオオオオオオ! 」
「グルルルルルルルルル! 」
「くとぅるふるるいえうがふなぐるふたぐん……」
バタン。
ドアを閉めて右を見る。
こちらを見ていた通行人たちがさっと前を向き直る。
左を見る。
視線を逸らされて口笛吹き始めた。
後ろを見る。
通行人たちは足早に通り過ぎていく。
……よし、逃げよう。
「いらっしゃいませぇ」
「ひぃっ」
がっしりと肩を掴まれた。
いつの間にか開いていたドアから伸びた手が私の肩をつかんで離さない。
というか握力強い!
肩がミシミシ言ってる!
「こちらの席へどうぞぉ」
「あ、いや、私は……」
「こちらの席へどうぞぉ」
……そういえば昔読んだおとぎ話にこんな一説があったっけ。
『魔王からは逃げられない』って……。
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