第40話 始まりのエピローグ

 俺のVRDはカラスマさんの工房に置いてきた。意識を東京のブレインズ社ビルへ戻すと、カイ社長たちが待っていてくれた。


「お帰り。そしてお疲れ様だ。腹が減っているだろう。昼食を作ってあるから食べていくと良い。良ければ、夕食も一緒にいかがかな」


 俺は社長から少し離れた位置に立つマリナに視線を向けた。彼女は隣のデイジーに寄り添うようにして立っていて、俺にまっすぐ視線を向けていた。


「……分かりました。昼と、夕食もいただいていきます」


 その後、昼食をとっている間に、作戦に協力していたカラスマさんからある予測がもたらされた。第三層の近くまで出現していたサスラは、あくまで地中深くに潜むサスラ本体からの分身ではないかとのことだった。そうなると、俺が戦ったのはあいつのほんの一部だったということか。


 昼食をとりながら俺は笑っていた。あのレベルの敵と再び戦えるのなら、それは歓迎をすべきことだ。そう思いながら、ああ、俺はカラスマさんに指摘された通り、歪んだ人間なのだろうと思ってしまった。


 昼食が終わり、娯楽室でダラダラしていた。ビリヤードのルールは分からないし、酒も飲めない。ということで、俺とマリナ、そしてデイジーの三人はソファーに座りながら、大画面で映画を観ることにした。


 一本の侍をテーマにしたアクション映画を観終わったところで軽く感想を話し合うことになった。感想を話し合っているうちに、次第にそれは雑談へと変わっていき、さっきの映画の内容からか、話題は俺の剣術へと移る。


「――師匠は凄いですよね! あんな化物にも勝っちゃうなんて!」


 マリナが言っている化物とは、サスラのことだろう。


「それに比べて、私は……」


 またマリナが暗くなってしまった! どうも、こっちのマリナはすぐに暗くなるところがあるな。


 どうしようかと困っていた時、デイジーが「マーリナ」と彼女の名前を呼んだ。


「え?」

「私の手元を見ていてくだサイ」


 デイジーは開いた手をひらひらと振り、それをぎゅっと握った。そして。


「イキマスヨー! ハイッ!」


 開かれた手からは同時に黄色い花が飛び出た。


「ええ!? 魔法みたい!」

「手品デスヨ。でも、これで元気になってくれマシタカ?」

「あ……うん!」


 暗くなりかけていた空気をデイジーがうまく明るい雰囲気に変えてくれた。彼女に感謝だ。流石はブリテンニンジャ……と言うべきだろうか?


「この花はマリナにプレゼントしマース」

「ありがとう。デイジー」

「ドウイタシマシテ」


 こうして見ていると姉妹みたいだな。なんて思う。そうしてマリナを見ていると、彼女と目が合った。


「その、ツルギ師匠」

「どうした?」

「……ツルギ師匠がブレインズ社の専属になってくれたなら、師匠もここに気安いと思いますし、師匠がここに居てくれたなら、私もその、もっと毎日が楽しいかとは思うんです」

「なるほど」

「師匠、どうかブレインズ社の専属探索者になってはくれませんか?」

「良いよ」

「そうですよね……だめで……え?」


 マリナは驚いているようで目をパチクリさせていた。


「良いんですか?」

「ああ、良いよ」


 彼女をここで一人にしておくのは駄目だ。彼女には誰かが近くに居てやらないといけない。ただ。


「ブレインズ社と専属契約を結んでもいい、ただ、俺はこの会社と契約を結んだマリナの師匠。それ以上でも以下でもない」

「え?」


 マリナの表情が少しだけ寂しそうなものになった。そんな彼女に俺は言い聞かせるように言う。


「俺はマリナの師匠にはなれても、他の何かにはなれないんだと思う。俺は、マリナが思っているような人間ではないから」

「そんなこと……」

「でもな、マリナ」


 これは大切なことだから聞いてほしい。


「俺はマリナの師匠にはなれるから、お前の居場所を作ってやることはできる。そこにはデイジーも居るし、これからも、俺の弟子は増えてもらう予定だ」


 きっと俺はマリナの家族になることはできない。それでも、彼女のために居場所を作ってやることはできる。この小さな少女の居場所を作ってやることができる。俺が神滅流剣術を広め、門下生を増やせば、きっとそれだけ彼女の世界を広げる手助けができると思う。だから、俺は決めたんだ。


「マリナやデイジーがついてきてくれるなら、俺は新滅流剣術の師匠として、出来る限りのことをする。だから、君たちさえ良ければ、これからもついてきてほしいんだ」


 その言葉にマリナとデイジーの二人は顔を見合わせた。それから彼女らはこちらを向き、嬉しそうに応えた。


「はい!」

「ハイ!」


 琵琶湖のダンジョンは今も地中深くへと大穴を開け、その底にはサスラという怪物が潜んでいる。俺はこれからもダンジョンへ挑み、マリナやデイジーの剣の師匠としてできることを頑張っていく。そして、いつかはカラスマさんの夢を叶え、最終的には彼女を斬る。


 全てが始まったばかり、だが全てのプロローグは終わったのだろう。それがきっと今日なのだろう。今日は始まりのエピローグ。これから始まるのは俺が神を斬るまでの、長い物語だ。

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剣の天才は弟子を求め現代ダンジョンを刀一本で無双する(SF) あげあげぱん @ageage2023

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