ことり

あにょこーにょ

ことり

 ことりぼうずがくる。

 学校から帰ってきた私に、おばあちゃんはつぶやいた。それはひとりごとみたいだった。少なくとも、私に話しているようには思えなかった。うつろな目で、誰もいない空間のほうを向いて言ったから。おばあちゃんの声はいつもケンカを売るみたいに不快な音で構成されている。

おばあちゃんが来ると、家の中が暗く、ピリピリしはじめる。ピリピリしている間にも、おばあちゃんはそれに気づくこともなくしゃべり続ける。全部聞いたことのある話。

 私はことりぼうずのことを想像してみた。ことり、というくらいだから、鳥なのだろう。ということは、鳥+坊主か。鳥の頭で、体は人間(男性)なのだろう。きっと、鳥の頭の羽毛はむしられて、毛穴が丸見えの気持ち悪い生物なのだろう。

 

「ゆうさん、しわができるから。やめなさい」

 お母さんが私の眉間を人差し指と中指で撫でた。おばあちゃんの話は、聞いていると、頭がぼんやりとしてくるから、それを振り払おうと眉間にしわが寄ってくるんだもん、仕方ないじゃん。私は心の中で反論する。平らにならされた眉間が再度隆起する。

 お母さんに注意された私を見て、おばあちゃんはあざけるような、嫌な笑顔で私を見た。この世で一番不快になる表情かもしれないくらい、嫌な笑顔。人に嫌な思いをさせることが気持ちいいみたいに、私が顔をゆがめればゆがめるだけ、見せつけてくる。

 父は実の母、おばあちゃんに味方する。盲目的な信者のように。だからおばあちゃんが一方的に話していたって、静かにしている。わたしに向けられた顔が明らかに不快で、ケンカを売りつけるようなものでも、何も言わない。

 たすけて、なんて言ったって、助けてくれないんだろうな。

私がことりぼうずに連れていかれていくときに私は助けなんて呼べないだろうと思う。ことりぼうずはきっと気持ち悪い見た目をしているだろうけど、この閉鎖的で歪んだ家より、自由になれる気がする。


陽がぽとりと落ちてしまいそうな時、私は玄関の前に立ち、そいつは家の前の道路に現れる。そして、私を手招きするように翼をバタバタさせる。私はこわばった体で、ことりぼうずを見る。ことりぼうずは私が家の前の道路の向う側で、ずっとたたずんで、私が来るのを待っている。決して強引に連れて行こうとはしない。私はことりぼうずのほうに歩こうとする。

けれど私はことりぼうずのほうに歩いていけない。これで何回目だろう。

 明日もわたしはことりぼうずを待って、玄関前に立つだろう。そして彼も、道路の向う側で、何も言わずに立つのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ことり あにょこーにょ @shitakami_suzume

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ