第41話 救いの手
「なっ……なっ……!?」
無情にも広がる虚無の世界にソウジはただ言葉にならない声を出すしかない。
喪失感は急激に襲い掛かり、頼れる二人の消失に段々と後方からはサーレストの舌打ちが響き渡っていく。
「チッ、仕留めそこなかったか……だが、やはり素晴らしいな、これ程の手に負えない兵でさえも一撃で消失させるとは」
「お前……何をしたッ!?」
声を荒らげようとするも虚しく、勝ち誇った笑い声の後に妖精王サーレストの口から紡ぎ出された言葉が鼓膜に響く。
「パプレリス族の魔法技術の傑作……そう捉えてくれれば良い。まだ施工段階であり、不完全ではあるがな」
開眼されていた禍々しく妖しい瞳は再び瞼を閉じ、沈黙へと包まれる。
こいつがフレイ達を消失されたと察するのは誰だろうと可能だろう。
「エフィリズムの瞳、そう我らは名付けている、パラダイム・ロストの代替にもなり得る我らが誇る最終兵器だ」
「エフィリズムの瞳……?」
「念には念を、あくまで我らの目的はパラダイム・ロストただ一つ、だが最悪のシナリオが起きないことはない。故にこのような代物を用意させてもらった」
一転としてサーレストは演劇をするかのような誇張した動きで自らが所持する絶対的な力を見せびらかす。
幹部は予め理解していたのか、アヴァリスやフェネルは妖精王が所持する奥の手の行使に不敵な笑いを浮かべた。
「瞳に映した存在を例外なく細胞レベルの分解を行い消失させる、少しばかり時間を要する故に仕留め損なったのは遺憾だがまぁ君ならば誤差の範囲だ」
「何のつもりだ……あいつらをお前はッ!」
「端から君達の命に用はない。ずっと狙っていたのだよ、君達を一斉に滅ぼし君が持つその選ばれし力を獲得する機会を」
彼が指を差した方向に存在するのは女神アレルから与えられし創世の奇書。
良くも悪くもソウジの運命を大きく揺るがした最大の武器であり、呪いの代物へとサーレストは羨望の眼差しを向ける。
「創世の奇書……あらゆる概念を意のままに創造することが出来る神の力、最初見た時は半信半疑だったが今の模擬戦で十分にそれが真なる力を有すると理解したよ。あの戦乙女達も君が生み出したというところか、諜報部隊の情報に間違いはなかった」
「模擬戦……? まさか今の闘いも!?」
「見定めたことに間違いはない、まぁ目的はその力が本物であるかだがな。我らは上位種族、幾ら敵対者の下らん神話だろうと知見に叩き込むのは強者の努め」
指先で自らの頭を叩く様は怒りしか抱けないがしてやられた状況にソウジは激しく歯ぎしりをするしかない。
決別の為の模擬戦は全て自身の想定を超える範囲で仕込まれており、真実を見誤ってしまった代償は余りにも大き過ぎる。
「最初から……狙いはこいつだったのか」
「君が持つ奇書の魔力は底しれない。人間の魔力を集めんでもその代物一つで十分にパラダイム・ロスト獲得に利用する程の力を持つ。ならば手に入れるのは手段として当然だろう? その力は我らパフレリス族が責任を持って頂こう。これは混迷の世に平穏を齎す為の正当なる行為だ」
「……ざけんな、何を勝手にッ!」
浮き彫りとなる傲慢な本性。
最初から抱いていたサリアとも似た仮面に隠された不信感に間違いはなかった。
口調は変わらぬとも悪怯れる様子などまるでない、いや寧ろこれは絶対的な正義の行いであるとする彼の姿勢に冷静さを失い掛けたソウジは地を蹴り上げようとする。
「獄炎斬ッ!」
「零剛破」
だが彼の抗いは放たれた豪炎と氷河の斬撃によって簡単に阻まれる。
フェネルとアヴァリスの卓越した素早い剣術は地面を抉り取りながらソウジの肉体へと牙を剥き、壁へと強く打ち付けられた。
「ガハッ!?」
肺から全ての酸素が吐き出され、床へ崩れるように倒れ込む。
この息の休まらない世界において多少なりともソウジの身体能力は向上している。
だがそれでも歴戦のプロ相手には到底敵うはずもなく無制限の召喚が武器である彼が生身で挑むのは愚の骨頂だろう。
「フンッ、弱き者は等しく死すべしッ!」
「すまないな、これも国家繁栄の為だ」
朦朧とする意識には二人の言葉が痛烈に鳴り響き、再び空気を取り戻した妖精王の状況に憤怒に満ち溢れていたセイファはセラフの消失も相まって高らかに笑った。
「ハハッ……アッハハハッ! やっぱアンタ最高だよ妖精王ッ! そんな奥の手を仕込んでいたなんてこれであのクソ女も地獄に叩き落され……えっ?」
だが彼女の勝利宣言は唐突に胸部へと抉りこんだ刃先によって阻まれる。
何が起きたのかを理解出来ない中、視線を動かした先では己の盟主であるはずのサーレストが自らへと純白の剣を突き刺していた。
「恥を晒すだけの貴様にもう用はない」
ザシュ__!
「ゴハッ……!?」
まるでゴミを捨てるかのように無表情のままサーレストはセイファの心臓を一閃で切り裂き、彼女は声にならない断末魔と共に地面へと呆気なく崩れ落ちるのだった。
例え幹部の騎士だろうと不要と判断したのならば凶刃を迷いなく向ける、一連の慈悲のない流れはソウジを唖然とさせる。
「生産性のない者に用はない、対して君は正反対の存在だ、創世の奇書だけでなくこんな物まで有しているんだからなッ!」
「ぐぁっ!?」
突如胸ぐらを掴まれたかと思うと胸元へと目掛けて腕は伸ばされある代物をソウジから強引に奪い取る。
激しく後方へと放り投げられたついたソウジを見向きもせず翡翠色に輝く鍵にサーレストは光悦の表情を浮かべた。
「レベロスの鍵……パラダイム・ロスト起動に繋がると呼ばれる鍵か。まさかこんな物まで有しているとは流石選ばれし者か」
「お前……一体何処で」
「君を一目見たときからさ、創世の奇書とは違う特殊な魔力を感じてな。君がここへ来てくれて助かったよ。これと奇書があればチマチマと人の魔法材料を集めなくても済む」
「返せ……それはセインさんのッ!」
託された未来を奪い返そうと身を乗り出そうとするが直ぐ様サーレストの純白の剣が首筋スレスレへと襲い掛かる。
少しでも動けば脈が切れる状況にソウジの動きは止まり、募っていく怒りをぶつけることが出来ない。
「さて……ソウジ君、本来はあの瞳で葬り去るつもりだったが悪運に免じて少しチャンスを与えよう。君が創世の奇書の力を完全に明け渡し我らに忠誠を誓うのであればその命を刈り取ることは止め、君達を現実世界へ返す協力を行おう」
「ッ……ふざけ「さえずるな」」
「君は大いなる過ちを犯した、そして代償は君の仲間が死という形で成されている。尚も君は未熟を犯すのか? 考え給え、ここで誇り高き忠誠の儀を尽くすか、さらなる過ちを犯して後悔のまま残酷に死に絶えるか」
僅かに既のところでフレイが決死の覚悟で繋げてくれた自らの命。
だが全方位を囲まれ少しでも妙な動きをすれば容赦ない剣撃が襲い掛かってくるこの状況は詰んでいるのも同然と言える。
切り札である創世の奇書を使おうにも名前すら書く時間をも許されないだろう。
ここぞとばかりに反論を許さず畳み掛けるサーレストの威圧と言葉にソウジは苦渋の表情で額から汗を溢す。
膝をつく彼を見下ろす冷徹な視線は完全に屈服させようとする意志が如実に伝わる。
「君は喰われた、知略という名の我らの罠に捕まり全てを失った、それだけのこと」
純白の剣を透かさず彼の首元へと当てるとサーレストは最後の追い打ちと声を荒げ、服従の誓いを問うのであった。
「もう一度最後に問おう、君の未来は絶望だ、ここで死に絶えるか、仲間への懺悔をしながら誇り高き魂で我らと共に目的の遂行を果たすか……さぁ創世の奇書を渡せッ!」
あくまで己の目的を果たす協力者。
最初は利害から接していたフレイ達にも段々とソウジは愛着を沸かせていた。
故に自らのミスで、自らのせいで犠牲となった二人への罪悪感と喪失感は募り、妖精王の言葉は心へと深く刻み込まれる。
「俺は……俺は」
瞳からは光が段々と失われ、自らの声色は正気が消え去りを始めていく。
(フレイ……セラフ)
巻き込んだ二人の強者を幻視し、言い表せない感情に支配される。
己の未熟さによってどの方向も詰んでいる窮地へと立たされた状況に何かが崩壊しかけている音が生々しく鳴り響く。
後悔してももう遅い過ちにソウジは勝ち誇るサーレストへと言葉を紡ごうとする。
だが……喉元まで出かかっていた声は突如として蔓延を始める困惑によって遮断されるのであった。
「……何?」
疑問符を浮かべるサーレスト。
よく耳を澄ますと耳障りな音が上空から全員へと僅かに響き渡っていく。
まるで何かが飛翔しているかのような異様な音は着実にこちらへと迫っている。
思わずソウジから目を外し、上空へと視線を向けたその瞬間だ。
「えっ……?」
突如として場に爆砕されたかのような轟音からなる衝撃が天から襲い掛かったのは。
飛び交う破片、土煙を天高く舞い上げる爆発は後方の騎士達を巻き込み盛大に吹き飛ばしていく。
「な、何だッ!?」
「敵襲!?」
「混乱に呑まれるな、隊列を組めッ!」
全く予期していない展開に先程まで意地の悪い笑みを浮かべていた者達は打って変わって慌てふためく情けない形相へと変わる。
フェネルとアヴァリスもまた、激しく動転はせずとも急襲を食らっている状況に顔を歪ませ辺りを見回していく。
「空? クッ、何処の野郎だッ!」
「爆撃だと?」
見上げた空にいるのはハングライダーに酷似した機械を握る一つの影。
手元には襲撃を行ったと思われる手榴弾のような爆発性を持つナイフにも似た武器。
混乱が支配する中、敵襲を仕掛けた存在をいち早く察知したサーレストは激しく睨みを利かせながら逆光に照らされる襲来者を視線に捉えるのであった。
「反逆の女神……小癪な」
(反逆の女神……?)
靡く美しき亜麻色の長髪と三白瞳。
絶対的であるサーレストへと向けられる視線を敵視する騎士とは対象的に身軽かつ勇猛な衣服に身を包む美少女。
絶え間ない爆撃に事態は混迷を極めている中、先端に搭載されたワイヤー付きのアンカーがソウジの目の前に射出され、ハングライダーは急降下を始めた。
「ハッ!」
迷わず投擲されたナイフはサーレストへと迫り、幾度もの爆発を引き起こす。
卓越した剣筋によって有効打を与えることはなく相殺されるがそれでも一時的な目眩ましとしては十分だろう。
少女は華麗に地面へと着地すると透かさず困惑気味のソウジへと手を差し出した。
「乗って!」
「えっ……誰……?」
「いいから早く! 死ぬことも奴隷になることも嫌なら私の手を掴みなさいッ!」
彼女が何者かは知る由もない。
だがこの四面楚歌の絶望的状況で唯一救いの手を差し伸べてくれている存在。
そう都合良く起死回生の案が思いつくこともないソウジにとって選択肢は一つ。
例え相手が不明瞭だとしても我に返った彼は勢いよく彼女の華奢な手を掴むのだった。
「飛び立つわよ、振り落とされたら死ぬからねッ!」
「えっ振り落とされるって、おわっ!?」
返答するより先にアンカーは勢い良く巻き取られ、強烈な浮遊感が全身を襲う。
首元を掴まれる形で空中へと飛翔したソウジは身に降りかかる衝撃に意識はグラングラン揺れていく。
「仕留めろ」
「ハッ!」
逃走を図ろうとする二人にサーレストは即座に撃墜を命じ、アヴァリスは青碧の剣へと再度魔力を溜め込む。
段々と刃先には氷結が募り始め、狙い撃ちの構えを取ると天空に位置するソウジ達へと華麗なる一閃を披露した。
「氷嵐斬」
振られた剣からはまるで嵐のように素早く広範囲に氷の弾丸が射出され、ハングライダーへと襲い掛かる。
反逆の女神は咄嗟に回避行動を取り続けるが全てを巻けることが出来た訳でもなく。
「チッ、相変わらずの威力……!」
数発が直撃したことで彼女が使役するハングライダーには穴が空き始める。
同時にソウジもまた強襲による餌食となり、運悪く創世の奇書を持つ手元へと氷塊が着弾するのであった。
「ぐっ!? 不味いっ!?」
赤黒い鮮血が流れる中でも咄嗟に離すまいと万年筆は死守するが肝心の奇書そのものは手元から地へと落下する。
直ぐにも取り返したいがアヴァリスを筆頭に追撃はより一層激しくなり、ここは大人しく退散するしか方法はない。
負傷しながらもどうにか安全圏内まで飛翔したソウジ達は窮地を極めた窮地からの脱出を果たした。
「クソッあの小娘ッ! 降りてこい!」
後方からはフェネルの怒号が鳴り響くがそれで「はい分かりました」と素直に降りる者などいないだろう。
突然の横槍に混乱に満たされる場は想定外ではあるが当の支配者であるサーレストは大きく動じず寧ろ笑みを見せるのだった。
「反逆の女神……如何なされますか陛下、直ぐに討伐隊に準備をさせ「いや」」
「そう焦らなくても良い、こちらも相応の被害を受けた故に立て直しを図ろう、今の状態では冷静に判断できぬ者も多い」
「立て直しですか?」
「あぁ、神の子は良い置き土産をこちらに渡してくれたようだからな」
ソウジの手から引き離された創世の奇書に塗れる砂埃を払うと神の力に匹敵する存在へと興味深そうに本を拾い上げる。
女神アレルが創り与えし邪神の力、肌で感じる考えられない魔力の強さに畏怖に似た感情を抱く。
「創世の奇書ですか……記す為の器具はあちらにある分、効力は発揮しませんが」
「それは彼等も同様、寧ろ神の力を行使できない以上は圧倒的数的有利を持つ我らの有利に変わりはない。着実に奪取出来れば我らの覇権も更に近づきを増す、パラダイム・ロストと兼ねた我らの調和なる世界がな」
陰謀、裏切り、捉え方はそれぞれだがこちらへと猛威を振るいかねない英雄を出し抜いたことに変わりはない。
劣勢から一転してほぼそこまで迫っている勝利の福音にサーレストはただ内に眠る壮大な野心を増幅させ、天へと嘲笑うのだった。
異世界へ集団転移の末に追放されたラノベ作家、創造の力で自作ヒロインと共に成り上がる。 スカイ @SUKAI1234
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