第40話 妖精王は妖しく微笑む

「「「なっ……!?」」」 


「馬鹿なッ!?」


「翡翠の騎士を完封……!?」


「そんなことあるかッ!?」


 急速に駆け巡る啞然と動揺。

 下馬評はいとも簡単に覆り、引き起こされたのは予想外を極めた結末。

 翡翠の騎士の敗北に全員が思わず一斉に息を呑み、セラフの成した華麗なる芸当をただ見守ることしか出来ずにいる。

 闘いの決着を意味するようにセラフは額の血液を拭き取ると優雅にカーテシーを披露する姿は壮観の言葉以外思いつかない。


「おぉ! いいねぇやるじゃん貧乳天使! 私が闘いたかったけどさッ! てかどうせなら私とも闘えぇぇぇぇ!」


「止めろって!? しかし……ヒヤッとしたが流石はセラフってところか、全くここまでの強さは恐ろしく思えてきたな」


「ってマスターが創造した存在でしょ?」


「まっそうなんだけどよ……俺の予想をお前らは簡単に飛び越えてくるからさ」


 対象的に薄々と感じていながらも明確に決まった勝利にフレイはセラフに駆け寄り、安堵感のため息を吐いたソウジも後に続く。

 日に日に己の想定を遥かに超える成長速度を見せる生み出されし機械の熾天使。

 彼女の頼もしさに自然と笑みが溢れるが理性を取り戻すとソウジは仕掛け人であるサーレストへと視線を移した。

 

「我が盟主」


「案ずるな、分かっている。観衆には退席を行ってもらおう」


 耳打ちで何かを語るアヴァリスとの会話を終えた妖精王は鎮座していた豪勢なる席から大地を踏み締め立ち上がる。

 観客を退席させた上で数多の部下を引き連れた彼は勝利を掴み取ったソウジ達へと重厚感のある拍手と共に歩み寄りを始めた。

 瞬間、悪い意味で騒がしかった空間は瞬く間に沈黙に包まれ絶対的君主への忠誠を意味するように頭を垂れる。


「お見事お見事、どうやらこちらの疑心は杞憂であったようだな。実に見事な武勇であった「クソがぁぁぁッ!」」


 締められようとした賞賛の言葉を遮るように木霊した絶叫。

 痛烈に鼓膜を震わす声色に誰もが視線を向けた先は未だに敗北を認められずに地べたを強く何度も叩きつけるセイファがいた。


 「クソッ! クソッ! クソッ! クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソクソォォォッ! このクソ女がクソメイドがァァァァッ! クソッタレが何でこの私がァァァァァァァッ!」


「クソクソクソクソ……語彙力が消えてしまう程の発情期なのですか?」


「あぁっ!? おい妖精王、もう一回やらせろ今のはまぐれだ今直ぐにこいつを私に殺させろ、ぶっ殺させろッ!」


 嗚咽をしながら更に投げられたセラフの煽りに憤るセイファは地べたを顔を触れながらセラフへと殺意の睨みを見せる。

 騎士には相応しくない往生際の悪さにサーレストは深くため息を吐くと冷徹な瞳でセイファを見下ろす。


「勝負は決した。敗者に口はない」


「なっ!? テメェふざけ」


 食い下がろうとするも妖精王の眼光は動転している彼女の心へと突き刺さり、つい言葉を詰まらせるのだった。

 まるで何事もなかったかのように視線を向け直し軽く謝罪の言葉を口にするサーレストへとソウジは眉間にシワを寄せる。

 朗らかかつ荘厳だが隠しきれていない潜んでいる悪辣な冷たさ、セインとは違い温かみを感じない雰囲気が纏わりついていた。

 

「流石はあのハリエスが異界から召喚した逸材だ。その実力は本物、どちらの手にも渡したくはない」


「なら俺のモノになれと?」


「おやおや、先に言われてしまったね」


 相変わらずの相手を呑み込む飄々とした態度だがソウジは一瞬セラフと目を配らせると生唾を飲み込み決意を瞳に漲らせる。

 創世の奇書を持つ手にも力が入り、完全なるアウェーの中で彼は決断を紡ぐのだった。


「ずっと話している通り君達とは対等な関係を築きたいと考えている。我がグランドシティが全面的に後ろ盾となろう、共にこの永遠にも等しい混迷を極める世界に終止符を打つためにもパラダイム・ロストを「断る」」


「……何?」


「断ると言ったんですよ、妖精王」


 静寂__。

 気味の悪い悍ましい静寂__。

 薄っすらとした笑いを浮かべていた支配者の顔は瞬く間に無表情へと切り替わる。

 彼の返答に騎士達は「はぁっ!?」と困惑を意味する言葉が一斉に上がる。

 同時に放たれていくのは……妖精王の言葉を切り捨てるのかという罵声の嵐。


「なっ貴様何を考えているッ!?」


「妖精王の言葉なのだぞッ!」

 

「不敬……不敬者よッ!」


「自分が何を言っているのか……!」


 当然と言えば当然の反応、本来敵対者であるはずの下等なる人間に最高の優遇を込めた提案を彼は切り捨てたのだから。

 しかもまだ二十にも満たない若造、特に妙齢に達する騎士達はこのクソガキと蔑んだ視線を痛烈に投げつける。

 思わず怯んでしまう状況だが後方から送られる戦乙女達からの無言の後押しがソウジを怖じけさせなかった。


「何を言われようと貴方と手を組むつもりはこちらにはありません。パラダイム・ロストは俺達で独自に手に入れる、ここへの用はもう存在しないし恩を売るつもりもない」


「君はそれが最適解だと? 双方共に確かな有益性を持つ提案と自負しているが」


「確かに美味しい話ですよ、だがそれでも貴方を信用することは出来ない、セラフ」


 ソウジの呼びかけに即座にセラフは己が持つこの国の歪みを彼等へと提示していく。

 手の平に収まる鮮明に映し出された華やかな街の裏側に広がるスラム街において無惨に蹂躙される光景が広がる写真の数々。

 高速連写された故に一挙手一投足が生々しく写し出されている証拠の数々に相手には急速に動揺の空気が広がる。


「なっ……それは一体!? 何処で!?」


「心拍数の上昇を確認、幾ら技術力があろうとどうやらまだ写真という概念はないようですね。だからこうして撮影も容易に行えた」


 一部の騎士は分が悪い光景に切り捨て御免と抜剣を行おうとするが指鳴らしと共に発火したフレイの焔が動作を制止していく。

 畳み掛けるようにセラフが提示した写真へとソウジは追随の言葉を放つ。


「ヴァーリエン族……ですよね? 恥の象徴と呼ばれるエルフ族、こうも無抵抗な子供を蹂躙して連れ去ろうとする貴方達を信用なんて俺は出来ない。セラフのお陰で決心がついた、この国がどれたげ歪んでいるのかを」

 

「……そちらの淑女が持つ魔法技術か」


 第一声が否定の言葉ではないのがソウジの考察が正しいことを裏付けている。

 直視するのも余りしたくない光景に不信感は修復不能な程に膨れ上がっていた。

 

「俺は懸命に生きる人の為に、無事に全員で元の世界へと帰る為にこの場に立ってパラダイム・ロストを求めている。目指すべき道は同じでも貴方とは分かり合えない、妖精王」


 両者に浮かび上がる確固たる信念。

 本来なら手を取り合う筈であろう二人だが利害の一致だけでは絶対的に相容れない道があることを理解してしまった以上は引き退るわけにはいかない。

 フェリス達を含めた無害の人間の供物化、抵抗を見せないヴァーリエン族の蹂躙、到底受け入れられない要素の数々。

 天空の支配者が奏でた迷えし英雄への誘惑は熾天使と獄炎の闘士の加護により、失敗に終わるのであった。


「そう言う事です、ご理解を頂けると」


「空気は嫌いじゃないけどね〜どうやら君達とは相容れないみたいだよ、私の魂もそうやって訴えてる」


 セラフとフレイも追随するようにソウジの言葉へと賛同を示す。

 先程の無双を見せられた上で尚も驚異的な素質を持つ二人を相手に勇猛果敢に、いや無謀に歯向かう者はいない。


「既に魅せられてるんですよ、誰を振るい落とす事もなく共存の道を藻掻きながらも進んでいる若き女王を、誰だろうと助けようとする幼馴染を」


 ユズ、セイン、フェリス、度し難い世界の大きな歪みがありつつも自分を見失わず光り続ける孤高の星々達。

 その光に魅了されているソウジにとって妖精王が放つ光は決して相容れないものだ。

 

「今回の提案は感謝致します、ですが俺達は貴方を拒否する、それだけです」


「そうか」

 

 簡潔に一言、言葉を纏めたソウジは決別を意味するように二人を連れ、立ち去ろうと背を向き歩き始めていく。 

 背後からはまるで消え入るような声からなるサーレストの声が僅かに響くのみ。

 情報は欲しかったがこの国に借りを作れば後々面倒になる、そう危惧したソウジに決別の迷いはない。

 天空都市グランドシティ、鮮やかながらも何処か禍々しさを潜める理想郷を飛び出し、ソウジ達は新たな旅路に向かうのだった。

 

「やはり……これを仕込んでいて良かった」


 と……スムーズに進めばどれ程良かったことだろうか。

 刹那、悪寒を走らせる低音の声がサーレストからは響き渡り、意味深な言葉に堪らずソウジ達は彼等へと振り返る。

 

「はっ?」


 何と形容すれば良いのだろうか。

 いつの間にか妖精王の手元へと握られていたのはまるで瞼のようなモノに包まれた純白の機械的な球体。

 またパプレリス族の技術力の一つかと思えど、どうとも言えない謎めいた存在にソウジだけでなく全員が疑問符を浮かべる。


「……発動」


 凝視を続けていると白い瞼は段々と中身を露わにし、赫い閃光を纏う血濡れた紅と漆黒が混ざり合う不気味な瞳が開眼された。


「ッ! マスター避けてッ!」


 だが次の瞬間、第六感に優れるフレイは誰よりも早く顔を強張らせると絶叫を木霊し、咄嗟にソウジを蹴り飛ばした。

 突然の衝撃に理解が追いつかないまま彼女から放たれた蹴撃に地べたへと体勢を崩す。

 

「ッ……何が起き……えっ?」


 その光景を忘れることはないだろう。

 咄嗟に自らを庇ったフレイ、セラフの肉体は細微な青い粒子となって徐々に分解され始めているのだった。

 有利だった空気は瞬く間に絶望にも似た物へと変貌を遂げ、ソウジはただ彼女らの身に起きた光景を凝視するしかない。


「身体異常確認……まさか」


「……ごめんマスター、後は頼んだよ!」


「ッ! フレイッ! セラフッ!」


 心配させまいとフレイからは満面の笑みと豪快なサムズアップからなる鼓舞がソウジへと投げ掛けられる。

 それが遺言と本能的に察知した彼は迷わず彼女達へと駆け、手を伸ばす。

 だが……僅かに既のところで二人の肉体は粒子となりて雲一つない空へと舞い上がり、完全にするのであった。

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