第39話 天空のセラフ
「何を……何をした貴様ァッ!」
「翡翠の騎士、やはり貴方の剣は触れたものを弱体化させる効果があるようで」
「はぁ? き、急に何を言ってッ!」
「貴方が放った斬撃と私が投擲したブレードに生じた砂埃と衝撃に雲泥の差はなかった。強度そのものに差異はなく、何らかの搦手が使われていると想定するのは容易です」
気丈に振る舞おうとするものの、一瞬だけでも動揺した彼女の姿が図星を突かれてしまったという事実を表す。
翡翠の剣に隠されたトリック、それは触れた対象物のステータスを大幅な弱体化を強制的に発動する効果。
同様の強度を誇りながら彼女のブレードも弾丸もまるで歯が立たなかった不明瞭な現象は急速に鮮明と化す。
「試しに軌道を逸らしてみたら見事にその通りだったようで」
「ッ! まさか……あのコインは射線をズラす為のッ!?」
彼女の細長い手に握られるコインにセイファはようやく自身の身に起きたカウンター攻撃の真実を察する。
放たれた弾丸を予め投擲されていたコインに着弾させることで軌道を逸らし、相殺しようと横一閃した剣を空振りさせた。
最大の攻撃力でもあり、最大の防御力でもある翡翠の剣を攻略する技術、到底人間の技術では不可能の精密性だろう。
「あり得ない、カスの人間風情が出来る芸当じゃァッ!」
「残念ながら人間ではありません」
「はっ?」
「私の名はセラフ・ロイヤル・A・セブンスソード、この地へと舞い降りた聡明と美麗と武勇を極めたパーフェクトなる戦闘アンドロイドメイドです」
味方からすれば実に頼もしい、相手からすればウザい極まりない、いや味方も若干ウザいと感じる彼女の尊厳自己紹介。
劣勢に立たされた状況と完全にこちらを見下す発言の双撃はセイファの激昂に触れ、冷静さを奪い去る。
「うるさいんだよ……さっきからゴチャゴチャ耳障りだァァァッ!」
咆哮と共に剣を地面へと突き刺したセイファを中心とし、魔法陣は眩い光を放つ。
増幅する憤怒はやがて彼女の周囲へと自身の模倣を数多生み出していく。
「幻影裂ッ!」
数分という制限はあるが己の傀儡となり、自在に動く分体を生み出すパプレリス族が生み出し無属性魔法の一つ、幻影裂。
詠唱の終了と共にセイファが生み出し分身の群勢は一斉に取り囲むようにセラフへと鋭利な刃先を向ける。
あの超高速かつ特殊な剣を持つ存在が複数も存在するという事実は絶望を与えるには十分だがそれは凡人にしか通用しない。
「もう手加減はなしだァ……この剣でお前の足先から脳天まで全部突き刺して突き刺して突き刺して殺す、殺す、殺すッ!」
空間に歪みが生じる程に不規則に彼女の周囲を縦横無尽に駆け回るセイファ達は問答無用に突撃を仕掛ける。
だが結果は歴然、奥の手だと考えていた数的有利からなる乱撃はまるで予期するかのような動作でセラフに躱され続けていく。
それどころか、隙さえあればノールックの致命打になる急所のみを狙った銃撃と剣撃で着実に分体を仕留めていった。
「読まれてる……!? この私がッ!」
「ラーニング済みです」
一体一体の分体は確かに全てが別々に動く非常に不規則であり捉えづらい。
だが動作そのものはこれまでの戦闘から彼女が脳内にインプットした予測データと差異はなく、デジャヴの動きである。
幾何学的な動きを統計から予見する事が容易であるセラフにとっては数が増えようとまるで意味を成さない奥の手なのだ。
セイファ・アズバルト。
騎士団の幹部に位置する一人、翡翠の騎士の二つ名を持つ迅速の使い手。
まさに根っからの戦闘狂であり、高い技術力も相まってアヴァリスなどと同様に戦地に出れば一騎当千を見せる。
現に彼女は過去に派遣された戦闘において人類側の卓越した大騎士団達を一方的に殺戮する功績を有していた。
だが、その負け知らずな己自身の歩んだ輝かしい過去は今この場においては最もな足枷となっている。
「このっ、雑魚がッ!」
不意打ちと分体を囮に刺突を仕掛けるもののセラフは予期しており、彼女の腕を掴むことで迅速と搦手を無効化する。
「何……!?」
地面へと叩きつけたと同時に跳ね上がった身体へと衝撃波が生じる強烈な回し蹴りがセイファへと炸裂した。
同時に完全に流れを支配しているセラフは至近距離からなる演舞にも似た銃撃の戦法により、分体を一人残らず蹴散らす。
銃と剣を交えた華麗なるワルツは優雅に舞い続け、強者のプライドを切り刻む。
卓越した剣技に間違いはない、常人であるならば来たるべき末路は蹂躙だけだろう。
セラフ自身も彼女の技術が一級品であるとは認めているが何より彼女の動きは洗練化されているがワンパターンであるのだ。
だがその動きだけでも十分、ワンパターンだろうと超高速と初見殺しの双璧を攻略出来るのはそういないだろう。
だがまさに今、例外は目の前にいる。
超高速にも対応し、あらゆる搦手を捻じ伏せる自意識の高い美麗なるメイドが。
ましてや一度視認した動作は全て戦闘データとしてインプットする彼女に挑むのは悪手と呼んでも可笑しくない。
「貴様ァァァァッ!」
翡翠の剣を握るセイファは激情に身を焦がし、激昂する。
全身全霊を込めて大きく踏み込んだ彼女はセラフの顔面を狙い澄まされるがそれを見越していたかのように彼女から疾風の如き高速の手刀が放たれた。
目視不可能な挙動で突き進む凶刃を回避しながら攻撃へと転じる神業はまるで寸分違わないタイミング。
しかし咄嗟に大きく身をしゃがめたセイファは身体の捻りを利用した昇り龍の如く、反撃の一線を振るう。
初見殺しの搦手を全て封じられようとやり合える力を有するのは一級品に値し、セラフの肩部衣装を切り裂くのだった。
「私は常に強者ッ! 未来永劫、何があろうと私は常に弱者を蹂躙するッ! それこそが私の権力! 私の権利! 神聖なる領域なんだよォォォォォォォォォッ!」
響き渡る強者故の絶叫。
揺るがされる事なく、常に蹂躙する立場にいたからこそ今の状況を彼女は到底受け入れることは出来ない。
負けるはずがない、こんな生意気で得体のしれない蔑みに値する下等生物に互角どころか劣勢に立たされるなど可笑しい。
止まらぬ猛攻が襲い掛かるが直ぐ様、相手の行動パターンを認識したセラフは予期するような動作で攻撃を相殺する。
「……絶対からなる慢心、それ程誇り高き精神を醜く荒らす要因はない」
「はっ?」
「絶対的な自信、貴方と私は似ている。ですがさらなる強者を前に何も学ぼうともしない貴方に私は倒せない。私を脅かすのは私自身かあのバカ戦闘狂だけです」
即座に体勢を立て直したセラフは足払いのカウンターを行い、逆手に持ち直したブレードにて鎧に傷を埋め込む。
今の本心は彼女のリミッターを解除するには十分な動機となり、慈悲を与えん断罪の形相に包まれた。
「幼き幻想のマドゥルガーダ第四律」
それは処刑の宣告。
敗北を意味する絶対的な勝利宣言。
瞳には青い閃光が走り、彼女が放つ威圧感は更に強度を増していく。
セーフティを消失させることで己が持つ最大のスペックを強制的に引き出す幼き幻想のマドゥルガーダ第四律。
瞬間、吐かれた微弱な吐息を合図に熾天使の姿はセイファの前から消失する。
「ッ! 何処にッ!?」
どこからともなく響き渡る金属音の反響。
唐突な物音に反応し、振り返るもその姿を捉える事が出来ない。
セイファは視覚だけでなく、五感を集中させるが一切の気配を感じ取れない。
真正面の実力から来る死角からの一撃は容赦無くセイファの身体に斬撃を走らせ、空高くに肉体を飛翔させた。
放たれる無尽なるブレードによる乱撃は荒れ狂う竜巻の如く勢力を増した威力となって制裁は着実に下されていく。
至る所から地の破壊を意味する瓦礫が飛び散り、駆け巡る青い閃光がは周囲を畏怖の感情へと包み込む。
一撃の威力は鬼神を超えた獣を超越した生物、決して人間では到達出来ない領域。
「ぐぶっ!? このダボがァァァァッ!」
激情の咆哮と共に襲い掛かる突撃。
天空から迫る妖精はセイファへと目掛けて疾駆を始める。
手に持つ翡翠の剣は鈍い光を放み凶器と化した剣撃が振り下ろされんとするが前方へと投擲されたコインが無慈悲に彼女を阻む。
五枚のコインは直線上に隊列を組むと蒼色の魔法陣を展開、同時に彼女の双手には等身大にも及ぶ純白の弓矢が握られていた。
「星羅遍く祝音のオブリヴィオ」
紡がれたのは熾天使が編み出し新たな力。
フレイと同様、独自の成長性を有するセラフもまた新技の領域に到達していた。
冷酷に美しく奏でられた詠唱に呼応するように矢には蒼光が輝き始める。
閃光は星々の煌めきを彷彿させるように美しく、同時に見る者を畏怖へと誘う。
眼前へと迫る妖精の猛進へとセラフは無慈悲に洗練なる矢は放たれるのだった。
「御覧ください我が主人、私の新技を」
矢は蒼穹の魔法陣を貫通する事に幾重にも蒼光を増していき、やがては槍の如く、高密度に圧縮された一撃へと変貌を遂げる。
空間は大きく歪み、思わず防御態勢を敷くセイファだが唯一の希望である翡翠の剣は打ち砕かれる一途を辿った。
「馬鹿な、威力が収まらないッ!?」
止まらない、止まらないのだ。
これまで散々の相対する敵を踏み躙った弱体化を持つ翡翠の剣を持ってしても熾天使の矢が放つ勢いは衰えない。
それどころか更に威力は増し、刃先には次第に絶望を意味するヒビが刻まれていく。
・星羅遍く祝音のオブリヴィオ
特殊コインの変形により、魔力増幅を強制発動する魔法陣させ内部を通り過ぎた自身の武器へと強力な魔力攻撃を直線上に対象へと着弾させる。
蒼穹の閃光となりて標的を貫く必殺の一射の絶大なるセラフの新技はソウジの創世の奇書にて追記が成されていった。
まるで絵画のように美しくもフレイと同じく確かな闘争の熱さを持つ彼女の矢は着実に相手を追い詰めゆく。
「クッソォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」
奏でられたのは醜い断末魔。
最後の防衛線でもある翡翠の剣は遂に折られ、蒼穹の矢はセイファへと叩き込まれる。
深まる絶望を纏わりつかせながら確実なる死を告げる一撃が滑空する彼女へと無慈悲に突き走った。
一射__。
決して人間では到達出来ない領域の一射は凄惨なる青い大爆発を引き起こし、天に昇らせんと雲を消滅させる。
地へと崩れ落ちたセイファと優雅に佇むセラフの姿、その対比はどちらが勝者であるかを周囲へと決定付けていく。
「ッ……セイファ・アズバルト戦闘不能、よって模擬戦勝者……セラフ・ロイヤル・A・セブンスソードッ!」
予期せぬ結末だったのか暫くは唖然を意味する沈黙に包まれていたフェネルはようやく己の役割を再認識し、審判として勝者の何を高らかに宣言したのだった。
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