第38話 乙女達の乱舞
翌日__。
雲一つない晴天に恵まれた天空の理想郷は今日、妖精王の意向によって一つの大きなイベントを迎えようとしていた。
サーレストの名の下に見定めることになった二人の戦乙女による模擬戦。
本来実践演習などに利用される宮殿内に設置された闘技場には数多のパプレリス族の騎士が死闘を見届けようと集結する。
それだけでなく娯楽目当ての一般の民衆までもが闘技場へと雪崩込んでおり、その盛り上がりようは相当のものだった。
「へぇいいねぇ盛り上がってるねェ! けどこんな面白い事を何で私に言ってくれなかったのさマスター! む〜!」
「お前が参戦すると変にヒートアップして面倒な事になるだろうが」
「酷いな!? 私がそんな理性の欠片もない野蛮な女の子とでもッ!?」
「大正解だろ」
「大正解!?」
「とにかく、お前は不服だろうが今回ばかりはセラフに花を持たせてやってくれ。あいつもやる気満々だからよ」
可愛らしく頬を膨らませる不満顔なフレイについ流されそうになった心をソウジは戒めると冷静さを取り戻す。
闘技場内の観客席における最前の位置にて二人は今か今かと品定めとして行われる決闘を心待ちにしながら言葉を交わしていた。
「ぐぬぬ……ちぇ、まぁいいか、てか何でこんないきなりバトルになったん? 昨日とか私ずっと食べてたんだけど」
「色々とイレギュラーが重なっただけだよ、まっ俺等の技量の見定めってとこだ。あいつならこの観衆も満足にさせてくれるさ」
ようやく折れたフレイを横目にソウジは周囲とは違う思いを抱く。
口ではあくまで体裁を保つ言葉を述べているが心は既にこの国家と協力関係を築く気など毛頭存在しなかった。
誰もが今ここに開催される模擬戦に注目をしているが彼の思考はセラフが昨日提示した写真に全て向けられている。
(あの写真……あれがこの国の実態なら)
昨日、セラフが提示した写真のどれにも該当するのは暴力という言葉だろう。
彼女がグランドシティを行き来し、撮影を行ったのは妖精王が率いる騎士団と思わしき存在が子供達を連れ去る内容。
陽の当たらない裏路地の更に奥にひっそりと位置する貧民街、連続で撮影された写真には薄汚れた服装の幼児達が写し出され、蹂躙される光景が生々しく描写されていた。
騎士達の顔はまさに鬼畜、相手を人ではなくまるで物のように同じく耳の長いエルフの類である存在達を扱う光景に包まれている。
(あの小さなエルフ達はヴァーリエン族か……内戦の末に敗れ去り恥の象徴と蔑まれる存在、その生き残りって所か?)
撮影したセラフも現場へ急行したが既にもぬけの殻であった故にこれ以上の情報を彼女も掴めてはいない。
複雑を極めるまだ確定でないきな臭さ故に良くも悪くも行動力の塊であるフレイへと不用意に明かす事も出来なかった。
純粋な闘いなどにおいての鉄砲玉としては最高の存在だがこういう裏事情が絡んでくる話ではリスキーであり、暴走しかねない。
「ん? どしたのマスター?」
「何でもねぇよ」
「ふ〜ん、何か隠し事してな〜い?」
「ッ……そういや寝癖ついてるぞ」
「えっ!? どこどこ!?」
第六感が鋭いフレイの質問に無理矢理話題を逸らしたソウジは国の長として特別席へと鎮座するサーレストを凝視する。
アヴァリスなどの部下を側に置く彼は周囲と同様、この模擬戦に興味がある反応を見せており、ソウジの視線に気づくと不敵からなる微笑を送るのであった。
表面上は穏やかながら明らかに亀裂が入り始めている両者を差し置いて死闘をよかゆさせる模擬戦は今に始まろうとしていた。
「これより我が君主妖精王サーレストの名の下に模擬戦を開催するッ! 審判は豪炎の騎士ことフェネル・グリュネが務めようッ!」
渋い赤髪が逆立つ筋骨隆々な騎士。
アヴァリスとはまた違う紅の鎧に見合った豪傑さと直情さが醸し出される幹部騎士の一人に位置するフェネル・グリュネ。
側にいるだけでも体感温度が上がりそうな迸る暑苦しさは上位種として相応しい風格として機能している。
声が通る豪炎の騎士によって騒がしい場は瞬く間に収まり、ソウジ達を不敵に一瞥すると彼は相対する戦乙女二人に視線を移す。
「模擬戦は一対一、時間制限なしで行う、どちらかが戦闘継続が困難となった場合にのみ決着を判定する。両者異論はないな?」
「ハッ、ねぇよボケカスが」
「ごさいません」
「宜しい熱い心構えだ。それでこそ闘争というもの……フハハハハッ!」
勢力伯仲の対照的なセイファとセラフはお互いに睨みを効かせながら即答を見せる二人にフェネルは豪放磊落な笑いを轟かす。
彼の姿に闘争心が掻き立てられ今にも戦いたいと飛び出しそうなフレイを必死に抑える中、開始を告げる言葉は声高々に晴天へと放たれるのであった。
「戦いは純粋なる力、戦いは純粋なる知略、戦いは純粋なる覚悟、全てを持つ者こそが勝利を許され、隔たりは存在しない。さぁ戦うのだ、そして……勝利を掴めッ!」
刹那、爆ぜる歓声と共に周囲のボルテージは最高潮に達する。
開幕を告げた決闘は鼓膜を破らんと轟音に空気が激しく揺れていく。
「昨日ぶりだねクソメイド、その顔が鮮血の線に侵食される覚悟は出来たかァ……?」
「今の言葉、皮肉にならない事を願いましょう」
「あぁ本当に本当に……この私へと減らず口を叩くなァァァァァァッ!」
木霊する激情の咆哮。
翡翠に煌めく剣を抜剣したセイファの周りに吹き荒れる突風は髪を靡かせていく。
完全に常軌を逸したハイテンションな満面の笑みを振り撒き、地を蹴り上げると迅速なる動作でセラフへと肉薄を始めた。
「見えざる聖域はキリエを謳う」
対抗するようにセラフは奏でた詠唱と共にコインは無骨ながら洗練された長身からなる鉄製のブレードを創造する。
セラフ・ロイヤル・A・セブンスソード、十八番の銃ではく、自身の名前に見合う剣を手に取った彼女はセイファの斬撃を真っ向から受け止めようと構えを取り始めた。
「ハッ……バァカ」
だが完全に見切り相殺したと考えていた思考はいとも簡単に覆される。
剣同士が混じり合った瞬間、セラフの鋼鉄なるブレードはまるで木の枝のように刃先が真っ二つに折れるのであった。
「何……?」
柄だけとなった使い物にならなくなった武器ではどうしようもなく翡翠の剣は容赦なくセラフへと襲い掛かる。
僅かに持ち前の反射神経から肉体をのけ反らせ、直撃は回避するも左頬には切り込まれた跡が刻み込まれていく。
人間に近い深紅の人工血液は空中へと吹き出すものの、セラフは酷く動じることはなく素早く距離を離し、体勢を整えた。
「ハッハハハハァッ! もう一つ目の傷跡は出来ちまったようだなァッ! ザ〜コ!」
「なるほど……今の一撃は認めましょう。一体どんなトリックを?」
「トリックだ? この翡翠の剣にタネも仕掛けも存在しないッ! お前が作った剣がただ脆いだけなんだよォッ!」
問い掛けを一蹴したセイファは優れた撓りを見せる肉体を最大限行使し、縦横無尽に剣撃の乱舞を披露する。
一切として隙の無い俊敏な動きにも対応するものの再度創造したブレードはまたも簡単にへし折られてしまう。
狂乱に満たされた精神でも流石は翡翠の騎士と異名を付けられる存在、技量は一級品そのものであり、堪らずセラフは戦況を変えるべくリボルバーからなる銃撃を放った。
「無駄無駄、無駄無駄ァァァ!」
だが銃に変わろうと例外ではなく、セイファの刃先は完璧に弾を切り裂いた。
防戦一方、そう断言しても良いほどに決闘の雲行きは怪しさを募らせていく。
「なっ、セラフの動きを捉えてる!?」
「今そこは重要じゃないと思うよマスター、問題はあの翡翠の剣さ」
いつもの天真爛漫な一面は鳴り潜め、真剣を意味する瞳へと変貌したフレイは最も違和感を抱くべき場所を指摘する。
その鋭さは仮にも彼女が戦闘のプロフェッショナルである事を何より裏付けていた。
「翡翠の剣……?」
「感覚だけどさ、あの貧乳天使が生み出してるブレード、決して悪いもんじゃないし相手の剣とやり合える強度を誇る。そもそもあの理論的な天使が何度も同じ過ちを繰り返す事はないからね」
「てことはあのセイファが所持する武器にヒントが?」
「まだ分からない、けど彼女はあぁ言ってるけど間違いなくトリックはある、それを見破れなければ……あの貧乳天使、ちょっと危ないかもしれないよ」
反りが合わない相性最悪の存在だが実力は本物であり、真っ向からやり合ってくる事が出来る存在とセラフを認めているフレイ。
そんな彼女が贔屓目なしに下した厳しい戦況の考察にソウジはゴクリと息を呑んだ。
「矮星に微笑むクォーツ第二楽章」
展開を変えるべく羽根をした高機動推進ウイングユニットを展開したセラフは亜音速級からなる空中移動の実行を始める。
まさに天使そのものである荘厳なる光景は観客席を唖然とさせ、サーレストもまた彼女の美しい翼への興味から身を乗り出した。
「はっ? 翼?」
三対六枚からなる純白の機械的な羽根にセイファの剣撃は空を切り、即座に反撃を意味する弾丸の雨を浴びせゆく。
「ハハハハッ! いいねぇ、空中戦は私の独壇場なんだよ、
瞬間、彼女の背後からは四枚からなる緑色の羽根が生えたと思うと周囲に漂う風と共に空中へと急速に飛び立つ。
飛翔嵐、使用者へと空中旋回の羽根を生やし突風を発生させることで急速なる移動を果たす上位クラスの風魔法だ。
ただの空中戦ならば手数の多いセラフに軍配が上がるだろう、しかし現状は彼女の多彩な戦法も意味を成していない。
「墜ちろ、墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろ墜ちろォォォッ!」
「あいつ……セラフを殺す気かッ!?」
完全に模擬戦という範疇を超えた勢い。
首の血管や心臓、脳など即死する箇所を執拗に狙う戦法にソウジは唖然とする。
どう見ても殺し合いでしかない状況に思わず彼は特別席へと視線を向けるもサーレスト達に動く気配はなかった。
寧ろ今の状況を楽しんでいるのか、将又これは予定調和なのか、アヴァリスを含め彼らは微笑を浮かべていく。
(クッ、お咎めどころか笑うのかよ……やはりセラフが言ってた通りこの国は)
一層不信感は強くなり、万が一を備えてフレイの出陣と自らも奇書による救済を行おうかと警戒を敷き始める。
猖獗は極まり、中には「殺せ!」と昂ぶる感情に流されセイファの愚行を肯定する声も聞こえるが熾天使は冷静であった。
「貴方、どうやら私を殺す気のようで」
「殺しはダメなんて最初から言われてないからなぁ……ゲハハハハハハッ! 希望を聞いてあげるよォ、胸か頭かそれとも首か?」
「お断りしましょう、この崇高なる肉体を奪えるのは己自身です」
「やかましいんだよッ!」
劣勢に陥りながらもナルシズムな平常運転を崩さない生意気さは段々とセイファの心を不愉快に苛立たせていく。
だが彼女から溢れる自信は空元気とはまでは行かなくとも少しばかり見栄を張っているのは間違いではなかった。
不利な状況ながらも着実に致命打になる攻撃を受け流し続けるのは流石だが未だに彼女が持つ力の攻略方法が読めない。
(ブレード、弾丸、共にまるで彼女の刃先にまるで歯が立っていない。絶対的な強度? いや、シンプルに結論付けて良いこと?)
ただ硬い剣であるなら更に上回る武器を生み出せば良いこと、無機物の範疇では制限のないセラフなら造作もない。
しかしそう単純な話ではないとフレイと同じく彼女も察しているからこそ、戦闘と同時に思考を回転させていた。
「風刃乱ッ!」
「ッ……!」
壮絶なる空中戦。
肉眼で追うのも難しい超高速の決戦は更に激化を増し、セイファの剣から放たれた風の刃は全方位からセラフを襲い掛かる。
考える隙を与えないかのような連続的な強襲は人間ではない彼女でなかったら確実に被弾しているだろう。
ただでさえ見えづらい風の刃をセラフは最低限の動きで躱し続け、一直線に放たれたセイファの風魔法は地面へと着弾し、激しく砂埃を上げた。
対抗するべく、セラフも機関銃による目眩ましを行うと同時に特製ブレードをセイファへと目掛けて投擲を行う。
洗練されたフォームから放たれた一撃は高速で敵へと迫るが相手も一筋縄では行かないエリート、身体を大きく仰け反る形で直撃を躱し過ぎ去ったブレードは地面を抉る。
「ッ……?」
「ハッハハハハッ! 外れェッ!」
無意味なにしかならなかったカウンターにセイファは貶す笑いを喧しく浮かべる中、セラフは唐突に疑問符を顔に浮かべた。
今の一連の流れが引っ掛かり、初めて彼女は無表情な顔に感情を彩っていく。
(違和感……何かを見落としている?)
先程まで戦闘に集中するあまり不明瞭であった違和感の正体を探るべく、セラフは一旦上空へと飛翔し、状況の考察を始めた。
足先から脳天、相対する存在の全ての穴という穴を睨みつけるように凝視する彼女の表情はまさに鬼神の如き様。
集中力を極めるその気迫は逃がすかと追撃を放とうとしたセイファの動きを一時的に停止させる程である。
巡り巡り、更に巡る己の思考。
電脳は彼女への最適解を急速に模索し、あらゆる可能性を構築していく。
今一度、自身が行った華麗なる攻撃の数々を彼女は思い返す。
翡翠の騎士が仕組んだ手品、熾天使が追い詰める剣撃に隠されたトリック。
「ッ……!」
瞬間、脳裏に走る電流。
それは激情なるメスガキが生み出す見えざる聖域に踏み込む唯一無二の可能性。
疾速が支配するこの終わりの見えない死闘に終止符を打てる可能性。
セラフが勘づいたのとほぼ同時にフレイも隠された何かを察した表情を浮かべ、二人は僅かに微笑を顔に表すのだった。
「何を笑ってる気味が悪い、もう無理だっていう諦めのサインかぁ? でも残念、お前は死刑確定でぇぇぇぇぇぇすッ!」
彼女の真意などつゆ知らずなセイファは尚も焦りを見せない、寧ろ不敵に笑う癪に触るセラフへと凶刃を再び振るい始める。
相変わらずのスピードからなる戦法は瞬く間に天空に位置するセラフの息の根を止めようと一直線に迫りゆく。
腑抜けた気で突っ立っていれば理解する暇もなく、心臓を無残に突き刺される状況。
ただ冷静に、ただ沈着に、無駄がないながらもセラフは手元に握る二枚の内、片方のコインを前方へと弾く。
もう片方は即座に並の人間ならば簡単に肩が外れるであろう漆喰の拳銃が顕現。
心を恐怖に染め上げる狂気を帯びた形相で接近するセイファへと彼女は銃口を構え、迷わずに引き金を引いたのだった。
「ハハハッ! 学習しねぇザ〜コが、そんな陳腐な武器で私を攻略出来るとで」
放たれる侮辱の勝利宣言。
だが口上はそれ以上紡がれることはなく、金属音だけが世界を支配する。
「……えっ?」
身体に何かが空いた感触。
左肩は風が透き通るような開放感に突如として満たされていき、即座に焼けるように熱い痛みへと変貌を遂げていく。
セイファの動きは止まらざるを得ず、明らかな異変に視線をやった先には鎧を弾丸が貫通したという光景が広がっていた。
「はっ……!?」
唖然としてしまった故に大きく生まれた隙を逃すはずもなく、彼女には熾天使からの強烈な蹴撃が脳天へとブチ込まれる。
「ガファッ!?」
威力は凄まじく、セイファの後頭部からはスパークが飛び散る。
勢いを殺される事なく地面へと急降下したセラフはそのまま亜音速級の蹴りによって地面に埋めるように叩きつけた。
粉砕された地面は瓦礫として全方位へと激しく飛び散り、衝撃の高さを物語る。
「「「なっ!?」」」
防戦一方の劣勢が一瞬で崩された状況に周囲は唖然へと包まれ、即座に距離を取ったサイファからは冷や汗が零れ落ちた。
「かはッ……! 馬鹿な何が……!?」
「どうやら、貴方は嘘つきのようですね」
埃が晴れていく視線の先には純白の翼を威圧のように広げながら、蔑む瞳を投げかける慈悲なき熾天使の姿。
蹂躙の対象であったはずの存在も今では心に焦燥感を与える脅威にしかならない。
余裕綽々と巧みなコインロールを行い、天空へと弾いたコインをセラフは掴み取る。
「き、貴様ァ……!」
「翡翠の騎士、貴方が創造したトリックの終焉はここに決まりました」
反転攻勢。
膝をつくセイファへと第二ラウンドを意味するようにセラフは新たに創造したブレードの切っ先を優雅に差し向けていく。
容姿端麗、品行方正、文武両道、その全てを有する尊厳に染まった天使の逆襲はここに開演を告げる。
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