第7話 帰還
浅瀬で及川と高槻が水を蹴散らして遊んでいる。
「横峯」
「ん?」
「俺、お前とオーロラが見たい」
「オーロラ?」
「うん」
横峯の手を引いて、四角く空いた薄暗がりに戻る。図書室を横切ると、窓辺から雪が舞っていた。
「防寒具、欲しいな」
俺達は、登山家のような防寒具を着込んだ。
「寒いの平気?」
「割と強いよ。オーロラか、僕も見てみたい」
「それはよかった」
窓に飛び乗り、ざくと雪原に足を踏み入れた。手を差し伸べて、横峯が上に乗るのを手伝う。
「自律神経狂いそう」
ふふ、と笑いながら横峯はこちらに踏み込み、俺の胸に飛び込んだ。
「冷えないうちに急ごう」
ざくざくと真っ白な世界を横切る。四角い透明の建物が見えてきた。
「あそこに入ろう」
不思議そうな顔をして、横峯は俺に手を引かれたまま、建物に入った。中は温かい。オーダー通りだ。防寒具を脱いで、壁に掛ける。部屋の中央にある赤いソファに腰掛けた。横峯が隣に座る。
「こんなとこ、用意してくれてたの」
「だって、外は寒いだろう?……そろそろじゃないかな」
ソファの背にもたれて、空を仰ぐ。緑と桃色のカーテンが、小さく揺れだした。
「わぁ……」
横峯が感嘆の声を上げた。俺も本物は初めて見る。綺麗だ。
「普通だったら、こんないい状況で見れないよね」
「そうかもな」
「ありがとう、立花」
横峯が微笑む。この笑顔が見れただけで、俺はここに来てよかったと思えた。
「帰ってもいい気がしてきたよ」
横峯がそうぽつりと言った。
「立花と過ごす学校生活、楽しいし」
「俺も。ここで贅沢するのもいいけど、日常が好きだな。ここにいると精神的な不感症になりそう」
「うん。でもその前に思い出作りたいな……」
するりと横峯が俺の肩に頬を擦り寄せた。半ば想定していたとはいえ、実際にこうなると緊張してきた。ここで、横峯と。意を決して横峯の頬を包み、キスしようとした時、轟音が聞こえてきた。
「な……?」
上を見上げると、オーロラの奥に白い空間が広がってきていた。まるでゲームのバグのように。
「横峯、とりあえず帰ろう。続きはまた今度」
二人で走った。転びそうになりながら、よろめきながら。横峯が声を上げて笑った。俺も釣られて笑う。やばい。状況としてやばすぎる。なのに笑える。扉が近づいてきた。手をかけ、横に開く。転がり込むと、成瀬が近づいてきて言った。
「間一髪ですね、立花くん、横峯くん」
「ああ。南の島も一緒?」
「そうなんですよ。突然空が真っ白になってきて、それが迫ってきて」
「期限があるとは思わなかったな」
一瞬、図書室の窓がかっと白光りした。それから、小鳥の鳴き声が聞こえてきた。外を見ると、夕暮れの空と校庭が広がっていた。
「戻ってきた……」
どういう理由かはっきりとは分からないが、俺達は無事に日常に戻ってこれたわけだ。横峯が帰る気になったからかもしれない。
「日付も一緒だね」
「時間も、トリップした時から経ってない」
5人で安堵した。
「じゃあ僕達、帰ります」
「楽しかったね! じゃあまたね!」
及川と成瀬が手を振って、図書室を出ていった。
「じゃあ僕達も帰る?」
横峯が鞄を下げて俺を促す。
「ん、そうだな」
横峯が部屋を出ていく。それに続いて出ようとして、俺はカウンター後ろに戻っている高槻に手を振った。
「図書委員の仕事、あと少し頑張って」
「立花くん、楽しめた?」
「? あぁ」
「それはよかったわ。私、横峯くんの本音を聞きたかったの」
微笑む高槻。
「え、それはどういう……」
黙って口元に人指し指を当てる高槻。もしや……。
「立花? 帰るぞ」
「え、あぁ」
いつも見ている廊下を歩く。とりあえず、終わったが、俺は次なる波乱を予感していた。この学校、異能者多いな。
夜が明ける はる @mahunna
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エッセー/はる
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