第3話

 この船はもともと探査船だったせいで、船内にはわりときちんとした分析装置が残されていた。そして俺は元化学者。これでも、最初はなんとか異星人の技術に付いて行こうと努力したのだ。ある程度は扱える。

 さっきから頭がクラクラする。どうも服にニオイが付いてしまったようだ。俺は上着を脱いで、ヨロヨロと分析装置の前に座った。


「はぁ、臭い……まずは、異臭の原因物質を突き止めよう。クッサ星人から発せられる特有の物質があるはずだ。この船の設備で消臭剤を作れれば良いんだが……」


 俺は採取した空気のサンプルを分析装置に入れた。分析装置は採取した空気に含まれる成分を分離して解析し、それぞれの物質の化学構造と濃度を表示してくれる。グラビネンの検出だって出来る、かなりしっかりとした分析装置だ。

 貨物室とブリッジの空気を比較し、俺はクッサ星人の体臭に含まれる特有の物質を突き止めた。

 それは、地球人の化学物質ライブラリには存在しない物質だった。


「ふむ、とりあえずクッサナールと名付けよう」


 俺は適当に名前をつけた。化学物質の命名規則なんてものは、あまりの臭さに俺の頭から吹っ飛んでいたのだ。

 クッサナールは見慣れない化学構造をしており、とてもすぐに消臭物質を作ることはできなさそうだった。


「くそ! わかったところで、未知の物質じゃどうしようもないじゃないか!」


 俺はイライラして分析装置を思わず叩いた。このまま地球に着くまで三日間もクッサナールの充満する船内で過ごすのは不可能だろう。人体に直接の毒性は無いのかももしれないが、これでは寝ることもできないし、何より不快だ。

 こうなったら……


「あいつを船外に放り出せば、全て解決する……」


 俺の頭に最悪の選択肢がよぎった。ハッとして、頭を降って考えを追い出す。


「くそっ、それじゃ俺は殺人者じゃないか! あいつに罪はない。そんなこと出来ないっ。それにもし、そんなことをしてバレたら、怒り狂ったクッサ星人は全力で地球人を滅ぼすに違いない!」


 俺は頭を抱えた。その時、俺はある変化に気がついた。


 臭くないのだ。


 いつの間にか、あの不快な臭いが全くしなくなっていた。 


 あまりの臭さに鼻が壊れてしまったのか? 最初はそう思った。だが何か引っ掛かるものを感じた俺は、すぐに周りの空気をシリンジで採取し、分析装置にかけた。

 すると――


「クッサナールが消えている? いや、別の物質に変わっているんだ。なぜ突然?」


 クッサナールが何か別の物質と反応していたのだ。反応している物質が何かを調べた俺は、驚愕した。

 それは、燃料のグラビネンだったのだ。


「クッサナールがグラビネンと結合し、無臭の物質になったのか! いや、それよりも、船内の空気中にグラビネンがあるということは……!」


 宇宙船のタンクから、燃料のグラビネンが漏れていたのだ。俺は大急ぎで宇宙船を停止させ、救難信号を発信した。


 グラビネンは、それ自体を吸ったりしても人体に影響はない。だが、宇宙船の設備はエンジンで生み出されるエネルギーで動いている。酸素生成などを行う生命維持装置もそうだ。

 あのままグラビネンが漏れていることに気が付かないまま航行を続けていれば、やがて燃料が切れてエンジンが停止し、宇宙のど真ん中で減っていく酸素の数値を見ながら死を待つことになっていただろう。


「いやあ、危ないところでしたねぇ。助かりました、ありがとう。しかし、グラビネン漏れによく気がつきましたね」


 近づいてくる救助船を船内の窓越しに見ながら、クッサ星人が俺に向かってにこやかに笑って言った。まだ船内にはグラビネンが漏れているから、今は臭くない。

 一緒に死の危機を脱したことで連帯感が生まれていたのか、俺はクッサナールとグラビネンのことをクッサ星人に話した。すると、クッサ星人は怒ることもなく、申し訳なさそうに頭を掻いた。


「そうだったのですね……すみません。私たちクッサ星人はあまり地球人の方と交流した事がなかったものですから。言ってくだされば、宇宙服を着たのに。気を使わせてしまったのですね。本当に申し訳ない」


 クッサ星人はとっても良いやつだった。


「ところで、その話を聞いて、私に考えがあるのですが……」


 ◆ ◆ ◆


 その後、俺とそのクッサ星人は共同で特許を取得した。

 グラビネンが、クッサ星人の体臭成分であるクッサナールと反応することを利用し、今まで検出に分析装置が必要だったグラビネンを簡単に検出できる方法を確立したのだ。


 おかげで宇宙の旅はより安全になり、俺とそのクッサ星人は少しだけお金持ちになった。

 彼とは今も良い友達だ。


 終わり

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宇宙船内の不快なニオイ 根竹洋也 @Netake

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