昨日の背中 今日の足音

 扉を開き部屋に入る。灯りを付け電気ストーブの電源を入れる。現実を受け入れた脳は冷静さを取り戻したが、クタクタに疲れた身体がつい数時間前の出来事を物語っている。崩れ落ちるように腰を下ろしたベッド、上半身は横たわり沈み込む。無意識のうちに火を付け咥えていたタバコの煙が目に染みる。身体を起こし上着を脱ぎ捨てネクタイを緩める。

「はぁ〜」

当然のように出たため息は力無く音にもならない。

 見つめている視線の先は何も捉えてはいないがそこから目は動かない。


「自分を幸せに出来ない人間は他人を幸せにする事なんて出来ない」

昔、誰かに言われた言葉が頭に浮かぶ。否定はしないが、それが絶対なんて思わない。事実、自分がそうだ。俺がくだらない事を言ったり変な事をして周りが笑ってくれるのを見て幸せを感じる。

「マサシと酒飲むのほんまに楽しいわ!マサシ君っていつも元気やし面白い!」

 そんな事を言ってもらう度に自分が居ても良いんだ、自分が生きている意味があって良かった。大袈裟ではなく、それが俺の生きてる意味、生き甲斐だと思える。誰かがいるからこそ自分は幸せだと感じる俺にとって自分を幸せに出来るのは自分ではなく親友や友人、仲間や知り合いだ。自分1人で俺は幸せになれない事は物心を付いた時には薄らと気付いていた。

 だが今日、その中でも特別で異彩な絵の具がパレットから無くなった。その空白を埋められる色はない。名前の付けれない色、その奇抜で歪な色彩を代用出来る色は世界には無い。言葉では表現不可能な感情が苛立ちに変わる。冷蔵庫から取り出した缶ビールを一気に喉に流し込んだ。

 生きていく上で良くも悪くも人間は変化を続ける。どんな経験も人生にとってプラスになると信じている。だがこの先、今日の事をプラスになんて出来る自信も無いし、そんな風に思いたくもない。求めていなかった、不必要なターニングポイントが出来てしまった。冷蔵庫や部屋にあるアルコールを無心で飲み続けベッドに潜り込んだ。


 カーテンの隙間を掻い潜る一筋の光の鬱陶しさで瞼が開く。キッチンでインスタントコーヒーを作ろうと立ち上がると頭に痛みを感じると同時に吐き気が襲う。我慢が出来ずシンクに吐いてしまった。振り向き視界に入ったテーブルには酒の空き缶と焼酎の瓶。あり得ない程飲んだ事は記憶から消えていた。滅多に二日酔いなどしないがテーブルを見れば吐き気の理由は火を見るより明らか。至極当然の事だ。散らかったテーブルの僅かなスペースにコップを置く。ライターで火を付けるシュッと言う音が始まりを告げた。何も無かったように昨日が終わり、当たり前に今日が訪れた。


 予定なんてない、何もやる気がしない。仕事は年末年始で休み。つまらない仕事がようやく休みに入る事で昂っていた胸と喜びはほぼ無くなってしまったけれど休みは有難い。今日も仕事なら心ここに在らず、仕事なんてまとめに出来る訳もなかった。もちろんすぐにいつも通りになれるはずも無いがすがやんの事をいつまでも引きずっている訳にもいかない。少しずつ現実と向き合い受け入れていかなければ。落ちたメンタルのまま居る事はあいつに悪い。すがやんのせいにしている、そんな自分では居たくない。多少荒行事になっても無理矢理にでも気持ちを上げないと。

 年末年始は地元のツレ達と会う事が恒例行事になっている。いつもくだらない事や中学の時の事、同じ思い出を肴に酒を飲む。ストレスや生きて行く事で必要不可欠な現実逃避でだいたいの事はすっきりリセット出来る。

偶然とはいえその時期で良かったかもしれない。


 俺は高校卒業と共に一人暮らしを始め、バンドマンとして本格的に動き出した。みずきやワカメなど音楽関係で親友も出来た。ただすがやんはその中でも特殊な存在で間違い無く自分の人生を大きく変えてくれた存在だ。

人間早かれ遅かれ人生は終わる。ならすがやんとの出会い、交わした言葉、お互いの考え方や感じ方を偽りなく語り合った事は宝物。

だから今の自分が居て生きている。それを忘れる事無く、突っ走って行かないと。


 そして思う。俺はすがやんにとって意味のある存在だったのか、出会えて良かった人間なのか、良い悪いも含め何かになれていたのか。俺が話しかず、仲良くもならずにいたら運命が変わらずにすがやんは生きていたかも知れない。馬鹿な考えをしているし答えなんて分からない。すがやんに出会い俺の毎日が本当に楽しくなったし沢山の事を学ばせてもらった。その1%だけでもあいつにとって俺もそんな存在になれていれたなら…


 強烈な二日酔いの頭で考えを巡らし過ぎて気持ち悪くなってきた。今日はやめろ。今はやめろ。大量のアルコールに毒された本能に引っ張られるように自然に身体はベッドに横たわり深い眠りに落ちた。


 「まだ夢の中 まだ君の中 残る光を探してる

まだ夢の中 土砂降りの中 ビショぬれのまま ランランラン 会えばよかった聞けばよかった」


泥のように眠り、夢の中でZIGZOのSleepを歌っていた。浅い眠りで夢の中、意識がある時なら寝ててSleep歌ってるとかベタやなぁと自分にツッコんでいただろう。


 


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鬱苦死生響〜ウツクシイヒビ〜 雑音子守唄マサト @masato0321

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