たすけてAI

 ポツン。と、いいね!がひとつ付いた。


「いいね来た!」

「付くもんだなあ。お、リポストも来た……っつうか、うわ」


 ぱらぱらと増えていたハートとリポストが、ある瞬間を境にあっという間に増えていく。もはやいいね数ではなく、くるくると回るカウンター。ちょっと数を数えられる状態じゃない。


「すご。スロットゲームみたいになってる。これがバズり……」

「引用も来たぞ」


---

@yxy:笑っちゃいました🥕

@xxx:めっちゃマッチョ!!!

@xyx:にんじん鍛えすぎで草

---


「はー、こんな感じになるんだね」

「思ってたより凄いな。AIの返信時間は実際の時間より早めてあって、最大2日分のシミュレーションするようにしてあるんだけど、それにしても」

「2日分早送りで見れるってこと? あ、なんか読めないの来た! なにこれ?」

「アラビア語かあ。バズったポストのリプライでインプレ数稼いでるんだろうね」

「なんか意味あるのそれ?」

「自分のポスト目立たせたり、インプレ数に応じて収益が出るからそれ狙いとかかな。インプレゾンビって奴」


 ゾンビ。そんなのがいるのか。めっちゃデジタルな世界なはずなのに妙に生々しい。


バズりに便乗してゾンビが生み出されるなんて」

「パクってる癖に」

「これ手動なの? あー、違うか。これはAIなんだけど、のゾンビは手動でやってるの?」

「違う違う。バズったの自動で判断してリプライ送るプログラム。いわゆるbotって奴。これはアラビア語固定みたいだけど、AIも組み合わせて元のポストの言語に合わせてそれっぽい返信送ってくる奴もあるよ」


 ゾンビがbotでプログラム。どういうことなの。


「よくわかんないけど、古めかしくて生々しいモンスターと思ってたモノに実は|未来のテクノロジーが使われてたってわけね。OK」

「わからん事適当にOKするのやめな? ……あ、まずいぞアオイ」

「え? あー!!」


---

@xox:これ何年前の画像?

@yyy:パクりじゃん

---


「バレた!」

「まあ、そうなるよね」


 のタイムラインが一気に賑やかになる。元の画像の引用・イイネ・イイネして損した・なんだ嘘かよ・まとめていいですか・この曲めっちゃ好き・アオイなにしてんの?・うちの🥕も見て下さい!・学校行く途中とか言ってるけどお前おっさんだろ・嘘ばっか。etc..


「うおおお……」

「こんなになるのか……」


 体がジワジワ熱くなる。なにこれ。なんだろう。何かくやしい。私くやしいよ! なんで? 嘘ついたのは私だけどでも。嘘、嘘、――違う。


「学生なのは噓じゃないじゃん!」

「まあ、それはそうだけど」

「目にもの見せてやるぜ。[え? おっさんじゃなくてごめーん]、と。現役の制服姿をくらえっ!!」

「アオイ!? やめろ画像とか。……ってお前これ上杉さんの写真じゃねーか!」

「手持ちのカードで一番良い札がまーちゃんでした」

「でした、じゃないが」

「普段絶対できないから。せっかくだたら、ね? うわ! 一気にリプライとDM来てる」


 前ッターのリプライ数にDM数がみるみる増える。リプライはなんかもう、すごいちくちくしてる。て言うか、もう見たくないレベルでむごい。ちょっとしんどい。ここは避難が必要だ。DM、さすがにDMならもうちょっと優しいのでは。助けてDM! 藁にもすがる思いでタップしてみると――


「何これええ」

「うわ」


 そこにはボカされた画像とな言葉がズラズラーっと並んでいた。言葉の一部もところどころボカされている。


「これって███じゃん!」

「███とか言うな。AI通してるからセンシティブな画像やワードが自動でボカされてるみたいだね」

「うそでしょ? じゃあ本番だとこんなに████とか██とかを███████なわけ? █████████じゃん!」

「落ち着け」

「█████████████!███████████████」

「センシティブワードしかない」


 ハルトはワーワー言ってる私からスマホを奪い取ってアプリを終了させた。


「よし、と。これで分かっただろ」

「はい」

「うかつな事を発信する……と……?」


 すみません。としょげてたらハルトの言葉が止まった。何? って見てみると何かめっちゃ戸惑ってる。


「どしたの? ハルト」

「いや、アオイこそ。……大丈夫?」

「は?」


 私? 私が何かした? ハルトは心配そうに私を見てる。そこで初めて気が付いたんだけど、私は泣いていた。


 え、涙? 頬を触ってみると跡が筋になっている感覚。嘘でしょ。そこそこ泣いてる。そう言われてみると胸も苦しい。慌てて私は笑ってみる。笑って言ってみる。


「やっぱ、うかつな事やっちゃ駄目だよねー」

「お、おう」


 喉がキュッとなって、声がちょっと出しにくくなってる。目じりを拭おうとした手が小刻みに震えているのに気づいてびっくりする。けど言う。


「でもさ! ここまで言わなくても良くない? これはもうやるしかないね。言葉狩り。ちくちく言葉言った奴は埋めるとか」

「焚書坑儒かよ」

「フンショコージュ? 何? コンビ名?」

「コンビ名じゃ……」


 そこでハルトの言葉が止まって私の目が笑ったままボロボロ涙を流す。


「コンビ名じゃねーよ」


 ハルトがメチャ弱々しく言う。気を使ってる。使わせてる。私が。全然いつものハルトじゃない。私は頑張って笑う。


「ハルト、ちょっと私さ」

「うん」

「なんかもう、いっぱいいっぱいでさ。泣いた方がいいと思う」

「うん」

「ちょっと胸貸して」


 ハルトは目に見えてうろたえたけど、おずおずと手を広げた。なんだそのポーズと顔。ウケる。もうちょっとじっくり見ていたかったけど無理なので、私はそこに飛び込む。そして泣く。泣く。なんかもう、メチャクチャ泣く。


「怖かった」

「うん」

「メチャクチャ怖かった」

「うん」

「貝の火のホモイの気持ちが分かるかもしれない」

「大きく出たな」

「うるさい」

「うん」


 本当に怖かった。怖かった。思ったより私は傷ついていた。練習なのに。言葉はハサミとか包丁だ。軽々と、やすやすとグサリと刺せてしまう。


 でも包丁で刺したら血が出るし逮捕されるのに、言葉はそうじゃない。同じ刃物なのに。刃物ってわかってるはずなのに。だって、ちゃんと切れるし抉られるし、私の何かを切り裂いてすり減らしていく。それも何度も。いろんな知らない誰かが。知っててる誰かが。何度も。何度も何度も何度も何度も。


 流れるのは血じゃなくて涙だけどそれすらも自分では気づかない。気づけない。人にいわれて初めて思ったより深く刺されてたに気が付いた時には、もう元に戻れないかもしれない。刺された方は。もしかしたら刺した方も。言葉は凄くて、ヤバい。


 私は泣く。引くほど泣く。こんなに刺されてたのかってびっくりする自分もハルトっていつの間にかゴツくなってきてたんだなとか思う私を差し置いて泣く。そしてひとしきり泣いて、泣きすぎて恥ずかしくなって顔を上げたくなくてうじうじして、やっと顔を上げる。


「スッキリした」

「うん、良かった。良くはないか」

「良かったでいいよ」

「うん。なんかごめんな。僕のアプリのせいで」

「ううん。悪いのは私とAIだから。つか、本当に練習で良かった」

「まあ、うん」


 良かった。本当に。ハルトがいてくれて良かった。心の底から思った。 


 目の前のメガネは何か持て余している。けど我慢してじっとしている。私じゃなきゃ見逃しちゃうよね。でもハルトは? ハルトは私の事をどう見てるんだろう。


 そして私はまた、うかつな事をしてしまいたくなる。


「てかさ、ハルト。これって実際と同じ返事が返ってくるんだよね」

「え、そうだけど」

「じゃあさ、こう送るとどうなのかな」


 私はLINEを開いて、ハルトとのトークをタップする。


「僕に?」

「そ」


 伸ばした私の指が、一瞬躊躇する。今じゃなくない? うかつじゃない? でも、きっとこのうかつはいつか必要なうかつ。私は指を伸ばす。


「[だいすきだよ]、送信」


 私は声に出してメッセを打って送信する。


「アオイ……」


 ハルトが私を見ているのが分かるけど顔は上げられなくてじっとスマホを見続ける。上の方でおたおたしてるハルトの代わりに、スマホの中のハルトが答える。


---

ハルト:███ password 暗証番号

---


「は?」

「ん?」

「ハルトこれどういうこと?」

「これは! そうか! 僕はアオイのアカウントが乗っ取られたと思ってるんだ。それでわざとセンシティブなワードを含むメッセージを送ってbotかどうかを判断しようとしてるんだ」

「何してんの……」


 私とハルトは顔を見合わす。じっと目を見て、そして笑う。なんなのこのメガネ。なんでまず乗っ取られてる事疑うの。まあ、わかるけど。


「あー、笑った」

「だね。……でさ、今だったらさ、僕……」

「課題やろっか」

「アオイの……。課題?」

「うん」

「お、おう」


 思わぬ時間取っちゃったしね、とか、あんなことになるの嫌だからね、とか言って私たちは課題を進める。課題を進めてなんとかかんとか終わらせて、そしてサンキューって言って解散する。


 ドアがパタンと締まった。なんだか嵐のような1日だった。私はひとつ伸びをしてスマホを見る。せっかくハルトが作ってきてくれたアプリだけど、きっともう使わない。……そんなには。


 だって今の私に、今のハルトに必要なのは、AIじゃなくて、――たぶんKOIだから。



-おしまい-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あさってくらいの未来の話 吉岡梅 @uomasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ