☆★そもそも星素って何かしら★☆

「さてと……そろそろ私はドロンしなければならないから、本日の家族会議はここまでカナ? では、星々が皆の往く道を明るく照らしてくれますように」


 恒星教団の教祖であるイオンさんの挨拶で、家族会議が終了する。オレは大きく伸びをして凝り固まった背筋を解しながら、丸くてデカいテーブルを見回す。

 今日の家族会議には、珍しいことに黄道十二星座の全員が出席していた。まだイオンさんに任命された奴がいない射手座と蟹座や、こないだ逃げやがった蠍座を除いてだが。


 こんな日は気分が良い。あの人に救われて、あの人に選ばれたオレたちには、あの人の言葉を一言一句聞き逃さない義務がある。そもそも、「弟と遊ぶ予定があるから」だの「水族館に行きたいから」だの、バカみてえな理由でイオンさんのお誘いを断る奴がいる普段がおかしい。

 ……まあ、もっとデカい問題はある。オレはテーブルに肘をついて、2つ右の席を睨む。


「いつまで裏切り者がその席に居座ってんだ、天秤座ストライブ


 イオンさんは能力の高い奴なら誰でも黄道十二星座に入れてしまう。たとえそれが忠誠心がゼロのクソ野郎でもだ。

「君たち全員が大切で必要な存在なんだ」ってイオンさんの言葉を疑う訳ではないが、単純にオレが我慢ならねぇ。

 ストライブは心底鬱陶しそうにオレを一瞥すると、大きく溜息を吐いた。


「はあ〜……またそれか。自由意志の尊重は他ならぬ教祖様が普段から仰っていることなんだが、獅子座レオはあと何度躾けられれば覚えられるんだ?」

「イオンさん殺そうとしてるクソ女にゃあ言われたくねぇ」


 コイツの言動には毎回イライラさせられる。イオンさんは優しいからこんなクソでも好きにやらせているが、オレは全然納得してなかった。怒りで身体中の星素が湧き立つ。


「ストライブ、今日こそはテメェをオレの星素の力でブッ殺してやってもいいんだぜ?」

「御託はいいからかかってきなよ。尤も、君の拳が届く前に私は星素の力でここから消えてるだろうが」


 頭の中が燃えるように熱くなり、もう耐えられそうにない。決めた、イオンさんにゃあ悪いがコイツは今日ここでシバく。

 そう決意して椅子を吹き飛ばそうとしたそのとき、オレとストライブの間に座っていた乙女座まんげつが口を開く。


「あの、2人とも」

「……何だよ満月。まさかオレの邪魔をしようってんじゃねぇだろうな、ああ?」


 そういう訳ではないけれど。困ったような口調で悩む満月にオレはウンザリする。思えば、コイツも大概だ。他の何よりも弟を優先するだけならまだしも、単純に全く空気が読めない。イオンさん風に言えば「KY」ってやつだ。オレはイラつきから頭を掻きむしる。


「だったら何だ? オレは機嫌が悪いんだからさっさと要件言え」

「うん、言わせてもらうけど……星素って何かしら」

「は?」


 ……コイツ、なんて言いやがった?

 この時代に、しかも恒星教団の幹部が「星素って何かしら」だと? いやいや、バカにも程がある。オレは頭が悪いが、そのくらいなら余裕で知ってるぞ。あまりのバカさ加減で冷や水をかけられた心は、急速に熱を失っていく。ふと気が付くとストライブも既にいない。


「もちろん星素が何かってこと自体は知ってるけど……ただ、詳しく説明出来ないというか、あまり気にしたことがなかったのよね」


 呆れた奴だ。勉強が出来ないオレでさえ、教団に入ってからは星素について必死に学んだものだ。イオンさんに失望されたくないというモチベーションがオレを突き動かしていたのを覚えている。


「このご時世で星素についてよく知らないなんて無知にも程があるぜ」

「あら、貴女は説明出来るの?」


 煽ってやったつもりなんだが、どうやら全く気にしていないらしい。満月は「私が知らないことを知ってるなんてこの人はすごい」とでも思ってそうなキラキラした目でオレを見つめている。

 ああ、仕方ねぇ。こんな奴でも仲間は仲間だ。オレは大きく咳払いをする。


「勿論だ。じゃあ今日は星素について解説していくぜ」

「よろしくお願いするわ」


     ◇


「12年前、地球に隕石が落ちてきたのです。その隕石は普通のそれとは全く異なる点が多々あったのですが……当時最も注目されたのが、その隕石の近くにいた人が消滅することだったのです」

「えー怖! なんで!?」

「……今から言うから黙って聞くのです」


 自他共に疑いようのない超天才であるこのイオン・ヘブンズウォーズの目の前に座っているポンコツ――エリナ・ディアードは、超天才の予測を遥かに超えたアホだった。

 なんと、「星素が全てを効率化した」とも言われるこの時代に、星素が何かよく知らないと言い出したのだ。十二星座に最も近いと言われるエリナがこんな調子では、教団ひいてはパパの恥だ。そして何より友達であるこの私が恥ずかしく思う。十二星座にこんなポンコツは100%いないのだから。


「結論から述べると、隕石から超高濃度の星素が発生していたのです。当時は星素適合者がごく稀だった上に星素自体が未発見だったから、隕石の星素を受けた非星素適合者の肉体が耐えきれずに霧散する事件が多発したのですよ」

「ふーん、大変だったんだねえ〜」

「まあ、星素適合者だとしても直接隕石に触れたら無事じゃ済まなかったのですが……これはいつか話すのです」


 おねがいしまーす、という気の抜けた返事が返ってくる。本当に彼女の頭の中に説明した内容が入っているのかかなり疑わしくはあるが、いちいち確認していたら時間がいくらあっても足りないだろう。私は先へ進むことにした。


「人員の消失という事態を重く見た研究チームの生き残りが迅速に隕石を分析した結果、隕石落下から1月足らずで新物質の星素が発見されたのです。それと同時期に、人類にはある変化が起き始めたのです」

「……」

「寝てやがりますか?」

「ねてらいよ」

「ならいいのですよ」


 アホが長い話を聞くのは辛いかもしれないと考えた私は、近くのホワイトボードに要点をまとめてあげることにした。きっと、こういう行いを「ノブレスオブリージュ」と称するのだろう。


「まず、肉体の色素の変質。一例として、12年前までの地球人の毛の色は黒や金、褐色系だったのです。それが大気中に急増した星素を取り込んだことにより、赤青黄色とどんどんカラフルになっていったのですよ」

「うんうん、覚えてるよ〜! 私それまで黒い髪の毛だったのに、ある朝起きたらオレンジ色になってた! びっくりしたな〜」


 エリナは大きく頷いている。全人類の髪や瞳の色が変化する現象は、およそ3日で地球全土を覆い尽くしたらしい。その後に産まれた私からすれば、この国の人間のほぼ全員から漆黒の髪が生えてきていた事実の方が信じがたいものだ。


「次に、そんな星素の影響は人体の色に留まらず、極々少数の人間に超人的な能力をも齎したのです」

「今で言うセン、センケン……センセン的能力を持った人たちだね」

「先天的能力」

「テンセン……」


 私が1歳と少しの頃、世界各地で星素によって何らかの能力を得た者が暴れていたのを記憶している。重火器の通じない能力者相手に、警察や軍隊は大苦戦を強いられ、治安は急速に悪化した。


 そんな世界を救ったのがパパ、イオン・ヘブンズウォーズだ。彼は数人の仲間と共に、その神にも等しい圧倒的な力で暴徒を鎮圧した。戦闘中の映像記録が殆どないので当時のことは不明瞭だが、外見はその頃から少女の姿だったようだ。


「テレビのニュースで見てたけどカッコよかったな〜。流石セントちゃんのパパだよ」

「……ふん、パパは本物のヒーローなのですよ!」

「その本物のヒーローと一緒に働けてるなんてあたしは幸せ者だ〜!」


 気分が昂ってか両手を上に突き上げて万歳をするエリナから目を逸らし、ホワイトボードに視線を戻す。


「……そして、パパと協力者が中心となって星素に関する全てを研究して管理するために立ち上げたのが、現在の『恒星教団』になる訳なのです」

「すごいおっきいよねえ。教団で働いてる人だけで3千万人くらいいるし、信仰してる人はもっと多いし……」


 そうなのですよ。私はエリナに向き直る。


「教団信者5億人のうち従事者3千万人、その中で星素適合者6千人、星座に選ばれた者は100人もいない!のです!」

「ち、近いです……」


 私は大袈裟に溜め息を吐くと、エリナの隣に座る。


「エリナにはパパのために頑張ってもらわないといけないのです」

「セントちゃんは本当にパパ大好きっ娘だね」


 エリナに頭を優しく撫でられる。私は彼女に体重を預ける。


「そんなの、当たり前なのです」

「……そうだね。特に私たちは」


 こっちのママは一応生きてはいるのです。そう返してから、お詫びに膝枕を要求する。

 エリナは微笑んでからそれを快諾して、自分の膝をぽんぽんと叩いて合図した。私は遠慮なくそこに頭を乗せる。


 時刻は午後8時。新しい星座の開発も行われていない研究棟には、私たち以外誰もいない。

 暗闇の世界でここだけに光が灯っていた。


「セントは、エリナのことも大好きなのですよ」


 言い訳のように、独り言のように小さく呟く。届かなくて、別に本当に独り言になっていても構わないと思ったが。


「大丈夫、全部分かってるから」


 どうやら聞こえていたようだ。全部なんて分かるはずがないのに、バカな奴だ。

 いつか謝りたい申し訳なく思うことを幾つか考えて、私は瞼を閉じる。こういう時、エリナは何も言わずにそのまま寝かせてくれることも、その1つ。


「おやすみ、セントちゃん」


 その言葉を最後に、私の電源は切れた。


    ◇


「……まあ、ざっとこんなもんか?」

「分かりやすかったわ。レオって意外と説明上手なのね」

「『意外と』は付けんな」


 と言いつつ、オレの方も満月が大人しく長話を聞き続けていたことを意外に感じていた。コイツにゃあ弟の他に関心事なんてないと思っていたが。


「あら、もうこんな時間。今日はありがとう、レオ」

「勘違いすんな、全部イオンさんのため――」

「ばいばい。またお喋りしましょうね」


 そう聞こえたと思うと、満月の体温を一瞬だけ感じた。抱きつかれたと理解する前に、奴は部屋から出ていった。


「な、何だアイツ……!」

「レオ、勘違いしてる」

「にゃああああ!?」


 背後から、というか真下から声をかけられて飛び上がる。床から魚座エルの首から上だけが見えていた。


「満月、レオのこと別に好きじゃないよ」

「うるせぇ! ちょっとビビっただけだ!」


 床から生えた首を蹴り上げようとするも、エルは地面に潜って回避する。蹴りの勢いで横転したオレの頭上には、プラネタリウムの星々が輝いていた。

 こうして星を眺めていると、全部許せる気になる。今日はここで寝るとするか。


「レオ、お腹出して寝ると風邪ひく」

「ほぼ全裸男は黙ってろ……」


 エルを適当にあしらうと、しばらく後で毛布が運ばれてきた。いいだろう。使ってやる。

 イオンさんの「教団員は家族」という言葉の温かさを思い出しながら、オレは眠りについた。

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