第五十四話◆美琴◆

 規則正しく打ち寄せる波の音は、自然と私の心をリラックスさせてくれる。おかげで気持ちの整理をスムーズに行うことができた。ふぅー、と深呼吸をする。


「混乱してるかな・・・。正直なところ」

「混乱?」


青のトレーナーの男の子が訊ねる。

「うん。だって、お昼と夜が逆転してるというのが、どうしてもしっくりこなくて。頭では分かってるんだけど、身体に馴染まないというか、心で理解できてなくて・・・。それに不思議なのは、どうして昼夜が逆転しているの?って疑問を抱くようになったんだろう。小さい頃からずっとそうやって生きてきたはずなのに・・・」


 それとさ・・・と、私は続ける。次が最も重要なことだ。


「貴文が・・・突然死んでしまった。それだけでも気が狂いそうなのに、彼のお腹から、得体の知れないヘンな生き物が出てきた。血にまみれてすごく気持ち悪かった。あれは一体、何?」



 喋っているその途中で、頭の中に『かすみ』が奏でられ始める。ゆったりとしたピアノの旋律。オリジナルの曲やその歌詞とは、また違ったイメージを抱かせてくれる。

 この曲を聴くと田舎のお婆ちゃん家を思い出す。何でかは分からない。竹林に挟まれた石畳の階段。夏の夕空の中、蝉の鳴き声に包まれながら、何度もその階段を降りたり昇ったりしていた。



 不思議なことに、自然と貴文の死を受け入れていた。涙は、今は出ない。なんでかな?

 きっと目を覚ましてから流すことになるんだろう。夢の中で涙を枯らしてしまったら、起きてから泣けなくなっちゃう。


「そっか・・・。ごめんなさい。また辛い想いをさせちゃって」



 また?・・・



男の子が頭を下げる。

「どうしてキミが謝るの?」

キミのせいじゃないでしょ。と、私は付け足した。

「・・・やっぱり、僕が死ぬ前に読んだり観たりしたものが、能力に強く影響してるみたいなんだ。特に、死ぬ直前に読んだり観たりしたものが」

「・・・キミ、すでに亡くなってるの?」

「うん」

「そうなんだ。それと、『また』辛い想いをさせちゃった。ってどういうこと・・・?」

「う~ん。話すと長くなるかな~。話しても美琴ちゃんが思い出す事はないと思う。断片的にフラッシュバックする事はあるかも知れないけど」

「そうなんだ・・・」

 私はゆっくりと頷いた。男の子が何を言っているのかさっぱり分からない。考えても分からないので、あまり深くは考えないようにする。

 ただ、男の子は真剣な表情でそう訴えてきたので、その真剣さは汲み取るようにした。


「第二世界っていうのはさ」

青いトレーナーの男の子が私を見上げる。

「いつか必ず訪れるものだと思うんだ。誰の元にでも、ね」

「そうなのかな?」

と、疑問を呈しつつも、そうかも知れないという想いが色濃くなってくる。

「そうかも・・・知れないね」

私も男の子の方へと顔を向ける。


「大切なのは認識することなんだ。認識した時から、第二世界は始まる」

男の子はゆっくりと頷いた。声に出すことで、自分自身を納得させているようにも見えた。

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落ちた事のある空 D.I.O @d_i_o

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