第五十三話◆美琴◆

 パイン材の床の上に敷かれた絨毯の上を歩き、私はカーテンを開ける。窓の外は、どこまでも続く海の世界だった。相変わらず空はどんよりとしていて、厚い雲に覆われている。

 「雨、降ってくるかな」

 何となく、独り言をつぶやいてみる。それから私は、視線を海の方へと向けてみた。海の向こうにはもはや海しかないのでは?と思ってしまうほど、島や大陸の気配が感じられなかった。


 今になってふと気付いたけれど、私はいつの間にかパンプスを脱いでいた。デニムパンツから下は靴下になっていた。


「そっか。これは夢なんだ・・・」


 声を出すことで自分を納得させる。そうか、夢なんだ。夢であれば、家が宙に浮いてても何も不思議じゃないや。



「琴美」

 突然、後ろで声がした。振り向くと男の子が居た。ベッドの上に腰掛けている。いつから居たんだろうと思いつつ、夢だからこういう事もあるかと自分を納得させる。 

 その男の子は小学生くらいに見えた。青のトレーナーを着ていて、年齢は十歳くらい?かな。高学年の子かも知れない。

「・・・『ことみ』って、あたしのこと?」

私が訊ねると、男の子がコクンと頷いた。私の目を真っすぐに見つめてくる。

「惜しいけどちょっと違うんだな〜。あたしの名前は、『みこと』っていうの」


 そっか。と言って、男の子は薄っすらと微笑んだ。どこか懐かしそうな笑みを浮かべていた。名前は間違えてたけど、私のことを知っているのかな。でも私はこの子を知らない・・・。

 ・・・。

 ・・・・・・・。

 本当に知らないんだっけ?知らないと思っておきながら、何故だか急に自信がなくなってきた。


「漢字ではどう書くの?」

男の子がさらに訊ねてくる。

「美しいの『美』に、楽器の『琴』。分かるかな?」

そう言いながら、空中に手で漢字をなぞってあげた。

「うん。分かるよ。そっか、美琴ちゃんって言うんだ。とても素敵な名前だね」

「そ?ありがと」

私も微笑み返す。


 どうして私のことを『ことみ』と呼んだのか気になりはしたものの、深くは考えないようにした。だって、夢だもん。

 それにしても、と私は思う。近頃の私は変わった夢をよく見るものだ。ついこの間も、学校のベンチでうたた寝してしまって、変な夢を見た。詳しい内容は忘れてしまったけれど、とにかく怖くて辛くて、悲しい夢だった。


「美琴、ちゃん」

男の子が私を呼んだ。

「なあに?」

 私もベッドの上に腰掛け、男の子の横に座った。近くで見ると、可愛らしい顔立ちをしている。目がくりっとしてて、鼻筋も通っている。口のかたちもカワイイ。

 大人になったらきっとハンサムな子になるだろうな。そんな印象を持った。

「この世界の生活にはもう慣れた?」

「この世界の、生活・・・?」

「そう。美琴ちゃんが第二次世と呼んでいる、この世界だよ」

そう言ってから、男の子は再びコクンと頷いた。


「ああ、そうだね〜・・・」

 それだけ言うと私は黙ってしまった。頭を垂れ、目を閉じる。視界は閉ざされ、真っ暗になったけれど、窓の外からざあざあと波の音が聞こえていた。

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