攻め攻め聖女と逃げ腰魔王

浅葱

短編

 緑の大地は黒く焦げ、天からはこの世の終わりかと思えるほどの雷鳴が轟く。


「しねぇぇえぇぇぇぇ! 魔王!」


 勇者らしくない、狂気に満ちた声と共に聖剣が魔王を貫いた。


 光輝く聖剣を突き刺された魔王は、貫かれたまま地面へと付した。


 勇者は拳を高くつきあげ、勝利を確信したその時であった。


 地鳴りが鳴り響き、地面が大きく揺れる。


「なっ、なんだ⁉」


「っく……せっかく助かったというのに……」


「はぁ、はぁ……ここまでということ?」


 勇者と仲間の戦士、魔法使いは抱き合った。


 そんな光景を見つめながら、聖女である私は、どうにか立ち上がると言った。


「皆様、大丈夫ですわ。……これまでありがとうございました。この力を使えば私は死ぬでしょう。(嘘だけれど)王国には栄誉ある死だったと伝えてください」


 皆は驚いた表情を浮かべた。


「何を……」


「聖女?」


「どういうこと?」


 私は美しい微笑みを携えて、両手を三人に向けた。


「さようなら。今までありがとうございました。どうか、お幸せに。王国まで光の道を繋げます! それにより、この断絶した魔界から脱出が可能です。もう二度と、魔界と人間界が繋がることはありません!」


「だ、だが、国王陛下の命令では魔王の土地を奪えと」


 勇者の言葉に、私は周囲を見回して言った。


「この不毛な大地をですか?」


 辺りにあるのは岩と乾燥した大地。実りがあるようには見えず、ただただ薄暗い太陽の光すらささない世界が広がっている。


 勇者も周囲を見回してからうなずいた。


「そうだな、このような土地は、不必要か……はぁ、魔王を倒せただけ僥倖か」


 私はうなずきかえし、今後は魔界と人間界が絶対に繋がることはないと再度明言し、三人を眩い程の光の球体で包み込むと、両手に力を込めて光の道を生み出した。


 皆は瞳に涙を浮かべて言った。


「聖女。俺達の為の犠牲、感謝する」


「ありがとう。貧乳貧乳って言ってごめんなさい……貴方の分も幸せになるわ」


「勇者様との子どもをたくさん作って、貴方の功績を後世まで伝えるわね!」


 希望に満ちた瞳で私を見つめる三人に、私は笑顔でうなずいた。


「さようなら」


 光の球体に乗り、光の道を飛んでいく三人。その道中は絶対に吐き気を催すであろうルートで作ってある。


 しかも、時間は四十八時間かかる。


 空に飛びあがった光の球体に向かって私は笑顔で手を振った。


「さようなら。本当に最低な人達。貴方達に出会えて本当に最悪でした。聖戦という名目で魔界を侵略しようとする人間界と分離できた方が、魔界の為です! もう二度と会えないでしょう。嬉しいです。さようならぁ!」


 防音設定にしているので聞こえないであろうが、私は笑顔で手を振った。


 光が見えなくなり、いよいよ魔界から出たなと思った瞬間、人間界と魔界が完全に分離する音を聞いた。


 元々この戦いは人間側が悪い。


 国民には魔物が攻めてきたと言っていたけれど、それは嘘であり、事実とは異なることを私は知っている。


 世界の終わりを告げるような地面が砕けるような音が響き渡る。


 私はひび割れた地面を歩き、そして聖剣を貫かれたまま地面に伏している魔王様へと手をかざした。


「聖剣よ。消えよ」


 元々私が勇者の為に作った聖力を具現化した剣である。私が命じるままにそれは空気に溶けるようにして消えた。


 すると魔王には穴は開いておらず、体をゆっくりと起き上がらせると、こちらを憎々し気な瞳で見上げてきた。


「……聖剣を……あれを刺された瞬間から身動きも息も出来なかったが、何のつもりだ。我に勝てないと思い、仲間を逃がしたといことか?」


 混乱する魔王様の前に私は跪くと、その頬に手を当ててじっと見つめた。


「な……なんだ。っふ、聖女ごとき、この状態の我でも」


「本当に申し訳ありません。無理せずに。痛かったでしょう? 今、癒します」


「は? なにを……」


 私は聖力を込め、魔王の頬を両手でつつむと、その唇にキスをした。


 初めてのキスであった。


 聖女のキスは特別であり、緊急の場合一番手っ取り早い方法である。けれど、あの勇者一行には教えてもいないし、絶対にしてやるものかと思っていた。


 けれど、強気な言葉を言ってはいるが、今の魔王は急いで治療をしなければならないほどの傷を負っていることは一目瞭然であった。


 魔王は固まっており、私は聖力を込めてさらにキスを続けた。


 人間は勘違いしているようだけれど、聖力とは癒し守護する力であり、魔王には毒とかそういう類ではない。


「魔王様? あら? 魔王様?」


 体の調子を見ようとキスをやめてその顔を覗て見えると、真っ赤にして固まっている。


 血色はよく、私は両手足を見て、体の傷は治っていることを確認する。


 ただし、目を細めてみてみれば、体の魂の根幹の部分に傷がついており、それはすぐに癒えるものではない。


 かくなる上は、最後の手段を講じるしかない。


「魔王様」


「っひ……な、なんだ」


「この体をもってして人間の罪を償わせてください。私と契ってくださいますか? その傷を癒すには、もはやその手しか」


「ななななんあななんあななな」


 魔王様は動揺しながら後ろへと後ずさりをするが、私はそんな魔王様を推し倒すように乗りかかると言った。


「ね? 魔王様」


「ややややややややめい!!!! そなたは聖女。ふ、ふふふ。もはやこの世界は人間界とは隔たれたのだ。お前は人間界に帰ることが出来ず、ここで……」


 私は確かにここで生きていくしかないのだと思いながら魔王様を見ると、また顔を真っ赤に染め上げていた。


 なんだろうかと首をかしげると、魔王様は後ろへとずるりと下がって言った。


「そそそそそそなた。まさか、我と契り、魔王の伴侶の座を得ようというのか⁉ っく、そのように可愛らしい顔で見てもだめだぞ! 我は愛し合った相手と心を通わせて結婚すると決めているのだ!」


 え?


 何それ可愛いんですけれど。


 勇者達一行と共にしてきた過酷な旅で、私は男というものに大変幻滅していたのだけれど、魔王様のその言葉と動揺した表情に胸がきゅんと高鳴った。


 胸に手を当てて、何だろうかこの感覚はと思いながら魔王様を見つめると、魔王様は真っ赤な顔で言葉を続けた。


「せせせせせ聖女! そなたは敵だろう! かかかか可愛いからって、助かると思っているのか⁉ お前など我が奴隷として飼ってやるわ! 屈辱にまみれて罪を償え!」


「え?」


 飼う。いや、それはそれで私としてはいいのではないかと思った時であった。


 魔王様の頭から湯気が上がった。


「かかかかか勘違いするな! ぺぺぺぺぺぺっとだぞ! まままままさか、そなた我が夜伽に呼ぶとでも⁉ 勘違いするな! せせせせ性奴隷ではないぞ!」


 叫ぶようにそう言ったその姿に、私の胸はまた高鳴った。


 なんだろうか。この胸の高鳴りは。


 魔王様を見つめていると、何ともいえない感情が胸の中に湧き上がってくる。


 こう、心が浮き立つというか。むずむずするというか。楽しいというか。


 私は自分の中に初めて生まれたその感情に戸惑ってしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませ。魔王様、あの……なんだか、胸がおかしくて」


「胸が? どこか怪我でもしているのか? 我らとの戦いは、確かに壮絶であったからな。見せてみろ。大丈夫か?」


 私はその言葉に、心配なんてしてもらったのはいつぶりだろうかと感じた。


 聖女だから、甘ったれたことなど言える立場ではなかったし、弱音など吐くとすぐに聖女なのに? と、言われてしまう。


 だから、胸の中が、そわそわとした。


「ほら、後ろを向け。まままま前ではないぞ!」


「へ?」


「ん? なんだ、お前怪我をしているのか⁉」


「あ、それはさらし」


「あ……」


「きゃっ」


 巻いていたさらしの止めの所を魔王様が爪でひっかいてしまい、破れて取れてしまった。


「すっすすすすすすすすまん! なんだそれは⁉」


 私はきつくさらしで抑えていた胸がさらしがはずれたことで両手で押さえながら恥ずかしさでうつむいてしまう。


「あの、その……実は勇者様がおっぱい星人で……胸が大きいと嫌な目で見られるような気がして、それで、あの……隠していたんです」


 恥ずかしさからしどろもどろになると、魔王様はマントを脱ぐとそれで私を包み込み、無言で私のことを抱き上げると翼を広げて空を飛び始めた。


「ま、魔王様⁉」


 体はだいぶ回復したとは思うけれど、大丈夫なのだろうかと思ってそっと顔を見上げると、凛々しい顔を真っ赤にしているのが見えた。


 耳まで真っ赤で、私はその姿に、さらしは取れたけれど胸がまたきゅんと高鳴った。


 可愛い人だ。


 私はその姿をじっと見つめながら、物語に出てきた言葉を思い出した。


 初恋。一目ぼれ。


 これがもしかしたら一目ぼれで初恋かもしれない。


 先ほどまで敵だったというのに、私は今、魔王様に今まで感じたことのない胸の高鳴りを感じている。


 たしかにこれまでの戦いの中でも、魔王様に好感を抱くことがあった。


 勇者達とは違って仲間想いな所とか、こちらと戦いながらも町などには被害を出さないところとか。


 ということは、一目ぼれというよりも、初恋で、それで、私はだから、胸が高鳴っているのであろうか。


 だから、初めてのキスでも嫌悪感もなかったのだろうか。


 頭の中で恋とか愛とかいう文字がぐるぐる回って、私は胸をぎゅっと抑えた。


 心臓が煩い。


 そして次の瞬間、世界が反転するようなぐるりという感覚を得た瞬間、世界の色が変わった。


「え?」


 見えたのは巨大な王城と、緑豊かな世界であった。


「これは」


「お前はもう、元の世界には帰れん。だから、だだだだだから、まぁ、ペットとして飼ってやる」


 私は胸がきゅんとまた高鳴り、少しくらいいいかなと思って、魔王様の厚い胸板に頭をこてんと傾げた。


「っ!? かかかかか勘違いするな! ペットだぞ! こここ恋人ではないからな!」


「はい。魔王様。ペットとして可愛がってくださいませ」


「なっ⁉」 


 私は魔王様のペットとはどんな生活なのだろうかと思いながら、少しだけ楽しみになった。


 王城に着いた魔王様は自室へと私を入れると、誰かに命じて、私用に洋服を持ってこさせた。そして、私に手渡すと後ろを向いて言った。


「まだ他の者にお前を連れてきたとは言えん。お前は、敵だったしな。だから、とにかく着替えをまず済ませろ」


「あ、ありがとうございます」


「はぁ……どうしてこんなことに」


 ぶつぶつとベッドに腰掛けて呟く魔王様の背中をじっと見つめながら、私は着替えようと洋服を手に取った。


 簡易のワンピースのようで、私はそれにそでを通して着ると、胸元も楽で、着心地はよく、ほっと胸をなでおろした。


 そして、じっとぶつぶつと何かを呟いている魔王様の背中を見つめた。


 魔王様。


 目を凝らしてみてみれば、やはり魂の根幹の所の傷が癒えていない。


 私はそっと、魔王様を後ろから抱きしめるようにして、体重をかけ、そのままベッドへと押し倒した。


「なっ⁉」


 魔王様は私のことを驚いた瞳で見上げている。


 そんな魔王様を見下ろしながら、私は大胆にもその体の上に跨った。


 魔王様の顔がまた赤く染まり始める。


「せせせせ聖女! だからお前はペットだと!」


「ですが、魔王様のここ、傷がついております」


 胸元を私は指さして、そしてそのまますっと胸元を撫でた。


「っ⁉」


「じっとしててください。大丈夫」


 私はそのまま魔王様に体をぴたっとつけて、そして言った。


「大丈夫ですよ。魔王様。こうやって体をピタッとさせていれば契れると神殿の教皇様がおっしゃっておりました。これでその傷も治るはずです!」


「……」


 魔王様は両手で自分の顔を覆って固まった。そしてそれからうめき声を上げ始めたので私は心配してしまう。


「魔王様? 大丈夫ですか?」


 しばらくしてから魔王様から返事があった。


「……気にするな。我が勘違いしただけだ。っく……くそ。胸が」


「すみません。重たいですよね。でも、こうやってくっついている必要があるのです」


「っく……わかった。寝ろ。そなたも疲れただろう」


「え? あ……はい……その魔王様、少しだけいいですか?」


「なんだ」


「……私、処刑されてもしょうがないと思っていますので、その、血祭りにする時には一思いにしていただけるとありがたいです」


 その言葉に魔王様がぐっと息を呑むのが分かった。


「我にいたいけな小娘を殺せと?」


「いたいけ……ですが、人間側が明らかに悪い侵略で」


「侵略か。……ふむ。我がそちらに赴いてお前達を止めようとしたが止まらずに小競り合いをしながらついにはこの魔界までやってきたが、勇者が入れたのは魔界のはじのはじまで。侵略などされておらん」


 その言葉に、私は確かにと思いながらも、魔王様をケガさせてしまったのは事実である。


「ですが、実際にはお怪我をされていますし」


「……その傷を治した相手を殺せと?」


「……ですが」


「はぁ。まあいい。お前にもいろいろあったのだろう。聖女よ。お前が思っているほど我は心の狭い男ではない」


 頭を優しく魔王様が撫でるのが分かり、目頭が熱くなった。


 魔界進行を食い止めようとしても、自分一人の力ではどうすることも出来ず無力だった。


「……申し訳ありませんでした……」


 涙をぽたぽたとこぼすと、魔王様がその涙を指ですくってまた頭を撫でてくれる。


「もういい。寝ろ」


 胸が煩くなった。けれどそれよりも瞼が次第に重たくなり始める。


 それはそうだ。


 勇者一行と旅を始めてからまともに眠ったことがなかった。


 けれど魔王様の胸の中はとても心地が良くて、私は夢の世界へとすぐに誘われてしまったのであった。


 そんな聖女の頭を撫でながら、魔王は眠ったのを確認して息をついた。


「っく……まさか我が翻弄されるとは、聖女め。ふふふ。だがペットとした以上、せいぜい可愛がってくれるわ!」


 眠った聖女に、お布団を優しくかけながら魔王はそのあどけない眠る表情を見つめたのであった。


 その日から自分が責められ続けて、結局は結婚に至るなどと、この時の魔王は思ってもみなかったのであった。


おしまい


★★★★

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