【短編小説】『❄🎄黒木紅葉と聖なる夜🎄❄』 私――ね。プロポーズ断っちゃった。クリスマスの夜に訪ねて来た彼女は――そう言って悲しそうに微笑んだ。~聖なる夜に紡がれる母と娘の小さな物語~
虹うた🌈
クリスマスの夜に――
「――――あら、いらっしゃい」
カランっと音を立てて、喫茶店の扉が開いた。
この喫茶店『
―――時計の針は、夜の8時08分を指し。
客もいないので、そろそろ店を閉めようと考えていたところだった。
「どうしたの
そう声を掛けながら涼子は、入口に立ったまま動こうとしない影に近付き髪や肩の上に積もった雪を優しく払った。
入口から外に視線を向けると――夕方から降り始めた雪は勢いよく降り積もり、まるで魔法の様に外の世界を聖なる夜に相応しい景観へと変えていた。
「………………先生も、同じじゃないですか」
そう言って力なく微笑む彼女は、いつもと様子が違っていて明らかに元気がない。
「ふふっそれもそうね。とにかく―――そこは寒いから、こっちにいらっしゃいな」
肩を優しく抱きながらストーブの近くにあるテーブル席に紅葉を座らせると、涼子はタオルを取りにカウンターへと歩いてゆく。
「いつもと同じでいい?それとも何か食べる?」
タオルを片手に戻ると、紅葉はマフラーとコートを脱いでコートツリーに掛けているところだった。
タオルを受け取りながら、食事はしてきたから………と、力なく微笑む彼女は――
「先生の………紅茶が飲みたい」
涼子に視線を向けることもなく、小さな声で呟いた。
涼子は頷くと、希望に応えるべくキッチンへ向かった。
ケトルに火をかけて、あえて何も尋ねることもなく紅茶の用意をしていた涼子の元に、ポツリポツリと彼女の声が届き始める。
「先生………私……ね。今日、プロポーズされたの。でも……断っちゃった」
―――え?プロポーズって、あなたまだ高校生じゃない。と、思った涼子だったが、しつこく紅葉にアプローチしていた刑事の存在を思い出した。
―――――あのバカ。
本気―――だったの…………?
「高校を卒業したら……ね。結婚を前提に……真剣に付き合ってほしいって……言われた。でも………断ったの」
そう言って
「そう……… でも、しっかり決めて返事をしたんでしょう?それとも、その人のこと、好きな気持ちはあるの?」
敢えて名前は出さずに、涼子は優しく問い掛ける。きっとこの子は、自分の気持ちを整理したくてここへ来たんだろうと、思ったからだ。
暫く黙って考えていた紅葉だったが、ゆっくりと首を横に振った。
「―――私、他に好きな人がいるの」
その答えを聞いて、涼子は驚いた。
―――あなた、変わったのね。
そう思ったのは、この子の口から、そんな台詞が出て来るなんて考えられないことだったからだ。
いつもこの子は、何かに追われるように必死に生きていた。それは、妹の青葉にしたってそうだった。
それは―――
この子たちの歩んで来た道を考えれば、仕方のないことだったかもしれない。誰かを好きになる余裕なんて、この子たちには無かったのだから―――
だけれど今は―――違う……のね。
その言葉を聞けただけで、涼子は心が震える程に嬉しかった。血は繋がっていないかもしれない。それでも、この子は―――二人は間違いなく私の娘。
絶対に、幸せになってほしかった。
そして今―――この子は間違いなく、その道を歩み始めようとしている。
「ふふっ、そうなの?それなら、落ち込む必要ないわね」
そんな言葉と共に、涼子は紅茶をティートレーに乗せて愛娘の前へ運んだ。
「はい――― でもね、先生。その人………本気だったの。本気で……こんな私のこと―――好きになってくれたんです」
紅茶がテーブルに並べられても、彼女はそれに手を付けようとはしない。
そんな様子に小さく溜息を付き、涼子は彼女の肩に優しく手を回した。
「―――ねえ、紅葉。あなたの気持ちは分かるわ。でも人には、それぞれの役割があると思うの。その人があなたに求める役割と、あなたがその人に求める役割と同じでないことだってあると思うよ」
その言葉を聞いた紅葉は、初めて顔を上げた。
「………………役割ですか?」
「―――そうね。例えばだけれど、あなたがさっき話してくれた好きな人にとって、あなたには、あなたにしか出来ない役割があると思うの。
その人があなたに求める役割がもし―――あなたの望む役割じゃなかったとしたら、あなたはその人のことを嫌いになったりするのかな?」
暫く考えてから、紅葉はまた首を横に振った。
「―――いいえ、なりません。なりたくありません」
「…………そうなのね。でも、それってとても難しいことだと思わない?どうしたって大切に想う相手には、自分が望む役割を求めてしまうものだものね。
でもその役割は―――時と場合によって移り変わってゆくよ。
少なくとも今のあなたにとって―――そのプロポーズをしてきた相手は、
人生のパートナーの役割ではなかったってことじゃあないのかな?」
「―――――! ………………そう……ですよね。そうなのかもしれません。でも私には―――そんな風に割り切って考えるのは難しいです」
「うん、そうよね。でも、これだけは言えるのよ。その人があなたを想う気持ちや、あなたが好きな人を想う気持ち―――その気持ちは、その恋が成就しようが、しなかろうが消えることは無い、どちらも同じに尊い気持ち。
どんなに納得がいかない結果でも、結局は自分の役割を一生懸命やるしかないのよね。それが―――誰かを愛するってことかもしれないね」
その言葉に、彼女は何も返してはこなかった。ただ黙って、俯いている。
そんな彼女の様子を暫くのあいだ見つめた後で、涼子は少し留守にするから店番をお願いね――――と言い残して店を後にした。
厚手のコートを羽織ってはきたが、外は暖かかった。―――風が無いから。
ビニール傘に、雪が落ちるパサパサという乾いた音だけが聞こえる。
―――本当に、静かな夜。
扉の外側にぶら下がっている看板をopenからclosedに変えて、涼子は店内にそっと視線を向ける。
―――肩を震わせる愛娘の瞳から、綺麗な流れ星がいく粒も流れ落ちてゆく。
それを見届けた涼子は、安心して天を仰ぎ見た。
雪の降る夜は―――雲がぼんやりと光って見える。その雲から、幾つもの黒い雪の妖精が降り注いでくる。その妖精達は近づくと途端に真っ白な姿へと変り、手の平に乗せると直ぐに溶けて消えた。
……………ちゃんと、泣けるようになったね。
どんなに辛いことがあっても涙を流そうとはしなかったあの子を、あんなにも変えた人って―――どんな人なのだろう?
そんなことに想いを巡らせている自分に幸せを感じ、涼子は笑顔を浮かべた。
きっと、素敵な恋になるわ―――!
end
この物語を最後まで読んで下さった皆さまへ―――
最後までお読み下さり、本当に本当にありがとうございます。
感無量!(ノД`)・゜・。
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☆関連作品をご紹介させて頂きます☆
『虹恋、オカルテット』
作品へのリンク:https://kakuyomu.jp/works/16817330668484486685
こちらの物語も、どうぞよろしくお願い致します。(*_ _)ペコリ
涼子さんも紅葉ちゃんも大活躍していますので、まだの方は、ぜひぜひ立ち寄ってみて下さいませ。
そして明日(12月26日)から、新連載をスタートします。そちらの作品も、どうぞよろしくお願いいたします。
それでは、またね!
(^_-)-☆
【短編小説】『❄🎄黒木紅葉と聖なる夜🎄❄』 私――ね。プロポーズ断っちゃった。クリスマスの夜に訪ねて来た彼女は――そう言って悲しそうに微笑んだ。~聖なる夜に紡がれる母と娘の小さな物語~ 虹うた🌈 @hosino-sk567
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