『今、どこにいますか。』

友川創希

本文


『今、どこにいますか。』


 ヒュー――


 桜の花びらが僕の邪魔をしてくるようにひらひらとちょうちょのように舞う。その花びらで僕の視界は一瞬にして遮られてしまった。この世界はこんなに狭かったんだろうか……そう感じてしまう。


 ――儚い。そんな夢のよう。


 この世界を一人で見なければいけないなんて寂しい。


 この匂いを一人で嗅がなければいけないなんて淋しい。


 この空気に一人で触れなければいけないなんて寂しい。


 この音を一人で聞かなければいけないなんて淋しい。


 この空気を一人で味あわなければいけないなんて寂しい。


 さっきよりも強い風が今度は『ビュー』という音を立てながら吹き、更に桜の花びらが舞う。花びらには心っていうものがあるんだろうか。そんな風に動いてる――少なくとも今の僕にはそう見えるのだ。


 僕のスマートフォンに桜の花びらが一枚そっと落下した。ただ、僕はそれをどけることなく、そのメッセージ――『今、どこにいますか。』というメッセージをある人に送った。だけど、その手は少し震えていた。その振動で桜の花びらが地面に落下する。


 ――送信。


 たしかに、もとはといえば僕のせい。それは自分でも十分に分かっている。けど、どうしたらよかったんだろうか。なんと言うべきだったんだろうか。僕はそんなことを思いながらゆっくりと少しずつ動く雲を見ていた。スマートフォンを強く握りながら。


 昨日は羽織るものが必要なぐらい寒かったはずなのに、今日は街を見渡すと多くの人が薄い長袖を着ていた。むしろ、僕みたいな服装は場違いだということを示していた。信号の赤が僕を止めたとき、何もしないでいるのがなんだか嫌でスマホをいじったが、あのメッセージにはまだ既読がついていなかった。


 辺りをキョロキョロとしながら、目的地の前まで着いた。何十年という歴史を刻んでいる昔ながらの駄菓子屋さん。その外観は昭和アニメとかに出てる駄菓子屋さんの見本かのようで、ところどころさびた木がその面影を感じさせる。そして、店前には番犬のような犬がいる。いつもは誰かが来ると嬉しそうに尻尾を振るのだが、今日はしっぽを振る様子はない。気持ちよさそうに寝ているからだ。起こすのはかわいそうかと思い、そのままミシッという音を立てながら駄菓子屋の中に入る。


「おう! お前も来たのか? 高校生になってもまだ子供気分かよ」


 お叱りのような言葉を同じクラスの男友達が放ってきたが、右手には串刺しいか、そして左手には水滴の付いたオレンジジュースの瓶を持ってるやつがそんなことを言えるだろうか。


「そんなこと言ったらお前だって!」


 僕は彼が手に持っているものを示しながら反撃した。


「まあな」


 彼は子供のようにニッコリと笑う。そして串刺しいかに豪快にかぶりついた。一気にいかの半分ほどが彼のお腹の中に吸い込まれていった。


「……ってかさ、いつもいる彼女みたいな人、今日はいないの?」


茉奈まなは彼女なんかじゃないよ! でも、今日は少しあるみたいだから……」


 少しぶっきらぼうにそう言う。確かに茉奈と仲はいいが僕らはそういう関係ではない。あくまでも仲のいい友達だ。信頼しあえる友達だ――いや、本当にそうなんだろうか。そう考えると自信がなくなってくる。


 僕は彼の横を通り抜けてガムを一つ手に取り、おばあちゃんのいるレジにそれを持っていき10円をぴったり支払う。ただ、おばあちゃんはと言ってそのガムをもう一つおまけでくれた。だから2つをまとめて一気に口の中に入れた。もぐもぐと噛み潰ぶしていく。その割には味がいつもより薄い。物足りない。だから僕はもっと噛んでいく。


「あの、すみません。僕ぐらいの女の人は来ませんでしたか?」


 僕はガムを噛みながらおばあちゃんにそう尋ねた。


「あーいつも一緒にいるあの子? んー、今日は来てないね。君ぐらいの子はさっき来た男の子ぐらいしか……」


「そうですか……」


 期待した答えは返ってこなかった。おばあちゃんは僕の表情が曇っているのに気づいたのか、少し不安そうな顔をしてきたので僕は慌てて笑顔を作ってみせた。すると、おばあちゃんはさっきのことが勘違いだとでも思ったのか僕に対して微笑んでいた。


 僕はガムを噛み終わるとすぐに駄菓子屋を出た。犬は相変わらず気持ちよさそうに寝ている。きっとおいしいものをたくさん食べているとかいういい夢でも見ているのだろう。


「あのさ、茉奈と何かあったの?」


 彼が駄菓子屋を出た僕に声をかけてきたので、僕の足はピタリと止まり、ゆっくりと彼の方に振り向いた。さっきまで手に持っていた串刺しいかはもう食べ終わったのか、手にはオレンジジュースしかない。


 ――茉奈と何かあったの?

 

 その言葉が暴風雨となって僕の頭を直撃する。一瞬、体がよろけてしまった。息もしづらい。僕は一旦落ち着くために深呼吸をした。


 僕の思考が止められそうになったので、思わず近くにあったベンチに座り込む。


「どうせ、喧嘩でもしたんだろ」


 彼はサラリとそう言うと、彼も隣に座った。なんでそんなにもサラリと言うことができるんだろうか。


 ただ、彼の言う通り僕らは喧嘩してしまった。そこら辺に落ちているゴミのような些細なことで初めての大きな喧嘩をした。そして、彼女は逃げてしまった。まるで、僕に対してもう知らないよとでも言うかのように。もう私たちの関係、やめようよという風に。


 だから、僕は彼女に『今、どこにいますか。』というメッセージを送ったんだ。ただ、そのメッセージに返信は来ない。来る素振りすらない。


「そうだよ」


 彼にそう言われ、少しムカついてしまったのか、舌打ちをしてしまった。その音はかなり大きく自分でも半分驚いてしまう。でも、彼は何もしていないのに彼に当たってしまったことを悪いと思ってごめんと謝った。


「しょうがねえな、お前の彼女、俺も探してやるからよ」


 彼は僕の謝ったことはなかったかのように無視をして、代わりに上から僕を見下ろすかのようにそう言った。


「だから、彼女じゃなくて……」


 否定しようとしたのを彼は僕の肩を強くボンボンと叩くことで阻止した。そして、僕にとってはムカつく嫌な笑顔を見せた後に、


「まあいいから」


 と言われた。多分、こいつ、僕の話を聞かないな。それに、余計な時間を使うなら早く探した方がいいと思い、何も言わずにその手をどかした。そして僕は、あっちの方に歩き出したのだ。


「ん? どこか他に当てがあるのか?」


「うん、まあなんとなく」


 駄菓子屋にいないということは、多分あっちの方にいるのかもしれない。僕にはまだ当てがあった。なぜかわからないけれど、彼は僕の隣にぴったりとくっついて歩いてきた。


「んっ……」


「いや、だから俺もついてくって! 一緒に探した方が早く見つかるかもしれないじゃん」


 正論だ。確かに僕一人で探すよりも誰かと探したほうが早く見つかる可能性はぐっと上がる。僕は地面を見てその答えを求めたが、何も湧き出てこない。むしろ地面になにかを吸い込まれてしまうんじゃないか……そう思って地面を見るのをやめた。それに、地面ばかり見ていて電柱とかに当たったらかっこ悪いし。彼に言葉に何も言い返せない。


「ちなみにさ、なんで駄菓子屋に彼女がいると思ったの……?」


「あ、それは僕らがまだ小学生でお金のない頃、茉奈の誕生日に初めてあげたプレゼントがそこのお菓子だったから。今にとっては変なことしたなとも思うけど」


 僕が駄菓子屋にいるのではないかと思った理由がそれだ。僕のことがまだ頭にあるんだとしたらここにいるのではないかという淡い期待を持っていたけれど、その姿はここにはなかった。僕らが集合場所というと決まってこの駄菓子屋の前だったのに。もう、茉奈は完全に僕のことが嫌いになってしまったのだろうか。もう、僕と茉奈を繋ぐものなんてとっくのとうに切れてしまったんだろうか。


「なんだ、いい話してくるなー。もう少しどうでもいい話かとも思ったよ。それだけでなんかストーリーができそうだな」


 そうだろうか、今の話は一体いい話なんだろうか。彼はいい話と言ったが、別に僕はそう思っていない。人って必ずどこかで会ったり、思い出があるものなんだから。


「ちなみに俺、茉奈たんと話したことあるんだぜ。関わりないと思ってるんだろうけど、何回か。まあ、お前の彼女を取る気ないけどな!」


 信号を3つ渡るまで、お互い無言だった。僕の耳に入ってくるのは車が走る音とか、マラソンをしている人の荒い呼吸ぐらい。僕は十分その音たちで満足していたけれど、でも、彼はその音に耐えられなくなったようで少しぎこちない口調でそう言い出した。


「……ってか、茉奈たんって呼んでるの?」


 話すべき所が違わないかと自分で思いながらも、どうしても呼び方の方に興味が言ってしまう。僕だってそんな呼び方したことないのに。茉奈ちゃんか茉奈としか言ったことないのに。


「茉奈たん? ……いや、今初めて言った」


「なんだよ」


 普段からそう呼んでるのかと思ったじゃん、期待返せよ! という意味を込めて僕は少し笑ってしまった。


「で、当ての場所、一応ついたぞ」


 そして、ちょうど当ての場所にもついた。


「――学校?」


 そう、僕らの通っている高校だ。でも、高校でも校舎の中ではなくうさぎ小屋。小学校とかならよく見かけるかもしれないが、この高校では珍しくうさぎ小屋があるのだ。茉奈はかなりの動物好きで、自ら飼育係に入りうさぎのお世話をしている。飼育係なら簡単に鍵を借りることができるので、テストの点がよくなかったり、人間関係でよくないことがあったりと少し落ち込んだ時には決まってここに来ていた。だから、今日もここにいるんじゃないかと思ったのだ。


「へー、お前も飼育係だったんだ」


「まあ、一応。でも、茉奈に誘われてほぼ強制的に入った感じだけどな」


「色々大変なんだなー。でも、それじゃあここしかないじゃん!」


 僕もそう思った。ここじゃなきゃ茉奈はどこにいるんだと思った。それ以外の場所が思いつかなかった。


 ただ、僕のそんな希望も虚しくうさぎ小屋にはうさぎしかいなかった。隠れているのかもと思い、中に入ってみるも人の気配はなかった。昨日は僕の担当だったからどのぐらいの餌をあげたとかも把握しているけれど、特に今日、誰かが入ったということも考えづらかった。


「おー、よしよし」


 2匹のうさぎたちが僕の元に駆け寄ってくる。僕を見たから嬉しくなってしまったんだろうか。そうなら嬉しいけれど、うさぎの気持ちにそんな複雑なものは含まれてないだろう。


「嬉しそうだな」


 うさぎたちと触れ合う僕の顔を見て彼が苦笑いしてきた。いいじゃないか、僕だって好きになってしまったんだから。


「あ、俺の方にも一匹……」


「お前だって、嬉しがってるじゃん!」


 彼も意外と単純なやつだ。可愛い女の子が話しかけてくれたときのように顔を赤くしてうさぎをなでている(ただ、僕は別に可愛い女の子には特別興味があるわけではない)。


「――ていうかさあ。彼女いなかったじゃん」


 うさぎと触れ合い、どこか夢のような空間に行っていた気がしたのに、彼の言葉でぐっと現実に引き戻された。確かに、僕らは癒やしの時間を求めてここに来たのではなく、あくまで茉奈を探しにきたのだ。だから、うさぎには悪いけど、ここにいるべきではない。


 ただ、念のため、


「ねえ、茉奈どこにいるか知らない?」


 と聞いてみた。彼ではない、うさぎにだ。


 あっちだよ!

 

 今、足を出してる方!


 そんなような答えをすることは当然なく、無反応。当たり前だ。僕は何に期待していたのだろうか。いや、なににも期待していなかったのかもしれない。


 ただ、うさぎたちは僕をじっと眺めていた。僕はうさぎたちが何を考えてるのかもちろん微塵も分かるはずない。ただ、僕なりに解釈するとこう言っているように思えた。


『もし、茉奈を見つけられたとして、あんたは本当に謝れるのか』


 と。確かに、僕は茉奈を探すことだけを考えていた。その後のことなんて何も考えてなかった。ちゃんと謝れるのか。何に対してどう謝れるのか。そんなことを考えてなかった。だから、この場に茉奈がいたとしても合わせる顔がない。


『ごめんね』


 こんな素直な言葉をちゃんと言える自信がない。頭の中ではもしかしたらこの後のことも考えていたのかもしれない。でも、考えていたとしても知らぬ間に後伸ばしにしていた。やりたくないことは後でやるとでもいうかのように。


 卑怯だ。


 僕は次に自分のことをそう思った。もう、探さなくていいんじゃないだろうか。こんな僕と茉奈は釣り合うわけない。『さようなら』という言葉で片付けちゃおう。相手だってそう思ってるだろう。もう、関わりたくないと。


「ん? カラーテープ?」


 うさぎは小さな隠れ家のような場所から一切れのカラーテープを持ってきてまるで僕に差し出すかのように僕の前にぽんと置いた。ゴミ? こんなところにカラーテープがあるなんて理由がよく分からない。


 ――ブーブー。


 僕のポケットから急に、そんな音が鳴る。


 その時、僕が求めていたけれど、求めていなかった音――スマホの音が鳴った。


 ――茉奈からの返信だ。


『私の家に入って』


 普段なら絵文字やビックリマークを使う茉奈だけれども、この文はそっけなかった。簡素だった。こんなにもつまらない文は初めてだった。今の茉奈の気持ちが文に叩き込まれているのだろうか。


 ただ、これを無視することもできそうにない。もうすでに既読を付けてしまったから。もし、既読を付けてなければ読んでなかったということもできるが、付けたのに無視したら茉奈と一生もう話せなくなってしまうかもしれない。


「ごめん、僕ちょっと行くから。鍵、これだから頼む!」


 僕は鍵を彼に渡してこのうさぎ小屋から逃げ出すようにして出ていく。


「頑張れよ!」


 彼は僕の行動だけでたぶん大体のことを察したんだろう。その言葉にそういう意味が含まれているように思えていい意味でムカついてしまった。とにかく僕は茉奈の家に急いだ。さっきまで心地よいと思えていた向かい風が今は邪魔に感じた。普段運動とは無縁の僕が走り続けると流石に息が整わなくなってきた。空気が吸いづらい。


 走りながら考えた。茉奈に何て言って謝ればいいんだろうかと。そして、また仲良くしてほしいと言えるのかと。茉奈の今の心の中が分かればいいのに、そんな道具があればいいのに。


 この道を曲がるとまもなく茉奈の家。何度も何度も通ったこの道を忘れるはずがない。頭だけでなく体全体が記憶している。


 ――茉奈の家。


 周りには住宅街が広がっているのにも限らず誰もいない。車も通る気配はない。僕一人なんだ。この空間には。


 軽くドアを握ってみたけれど、どうやら開いているようだ。だから、茉奈はきっとこの家にいるはずだ。どんな姿でどんなことを思っているのかは分からないけれど。


 ――でも、ここにいなかったら?


 もし、いなかったら謝ることもできないじゃないか。それじゃ意味ないじゃないか。


 ――今、どこにいますか。


 僕はそのことを心の中で言った。この空間にはそれは言葉としては現れてないけど。


 ――ここ。

 

  一瞬、そう聞こえたような気がした。ただ、一瞬すぎてその感情を読み取ることができなかった。でも、ここにいるんだ。聞こえたのは気のせいかもしれないけど、茉奈はここにいるんだ。僕の大切な茉奈は。


 怖かった。単純に怖かった。怖かった。


 ただ、このままの方がもっと怖いと思った。


 だから、僕は勇気というものを使った。弱いけれど存在する僕の勇気を使って、ドアを開いた。


「――大紫たいし


 僕の名前がどこかでちゃんと呼ばれた気がした。今、一番呼ばれたい人に呼ばれた気がした。 


 目の前には茉奈がいる。


 茉奈――僕もその名前を呼びたかった。でも、呼べなかった。なんで呼べなかったんだろう。何十回、何百回と呼んでいる名前のはずなのに。


「ごめん、大紫」


 目の前にいたはずの茉奈は、一瞬にして僕の視界から消えた。ただ、その代わりに僕の足が強く掴まれたような感覚がした。茉奈が僕の足を掴んできたのだ。


「ごめん……ちょっと計画通りにならなくて怒っちゃった」


 茉奈と何年かいて、様々な茉奈の姿を見てきたはずなのに、こんな――泣いた茉奈の姿は初めて見た。


「ごめん、僕もこんな些細なことで怒るなんて小さな男すぎた。仲直り、しようか」


 僕は茉奈と視線を合わせた。ほんの数センチ先に茉奈の瞳がある。潤っている瞳がある。


「うん」


 その潤っている瞳を輝かせながら、小さく、でもはっきりと頷いた。これでもう大丈夫だ。


「でもさ、なんで普段なら一緒に行っても怒らないのに今日は『嫌だ』って言ったの?」


 僕らの些細な喧嘩の発端――散歩していた僕は偶然茉奈を見つけた。そこで僕は茉奈に声をかけどこに行くのか聞くと近くのショッピングモールと言ったので、一緒に行こうと誘ったのだけど嫌だとダイレクトに茉奈に言われたので、カットなりそこから喧嘩に……ということだ。今思い返してもこんな小さなことでことを大きくしすぎたなと反省してる。


「だって、今日はじゃん。だからその準備をしたくて」


 ――特別な日?


 たしか、駄菓子屋のおばあちゃんもそんなことを言っていたような気がする。今日、何かあったっけ……。僕はそのことが分からず、はてなマークを浮かべたような顔をした。すると、茉奈は面白そうに笑い出した。


「えっ、ほんとにわかってないの?」


「うん」


 僕は素直にそう返す。うん、わからない。どう特別なのか。


「ほら、今日は大紫の誕生日じゃん!」


「あっ、そっか――!」


 そうだ、今日は僕の誕生日だった。最近、色々なことに忙しかったかったのもあってかそんなことすっかり忘れていた。なんでそんな大事な日を忘れてしまったのだろう。それなら話の意味もわかる。茉奈がどうしてもついてきてほしくなかった理由が。だって、サプライズにしたいから。


「ごめん茉奈、そんなことも知らずに……」


 これは完全に僕が悪いんじゃないか。茉奈はなにも悪くない。むしろ、茉奈は僕のために考えてくれたのだ。僕に喜んでもらおうと必死に頑張っていたのに……それを僕は崩した。あんな些細なことで。


「うんん、私も怒らない方法なんていくらでもあったのに。お互い、悪くないんだよ。だからさ、2人で誕生日パーティーしよう! 終わったことはもう忘れて楽しもうよ!」


「そうだな、その通りだな」


 僕はもう、何も考えないことにした。過去のことなんて。ただ、茉奈と今のことだけを考えることにした。


 茉奈の家に入ると、そこは僕の誕生日パーティーの会場になっていた。周りにはバルーンや花紙、カラーテープなどで飾り付けられている。そして、僕の一番、目に入るところには『大紫、誕生日おめでとう!』の文字。茉奈の書いた優しい文字だ。


 茉奈……。君はやっぱ……。


「そういえば、大紫がラインでしてきた『今、どこにいますか?』の返信、まだだったね」


 確かに、まだ返信はもらってなかったのかもしれない。『私の家に入って』はあくまでここにいるということを示したというより、ここに来てというお願いの方が近いような気がするから。


「――それはね、君の隣だよ」


 茉奈はそう言うと、僕の腕を抱いてきた。


 そうだ、君は今、僕の隣にいる。そして僕も、君の隣にいる。


 ――僕はこの時、はじめて茉奈が好きなのかもしれないと思った。



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『今、どこにいますか。』 友川創希 @20060629

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