第5話 エピローグ

 教会の朝の鐘の音で、私は目覚めた。


 体がだるい。じっとりと寝汗をかいていることに気がついた。汗の不快さに追われるようにベッドから起きだし、身支度を整える。


 階下へ降りる。屋敷内は静かだった。とうぜんだが、ジェームズの姿はない。


 試しに記憶をたどってみた。頭の中に自然と、これまでの経緯などが浮かんでくる。ジェームズは父の死去を機に辞めた。クリスティーヌとは出会っておらず、私はまだ独身だ。

 上手くつじつまがっている。どうやら『消す』とはそういうことのようだ。


 狩猟の予定もない。前回までとは、朝のスタートが大きく変化していた。


 私は屋敷から出ず、ゆっくりと『その時』を待った。昼食が終わり、お茶の時間もなにごともなく過ぎた。


 そうしてついに私は、久しぶりに夕暮れの時を迎えた。書斎の窓から見る茜色の夕陽が、私に生きていることを実感させてくれる。沈みゆく太陽を、私は心から美しいと思った。


 もう、あの魔性の女に会うこともない。そう思ったとき、私は安堵すると同時に、なぜか一抹の奇妙な寂しさを感じたのだった。






 あれから半年余りが経った。財産も所領も失った私は、父の軍人恩給などをやりくりしながら、屋敷でひっそりと暮らしていた。


 あの不可思議な体験については、誰にも話していない。話せば精神病院送りになるのが目に見えているからだ。平穏ではあるが、退屈で味気ない毎日が続く。私の心は、このままゆっくりと死んでいくのかもしれない。


 そんな折、メイドが一人辞めることになった。使用人は必要最小限に減らしているから、いろいろ不都合である。私はやむなく、募集をかけた。


 数日後、新しいメイドが見つかったと連絡があった。住み込みで働きたいという。少し驚いた。私が出した募集は、待遇面で決して良くはなかったからだ。もっと時間がかかると思っていた。


 連絡があってからさらに数日後、メイドがやってきた。挨拶のために居間へ入ってきたメイドの顔を見て、私は思わず息をのんだ。


 年は二十代半ばから後半くらい。色白できめの細かい肌。肩で切りそろえた黒髪。切れ長の眼。ルビーのような深紅の瞳。妖艶な唇。


「よろしくお願いいたします。旦那様」


 女は微笑した。甘い匂いが、かすかに漂った。


 この女と、ひとつ屋根の下で暮らす。そこには、どんな生活が待っているのだろうか。胸がざわめく。好奇心、スリル、不安、欲情。さまざまな感情が絡みあう。


 私の心は、妖しい期待に沸き立っていた。

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くちづけする女(カクヨムコン版) 旗尾 鉄 @hatao_iron

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