第5話

「靴です」

刑事さんが言う。 

「靴?」


 無差別殺人が、このビル内で起こっていることは、当然、警察に通報されていたのだ。だが、犯人がまだ中にいるかもしれず、しかも何処にいるかわからない時点で、警察も下手に動けず、ビルの各所に配置され犯人の次の動きを待っていたらしい。野次馬ができて犯人を刺激してしまうことも考えられたため、かなり離れた距離から立ち入りを禁止していたとのことだった。

「そんな時でした。あなたが男と共にエレベーターに乗って行ったのは」

「なんですぐ助けてくれなかったんですか!」

私は少し声を荒げる。

 隣で、話している内容が理解できていないだろう母も、私の怒りに気付いて、ぎゅっと手を握ってきた。 


「どれだけ怖かったと思ってるんですか……」

「申し訳ありません。ただあの時点で犯人だと特定はできませんでしたし、犯人だとして、その場で刺激ししまえば、あなたの命の保証はありませんでした」

私の行動を見張っていた警察は、私と犯人が非常階段で出くわした時ですら、すぐ近くにいながら私達に近付けないでいた。

「あなたが階段から靴を落としたことで、男の気が一瞬そっちに反れたんです。それで、一気に男に近寄ることができました」

寸でのところで男は取り押さえられ、殺人未遂の現行犯で逮捕された。(勿論、罪状は、後で「殺人罪」に切り替わったらしいが)私はそれ以前にショックで気を失ってしまっていたらしい。

 


 あれからニュースは全世界に流れ、私はそこにいることができなくなった。日々増えるマスコミの威力には敵いそうにもなかったし。

 未だに犯人の目的が何であったのかは、メディアの間で勝手な推測がされているものの、明らかにはなっていない。

  


 私は、母に半ば強引に帰国させられた。


 念のため、入院させられ、面会も限られた人だけに制限された。


 そんな中、親友が噂を聞きつけ、面会に来てくれた。

「大変だったね。でもよかった。あんたの元気な顔見れて」

彼女は笑って言う。

「本当に……生きてることが奇跡みたいだよ……」

そう言う私を、彼女はギュッと強く抱きしめる。

「ホントに……ホントによかった……」


二人して、ひとしきり泣いたあと、

「これに助けられたの。ホントに。お守り、ありがとう。守ってくれてありがとう」

私がそう言うと、親友は驚いたように笑う。

「そのお守り、ちゃんと見た?」

ちゃんと? ピンク基調のデザインの着物を着たマスコット。

「帯のところ見てみてよ」

帯? ハートが重なった模様のところに、赤い糸の結び目がきている……。

「え?」

彼女は笑いを堪えて言った。

「恋愛成就のお守りと靴に助けられるなんて、ホントに奇跡のシンデレラだわ。」


 二人で大笑いした。

 ありがとう。親友に心から感謝した。そして……


 13階には二度と住まないと心に決めたのだった。

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13階のシンデレラ 緋雪 @hiyuki0714

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