3D

よういち

3D

「やっぱり、どう見ても俺の顔だ!」

 ある男が、自宅の部屋にあるテレビに向かって大声で叫んだ。

 昨日から繰り返しテレビで放送されている強盗殺人犯の顔がどう見ても自分の顔と同じなのである。

「どうしてこんなことになってしまったんだ!」


 事の始まりは、三日前。

 男が繁華街を歩いていると、急に横からチラシらしきものを片手に持った若い男が現われて、男は彼に呼び止められた。

 普通の人であればこうした場合、無視をしたり、すぐにその場を離れるものだが、そうすることがどうにも苦手であったこの男は、その場に足を止めてしまったのだった。

 するとチラシを持っていた若い男は一方的に話をし始めて、そこからの流れで男は近くにあるビルの中へと促されるままに入ってしまった。


「3Dプリンターの実験をしているんです」

 そう語りかける若者に勧められるままに男は、ビルの一室の中にある撮影用らしき器具の中央に据えられた椅子の上に腰かけることとなった。

「そのまま動かないでください」

 そうして男がその場に腰かけている間に、男の周りを複数のカメラが動いて、シャッターらしき光が光った。

「はい、オッケーです。ご協力ありがとうございました」


 男が椅子から立ち上がって呆気に取られている間に、今度は部屋の外へと進むように促されて、男はビルの外へと出ていた。

(何だったんだ? 実験とか言ってたけど)

 そうして男は、再び繁華街を歩き始めて、自宅へと向かった。


 事態がおかしくなったのは、昨日の夕方からだった。

 男が何の気なくテレビを見ていると、強盗殺人のニュースが入ってきて、そこに出ていた監視カメラに映ったという犯人の男の顔が、自分そっくりであったのだった。

 しかもその犯行現場というのが、男の住んでいる地区から電車で一駅ほどの場所だった。

 当初は他人の空似だろうと気に留めていなかったが、繰り返し放送されるその顔を見れば見るほど、自分以外の何物でもないように思えてくるのだった。


 そして今日になってテレビの前で男は確信を持って「やっぱり、どう見ても俺の顔だ!」と叫んだ。

 そうして、食い入るようにしてニュースを見てみると、犯行の行われたという夜の時間帯に、自分は人気のない道路を散歩をしていてアリバイがないという事にも気づいてしまった。

(でも、俺がそんなことをするはずがないじゃないか。現にそんなことをした記憶がない)

 そうして、記憶をたどってみると、三日前の記憶、3Dプリンターという言葉が頭に浮かんだ。


(そうか、あの時撮ったデータで、俺の顔を複製したマスクか何かを作ったに違いない!)

 

 とにかく、こうして連日、自分の顔がテレビで放送されてはたまらないと思った男は、唯一の手掛かりとなるあのビルに向かわなければならないと感じて、明日の朝にそこを尋ねてみることに決めた。


 翌朝、男は帽子を深くかぶって、マスクをして繁華街を目指して歩いた。

 人とすれ違うたびに、強盗殺人犯として通報されてしまうのではないかとビクビクしながら歩く男の姿は、かえって人の注意を引き、それが男を不安にさせた。

 そこからしばらく歩いた後、やっとの思いで繁華街にたどり着いた男は、記憶をたどってビルの前へと急いだ。

 

(誰もいない)

 以前とは違って、そのビルの前には誰もいなかった。

 どうしたものかと考えた男は、しばらくビルの前に立ち止まっていた。

 そうすると、途端に繁華街を歩いている人たちの目線が自分に向けられているのではないかという疑念にさいなまれる。


(仕方ない)

 男は意を覚悟をきめて、ビルの中へと入ることにした。

 そして、ビルに入ると以前に案内されたのと同じように階段を上って、その部屋のドアを開いた。

(あれ、おかしいぞ)

 男が部屋に入ると、そこは、もぬけの殻となっていたのだった。

 男は事態を理解できずその場で呆然と立ち尽くしていた。

 

 しばらくすると、部屋の外から、カツ、カツ、カツという足音が聞こえてきた。

 ガチャ、とういう音がしたかと思えば、「おい、あんた、ここで何をしているんだ!」という怒鳴り声のように大きな声が男を包んだ。

 男が振り返ると、そこには制服を着た警備員が立っていた。

 

 咄嗟にドアの方に走ろうとした男を警備員は、「泥棒かお前。とにかく、不法侵入だからな、警察、呼ばせてもらうから」と言って取り押さえた。

 拘束されている間中、男は大慌てで、「違うんです、私じゃないんです」と繰り返し叫んだ。


 やがてビルにパトカーが到着して男は警察署へと連れられて行った。



「だから、3Dプリンターで、顔の複製で、強盗が……」

 男は警察署の中で、必死で事態を説明しようとした。しかし警官は要領を得ない様子で、「だから、それと不法侵入になんの関係があるっていうんですか?」と尋ねた。

「カメラみたいなものがあって、それで撮られて、強盗殺人犯の顔が、私の顔になったんです!!」

 男はそう言うと、その場に卒倒してしまった。


 気づくと男は病院のベッドの上にいた。

 男が目覚めると側にいた白衣を着た男が、「目を覚まされました」と、どこかに向かって話した。

 男がベッドから起き上がると白衣を着た男は、警官を呼び寄せて、「大丈夫ですか?」と男に話しかけた。


「私は、私は、強盗殺人なんてしていない」

「ええ、それはわかっていますよ、でも不法侵入はしましたよね」

「違うんです、3Dプリンターが……」

 警官は、またか、と言った呆れた顔をして、「強盗殺人犯の顔と自分の顔がそっくりだと言いたいんですね?」と問い詰めるように話しかけた。

「ええ、そうです、そうなんです」

「でも、我々にはとてもそのようにはみえないんですよ」

「そんなはずは」

「確認してみてください」

 そう言うと、白衣の男が手に持った鏡を男の顔に向けた。


「エッ、エッ、どうして。これは私の顔じゃない」

 鏡に映った顔は、以前からの自分の顔とはまるで違った顔となっていた。

「そんなはずないでしょう」

 警官と白衣の男は顔を見合わせてうなずきあって、やがて警官が、「どうやら、〇〇さんは、精神に問題を抱えていらっしゃるようなので、しばらくこの病院の精神科に入院してもらうことになりそうです」と吐き捨てるように言った。


「立ち上がって、歩けますかね」

 白衣の男に促されるまま、男は立ち上がって歩き始めた。

 ひどくもやもやとした思いが頭の中を覆いながら歩いていると、「しばらくはこの保護室の中で過ごしてもらうことになります」と白衣の男が言った。


 男が部屋に入ると、鉄製の扉が閉ざされた。



(どうして自分がこんなことになってしまったんだ。本当に俺の頭がおかしくなってしまったのか?)

 そうして、男は自分の顔をペタペタと触り始めた。それは触れたことのない他人の顔のように思えた。

 頭の中を駆け巡る様々な思考と感情に耐えかねて、男はその場にうずくまってしまった。

 やがて、絞り出すように「ウワァァァァ」と叫んだ。


 男の目の前が真っ暗になった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3D よういち @yoichi-41

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ