第12話 エピローグ
さて、辺境騎士団の面々だが、彼らはフラムからの往復輸送により、早々にこの国を後にしていた。
アマーリエは神官騎士のミシェイルと近衛隊長のイネスを、グラスゴーから派遣されていた兵たちと共に、姉の治める彼の地へと帰還させた。山岳地帯に群がる、蛮族たちへの対応強化のためだ。
一連の行事への参列を終えた彼女は、ランメルトが船長を務める、輸送便の最後の一隻に乗り込む。
「一年後に、また会おう。グランマエストロ・ルイーサ」
タンクレディの見送りを受け、彼女は手を挙げそれに答える。
そして、後ろ髪を引かれる想いで、葦原の先にある平原を見つめた。
一度離れた、彼女とその想い人との距離は、時を経つごとにさらに離れゆく一方だった。
初めて訪れるフラムの街では、彼女を元気づけようと務めるイナヤに歓待される。
アマーリエはパンノニール伯ランメルトと、フラム公イナヤの婚姻を正式に認め、盛大に祝福した。
これ以降ランメルトは、パヴァーヌの勢力圏に属する領土と、辺境南部の小さな街の相続権を正式に得たことになった。その名はパンノニール伯ランメルト・フォン・フラム。接続詞がアマーリエ地方流なのは、本人の意向だ。
改築されたフラム港の防衛拠点群、未だ建造中の丘の上の砦や、リザードマンたちが渡来するようになった海辺の村、それら辺境南部の視察を一通り済ませ、リザードマンたちとの交易の取り決めも終えたアマーリエは、傷の癒えた兵たちを連れてハロルドへ一旦、帰投する。
ここでは、アドルフィーナ神ハロルド大司教ボードワンの歓待が待っていた。アマーリエのことを幼い頃より見守ってきた彼は、歳を重ねるごとに彼女のことを、より可愛がるようになっていた。そして、最近の彼の関心ごとはもっぱら婿取りの話しで、アマーリエを辟易させる。
続いて、謀反の噂を流されたラバーニュ卿が、一行の無事の帰還を祝って、その懐具合を窺わせるほどの大層な宴を催してくれた。彼はその対価として、次回の出兵参加を騎士団長に確約させることに成功する。
もちろん、無事とは言ってもそれは主だった面子での話で、捕虜交換後に明らかになった此度の戦死者数は、騎士3名と従者と馬丁13名、兵士272名であった。これらのほとんどは、葦原での戦闘によるものだ。
そして、冬を迎えたある日、執務室の窓からさむ空を眺めていたアマーリエの元に、聖教皇猊下からの書簡が届く。
その内容は、大きく2項目から成っていた。一つは、芳しくない戦況の打開。そして残る一つは、新たな勅命。
前者のいう打開の策はというと…蛮族たちのある一団は、平原を素通りして周辺の山岳に潜み、またある一団は、平原に点在する森や、湿地帯に潜み、その殲滅に手こずるあまり、大橋への兵の集結が進まず、橋に攻め込むのは愚か、近づくことも叶わぬ状況故に、さらなる兵の増強を求める、という趣旨のものだった。クラーレンシュロス伯への要請は、騎兵一千に、歩兵二万。
アマーリエは、ため息をついた。
そして、新たな勅命はというと…それは、古竜討伐のための精兵百人の派遣要請だった。
「馬鹿げてる…」
平原で目撃された竜の討伐を、聖教皇は西方諸国の王、諸侯へ向けて勅命を持って訴えた。
アマーリエはその書簡をひらりと投げ捨て…同室で働く部下の手前、すぐに拾い上げた。
半年間、領地を不在にしていたツケを払うため、冬はあっという間に過ぎていく。
兵士たちへの給与分配、勲功者への褒賞、次年度の予算確保、税収帳簿の確認、重犯罪者の処罰、陳情書の精査、公共建築物、講堂や道路、架橋などの増設と整備…アマーリエの執務室は文官たちの仮宿と化した。
勲功者にまつわる件で取り上げるならば、今年、アマーリエは新たに55名の騎士職を叙任した。戦災から復興しつつある地方の村に、人が戻り始めたため、新たな領主が必要であった事と、戦時下であるが故の戦力補強である。しかし、辺境にはまだまだ多くの集落が存在する。今後しばらくの間、地方小領主の数は右肩上がりとなるだろう。何はともあれ、辺境騎士団に所属する正騎士の総数は、200名を超えた。隣国パヴァーヌと比較すれば、それでもまだ10分の1にも満たないのだが。
激務に追われながらも、彼女の心を和ませる出来事もあった。
それは、辺境各地から毎日のように届く、特産品の山だ。
冬だというのに、新たな商機に対し、同業たちから先手を奪うべく、交易商人たちはパヴァーヌ商人との貿易に躍起になった。
これにより、売上税、関税、通行税の税収増が見込まれた。
そして、今回の遠征での実質的な収支だが、交易金貨1万2千枚の予算に対し、消費は2万弱。フラムの豪商からガレー船を徴用した所為で、予算超過となった。
しかし、臨時収益もある。それは、パヴァーヌ王からの賠償金フリード金貨10万枚、交易金貨換算で5万枚相当にのぼる。これは、王の身代金額としては、些か少額ではあるが、此度の戦闘の規模、君主会議の軍勢同士の私的な闘争による結果であるため、公に出来ないという事情、一括払いなどの理由から手打ちとした額だった。ちなみに王は、モルテ=ポッツに対しては賠償を負っていない。モルテ=ポッツ側は一時ながらも王の捕縛を知らず、双方痛み分けという結果に落ち着いているからだ。パヴァーヌ王は、さすがと称するべきか、何とも抜け目のない外交達者である。
パンにバターが塗られ、その上に干し葡萄をばらばらと載せられた。
パリパリと音を立てながら、アマーリエとイナヤはパンを喰む。
「んー。たまわないわ!いい塩気のバターね。それに、この干し葡萄…とっても美味しい!」
アマーリエは頬に手を当てて、舌鼓を打つ。
「両方とも、亡くなった母が営んでいた荘園のものです。この干し葡萄は、私が作らせたものですが、実はこれを食べると…」
タンクレディが通り掛かり、干し葡萄をちょいと摘んで、口に放った。
イナヤは、彼に聞こえないように、アマーリエに耳打ちをする。
「…とっても、お通じが良くなるんですよっ」
「まぢかっ!?」
アマーリエは食いついた。
「ハロルドへ送って頂戴!沢山よ!」
「ぜひぜひ!」
「増産できるのなら、パヴァーヌ商人に取り次いであげるわよ。貿易相手が減って、困っていたのでしょう?きっと、儲かるわよ!」
「やったぁ!」
騎士たちは、隣に座るタンクレディに尋ねた。
「あの二人は、やけに仲良しになったな。レディ同士、意気投合したのかな。いったい、何の話をしているんだ?」
タンクレディは、口をひん曲げて答えた。
「クソとカネの話で盛り上がっている」
「まぢかっ!?」
騎士たちは笑った。
穏やかな春の日、櫂を上げたガレー船は、東への風に帆を膨らませ、海を走る。
竜に襲われ壊滅状態の海洋都市、クェルラートへ向けて。
(続く)
5.辺境騎士団と水たまりの公子 小路つかさ @kojitsukasa
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