第5話 Case2 遅い初恋(後編)
あの会議から2日後、依頼人である石原美弥さんが事務所を訪ねて来た。そして彼女は急に訴えを取り下げると言った。
私が驚いた顔をしていると、美弥さんは少し哀しそうに微笑み話し出す。
「実は、高校生の時、私があのふたりを引き裂いてしまったの」
美弥さんはそう言うと、昔を懐かしむような表情になる。
「私達4人、高校1年からずっと同じクラスで仲が良かったの。その頃は誰と誰が付き合うとかはまだなくて、4人で仲良く遊んでたわ。でも、恭一は結構積極的な性格で、詩織の事を常に気にかけていたわ。その分、康弘が私を気にかけてくれてたけど、康弘はシャイだったし、恋愛対象には思えなくて、……だから、子供だった私は、詩織がうらやましかったのよ」
美弥さんはそう言い、お茶を一口飲んだ。そして続ける。
「付き合っているわけでもないのに、本当にすごく仲が良かったのよあのふたり。いつも4人一緒に行動しているのに、恭一が詩織を露骨に特別扱いしてる事に腹が立って、私の方から恭一を誘惑したの。詩織も恭一が好きでふたりが両想いだと分かっていたのにね。そして恭一も、若いから私の積極的な誘惑に負けたのよ。それで結局、恭一は責任取るような形で私と付き合い、結婚したの」
美弥さんはそこまで言い、手を頭に持って行き辛そうな顔でため息をついた。
「恭一と私が結婚したことで、詩織が落ち込んでいるのを康弘は見てられなかったんでしょうね。あいつ本当に優柔不断だけど、優しくて、そういうの見ていられない性格なのよ。それで、詩織にプロポーズしたんだとおもうわ」
そうね、昨日はまともな男性のように感じたけど……
彼が恭一さんに慰謝料を請求すると言って脅していたのは、元は恭一さんが美弥さんの誘惑に負けての事だと分かっていたからね。
康弘さん、恭一さんが詩織を好きだと分かっていたんだから、友達なら結婚前に恭一さんの方を諭すとか、美弥さんを叱るとか、何か出来た気がするわ。
やっぱり駄目な男だわ、康弘さんも。
「……結果的に、私のせいでみんなを不幸にしちゃったのよね。それが分かっているのにずっと意地を張ってしまったわ。でもなんだかいがみ合うのも疲れてしまって、……もういいかなって気持ちになったの」
美弥さんは、悲しそうな顔でそう言う。
「前を向く、という意味では、美弥さんの選択は間違ってないと思いますよ」
私は出来るだけ柔らかい口調でそう聞くと、彼女は微笑んだ。
「では……慰謝料は? どうされますか?」
私が聞くと彼女は微笑んでしっかりと答える。
「もちろん貰うわよ! 向こうも正当な額を払うって言ってるし。先生、請求額の計算をお願いできますか?」
「わかりました。お任せください」
吹っ切れた笑顔をみせた彼女に、私も明るく微笑み返した。
~~*~~
「やあ、あの案件、解決したんだってね?」
コーヒーを淹れてるところに宮原弁護士が声をかけてきた。
「ええ、驚くほどあっさりと」
私はちょっと苦笑して答える。
「不思議だけど、そういう時ってあるんだよね。ふっと吹っ切れる瞬間が。まあ、それまでの間、沢山考えるからかもしれないけどね」
「そうかもしれませんね」
そういい、私は彼の分もコーヒーを淹れる。
どうぞ、とカップを差し出した時、偶然彼の手と私の手が触れた。
その時、驚いたのか、私の体がビクンとなる。
そして、急に温かく心地よい風が私の体の中に吹いたように感じた。
あれ? わたし……
もしかして、今、ときめいたのかしら?
「Case2 遅い初恋」完
天使たちのお仕事-恋愛サポート部- あきこ @Akiko_world
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます