貧乏OLのわたしが1Rの アパートに帰ったらイケメンが生えてました

眞山大知

第1話

 終電で朝霞台のアパートに帰ってドアを開けると靴箱脇のゴミ袋からキノコが生えていた。しかもただのキノコじゃない。全長180センチで黒髪マッシュのイケメンが生えていたのだ。全裸で細マッチョのイケメンは、肩を抱いて潤んだ目でわたしを見ていた。あ、ゴミの日なのに捨てるのを忘れていた。

 あと、イケメンはどうせ幻覚。わたしはパンプスを脱いで6畳1Rの部屋にあがった。イケメンの黒い髪が鼻をくすぐった。いい匂いがするがこれも幻覚だろう。掃除がまともにできてない部屋はゴミ袋だらけ。袋を踏みつけると褐色の汁が袋の穴から出てきて、わたしのタイツに染みる。気持ち悪い。

 ベッドに倒れこむ。あんな大宮の三流商社に就職するんじゃなかった。終電間際まで、汚いビルの汚いオフィスで、銀縁メガネでバーコードハゲのクソ上司から「生産性の低い奴に給料なんて払えねえよ!」って怒鳴られていた。クソ上司の声が脳内再生。一気に涙がこぼれた。上司死ね。死ねばいいのに。

 嗚咽。泣く声が大きすぎて自分でもドン引き。涙がボタボタと布団に落ちた。やばい。メイクを落とそう。ベッドから降りて玄関脇の洗面台に行こうとすると靴箱脇のゴミ袋にまだキノコが生えていた。キノコは股間を堂々と露出している。わたしは優しいから、キノコのキノコへバスタオルをかけてあげた。

 ついでに声もかけてあげた。

「ねえ、キノコさん。聞いてくださいよ。わたしの上司ってホントクソなんですよ」

 キノコは黙って頷いて、わたしの愚痴を聞いてくれた。何このイケメン。キノコのくせに、私の話を聞いてくれる。神なんだけど。わたしは夜が明けるまで、キノコの身体に抱きついた。



 朝日の光が部屋を照らす。休みだから掃除しよう。部屋のゴミ袋をかきわけて、奥から掃除機を取り出す。

「ねえ、キノコ。部屋を掃除して」

「分かった。ソウジするから、服、買って」

 キノコの返事は少しカタコト。

(金が無いんだよな……)

 わたしはネットで服を探しながら、ある計画を思いついた。

 服を着せた後、池袋にキノコを連れてきた。黒いパーカーに黒いカーゴパンツのキノコを常連のメンズコンカフェに連れていくと、店長さんがキノコを見るやいなや「イケメンくん、うちで働いてみない?」と言ってくれた。

 執事服を来たキャストたちもキノコを見てテンション高めで接客。目論見通り。

 朝霞台のアパートに帰ってキノコを床に正座させる。

「服代は自分で稼げよ」

「わかった。だけど、この家にはいさせてほしい」

 キノコは深々と土下座した。ああ、イケメンがわたしに土下座するなんてゾクゾクするんだけど。

 キノコは鬼出勤してくれた。ある日、キノコが持ってきた給与明細を見る。げ、私より手取り多いじゃん。あれ、キノコを働かせれば会社行かなくてもよくね? キノコだし、培養すれば増えるかも。神かよ。神様、キノコ様、ありがとう。わたしはこれから起業します。とりあえず、金貸してくれるところ探そ。それに辞表も書いちゃえ。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 その後わたしは農業大学と連携し、キノコ栽培の技術開発に成功。培養したキノコたちを人手不足の業界に安い労働力として送りこむビジネスを始めると大成功。取引先のデブでハゲ散らかした社長たちから「日本の人材業界の救世主だ!」と崇められて、わたしは人材派遣界の女王になった。

 東麻布でForbes Japanの取材を受けた後、ベンツの後部座席に乗り込む。運転席の黒髪マッシュはもちろんキノコ。運転能力に特化した品種だ。

「人材派遣の女王って紹介してくれるらしい。そもそも、人じゃなくてキノコなんだけど」

 わたしは隣の第二秘書に呟きネイビーのテーラードジャケットを整えた。

 ベンツは高田馬場に移動した。これから学生に向けて講演する。大学のキャンパスには、宇宙船のような外観のリサーチセンターが建っている。そこが会場だった。リサーチセンターの講義室へ入ると、学生たちがひしめいていた。コロナ禍、能力主義、就職難。みな必死なのだ。学生たちの目は、獣のようにぎらついている。

まあ、君らの仕事を奪うのはわたしだけど。

 演台にあがって、わたしは講演した。

「学生の皆さんこんにちは。キノコイケメンエージェントの社長・大友です。本日はイオンとパチンコ屋しかないクソ田舎を捨てて上京し、量産型東京○○大学を出て、入社した三流商社でパワハラされたわたしでも年商100億円のバリキャリ社長になれた話をします。

 みなさん、わたしはホワイトボードに日本地図を描きました。下手でごめんなさいね。美術は2です。まず、宮城県ってどこだかわかりますか? みんな、とまどってますね。パスタみたいにこんがらがった東京の鉄道を平然と使えるのに、47都道府県の位置すら覚えられない。都会っ子って、不思議ですね。

 わたしの生まれは宮城県の北の田舎町です。詳しい場所は言えませんが、実家から車をちょっと飛ばせばクドカンの実家に着けます。みんな大好きクドカンも、わたしも、こんな東京じゃ誰も知らないド田舎から出てきました。町の娯楽はイオン、国道沿いのパチンコ屋、タバコ、そして他人の陰口です。

 わたしが小学校1年生のとき、電子部品メーカーの工場員で、競馬好きの父が、馬券をネットで買うため回線を引きました。次の日、学校に行くとクラスメイトが『大友のお父さんがインターネットっておもちゃを買ったらしいぞ。馬鹿だろ』と罵ってきました。田舎では、噂の出回るスピードは光回線より圧倒的に速いです。

 みなさん、田舎も学歴社会です。おじいさんおばあさんがする会話なんて、出身高校の偏差値マウンティングです。文字通り、どこの高校を出たかで一生を左右されます。中3のとき、お父さんが肺がんで休職して、わたしは勉強が手につかず、滑り止めの私立にしかいけませんでした。屈辱でした。人生をリセットしたくて、高校を卒業した後、上京しました」

学生たちの目が真剣になる。つかみはオッケー。

「入学した学校は量産型東京〇〇大学。奨学金をフルで借りて通いました。それ以上に苦しかったのは、東京出身の同級生と話が通じないことです。同級生たちは、地方出身者には解読不能な略語を使って、鳥貴族で飲みながら、お互いを罵倒していました。

 東京にも出身高校のヒエラルキーがあるのはびっくりしました。でも、通っていた塾でマウンティングするのは私には理解できません。鉄緑会? サピックス? わたしは、東京の同級生と話を合わせることができましたが、価値観までも合わせることができませんでした。あまり友達もできず、卒業しました。

 就活は大失敗。大宮で働くなんて、あなたたち、できる? でもね、幸運は思いがけない場所に転がっていました。わたしの場合、朝霞台のアパートでした。上司からパワハラされて帰宅した夜、玄関からキノコが生えていたんです。人の形をした、黒髪マッシュのイケメンキノコが、です」

わたしが会場の脇から黒髪マッシュのキノコを連れてくると、講演を聴く女子学生たちが急に歓声をあげた。

「このイケメンキノコは知能もある。体力もある。人間には従順。労働もこなせる。もし、このキノコを培養して増やすことができれば、日本の人材不足は一気に解決する。わたしはそう信じて研究を進め、ついにキノコを、日本中の企業に貸し出すことができました。人間には辛くて苦しい仕事も、キノコならできます。今度、わたしの父の工場にも、キノコが導入されます。その話を父にしたとき、『お前は親孝行をしてくれた』と涙を流しました」

 学生たちが一斉に割れんばかりの拍手をしてくれた。私は満足した。

 講演を終えて会場を去るとスマホが鳴った。第二秘書からの電話だった。

なんと、キノコたちが労働組合を結成したらしい。何を言っているか理解できない。

 YouTubeのアプリからテレビ局のニュースを見ると、画面の向こうでは、黒髪マッシュのスーツ姿のイケメンキノコたちが弁護士を引き連れて記者会見をしていた。

 画面の中央にいるキノコの首筋には「ハジメ」と刻印されている。わたしが朝霞台のアパートで出会ったキノコで今はわたしの第一秘書をしている。

 マイクを持ったハジメの目は熱を帯びていた。

「われわれは賃上げを求めています。そして、人権を求めています。われわれは、キノコです。ですが、人間と同じように話し、同じように服を着て、同じように働いています。人間との違いは、一日数時間菌床に座っていれば栄養が取れること、排泄しなくてもいいことぐらいです。

 ですが、僕たちの給料は時給120円です。イケメンキノコエージェントの、20人相部屋の寮から出ることができません。人間と同じ生活がしたいんです」

 ハジメの言葉に怒りがこみ上げた。私の会社の商材のくせに、主体性を持ったハジメ。わたしが何度も誘ったのに、一度もセックスしてくれないハジメ。クソ。



 武蔵小杉のタワマンに帰ると、ハジメを呼びつけた。すぐにハジメは駆けつけたが、ひどく疲れたような表情をしていた。

「なんで賃上げと人権を求めてくるのよ。人権のあるキノコなんて要らないわよ」

 わたしがソファーに座って問い詰めるとハジメは口を開いた。

「わたしたちはどれだけ働いても、誰にも認めてもらえないんです。どこの会社でも『キノコのくせに』って陰口を叩かれています。そして、社長。あなたにも、人間として認められない」

 ハジメはわたしのカラダに抱きついた。

「あんたを人間として認めてやりたかったわよ。正直ね、あんた以外のキノコはどうでもいいの。わたしね、あんたとの子が欲しかった。人間と生殖できるように、わたし、50億も研究費つぎ込んだのよ。だけど、あの方法しか見つけられなかったの」

 キノコと人間との間に子どもができないことなんて、当たり前だ。だが、わたしはその法則を打ち破る、唯一の方法を見つけていた。だが、それをすれば、ハジメは……。

「社長、やっぱりあれをするしかないんですか」

「そうよ。覚悟はいい? あと、これからは、下の名前で呼んで」

 わたしはベッドの脇の小箱から注射器を取り出して、ハジメの腕に打った。ハジメのカラダはみるみるうちに黒褐色になっていった。

「……愛しているよ。ユウ」

 ハジメはわたしの身体を抱いた。最初に出会ったときのように。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 翌朝、ベッドで目を覚ます。カーテンの隙間から朝日が差し込み、ハジメの体は溶け崩れていた。ヒトヨタケ。成長すると一晩で溶けるキノコ。ハジメに生殖機能をつけるにはヒトヨタケの成分を打ち込む。それが50億円を使ってたどり着いた解だった。

 けどいいの。わたしのお腹には、もうハジメがいる……。

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