一番幸せなの 誰?

「ああそう。つまらない話をありがとな。だが、随分と楽しそうじゃないか。俺に殺されるのに」

「馬鹿勇者にはウッカリ言い忘れたが俺はずっと死にたかった。千年も魔王やってんだ、もういいだろう? 死ぬなら俺より強い者との戦いを。俺より格上の者からとどめを。ずっと夢見てきた」


 子供のように笑う魔王をエルベは真剣な面持ちで見つめる。そんなことをしてまで己に会いに来た魔王に、不思議と憎しみや怒りはない。きっと、何もかも解放されて会いたい人に会える喜びを知っているからだ。

 お疲れさん、と言って光魔法を爆発させた。魔王は悲鳴をあげることなく安らかな顔で目を閉じる。弱点である光魔法により、魔王の魂は完全に消滅した。

 騎士団は魔王復活阻止を喜び、ユースティが死んでいた事を悲しんだ。新たな英雄として国に帰ろうと取り囲む騎士団に丁寧に断りを入れる。


「国を象徴するのはサラたち王族の仕事だ。俺は俺のやるべきことをやる。国の活性には絶対に必要なんだよ、この計画は」


 お前らもやるか? と鍬を指差して言えば騎士たちは皆苦笑しながら城に戻りますと言って帰って行った。それをエルベは見つめる。今の出来事は報告されるだろう。だがたった一つ、おかしな事が起きているというのに騎士団は誰も疑問に思っていないようだ。


「何でこう、騎士団って頭が悪い奴ばっかなのかな。やっぱり勉強は大事だ、教師は優秀なのを選ばないとな」


 魔王は言ったではないか。、と。エルベが城を出た後で体を貰ったと言っていた。そのタイミングを考えればユースティがどんな望みを持っていてどんな願いの叶え方をしたのか。答えは一つしかない。


「……。ま、俺にはどうでもいいか」


 教えてやる義理などない。元々自分たちには信頼関係などなかったのだから。自嘲気味に口元を歪めると、エルベは家に戻った。


「おかえりエルにぃ!」

「ご飯できてるよ」


 迎えてくれる家族、村のみんな。ギスギスした雰囲気で他人を蹴落とすことしか考えない王都の人間関係が本当に嫌いだった。自分の居場所は、ここだ。


「美味そうな匂いだな、今日は何だ?」

「猪鍋だよ。あのね、姉ちゃんに手伝ってもらって、猪さばいたのボクなんだよ」

「すげえなタイバ、いつの間にかそんなこどまでできるようになっでたんだなあ!」

「えへへ」


 エルベの家からは笑い声が絶えない。会いたかった人たちと共に生きられることは何よりの幸せだ。


 王太子妃となったサラは無事出産を終えた。国民たちへの通達は十日後にしようと決まったところだ。産まれたのは男の子、国王も大臣たちも喜んだ。……女の子だったら、何を言われていたか。

 夫のカイラスだけは男でも女でも、可愛い我が子に違いないと笑顔で言ってくれていた。それだけが救いだ。王宮の中は想像していた以上に居心地が悪すぎる。派閥争いと古臭い考えが充満し、脳から腐ってしまいそうだ。王族ではあるが遠縁ということもあり、サラに対する評価はまだ低い。芋でも掘ってろ農民、と嘲笑される日々。

 そんな中で愛する人が自分に寄りそう考えでいてくれるのは本当に嬉しい。ずっと会いたかった大切な人。一方的に自分の気持ちを押し付けてくるだけだったあの男と大違いだ。


 半年前に復活した魔王に殺されたと聞いた。魔王はエルベが即座にトドメをさしたらしいが、あまり興味はない。ああそう、としか思わなかった。エルベとユースティ、この二人を比べると明らかにエルベの方が強いのだから当然の結果だ。戦いのときは常に周囲を警戒して真剣な顔をしていたエルベと違い、あの男はこちらをチラチラ見ながらニヤニヤと笑う。不愉快だったし気持ち悪かった。


「やめよう、あんな奴を思い出すと気分が悪い。もう死んだんだからどうでもいいわ」


 うえええ、と泣き始める我が子を抱き上げると、優しく子守唄を歌う。すぐに泣き止んだので、こつんとおでこをくっつけた。目を瞑り祈りの言葉を捧げる。愛する我が子がどうか末永く幸せでありますように、と加護の魔法をかけながらこの上ない幸せを噛み締める。


「産まれてきてくれてありがとう。嬉しいわ」




――ああ、俺もまた会えて嬉しいよサラ。今度は永遠に俺を愛してくれるもんな。



赤ん坊は笑う。ニヤニヤと。

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幸せなのだーれだ? aqri @rala37564

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