魔王が倒された時 誰も見てない

 エルベはようやく村に戻った。エルベと家族の再会は大いに盛り上がる。いつ帰るか手紙を送っていたので、親戚や近所の者ばかりか村中の人々みんなが出迎えてくれた。


「たでぇま! 父ちゃん、母ちゃん、ミネ、ビアル、タイバ! エルべが帰っだど!」


 普段きりっとした雰囲気のエルベも家族の前では訛りが出る。その表情は子供のようだ。


「おかえり! よぉやっだなあ!」

「生ぎで帰れねえかも、なんて手紙一つ寄越して戦いにいぎよっで! こっちが生きた心地しなかったよぉ! 」


 父親に抱きしめられ母親に泣かれ、弟妹が飛びついて来る。


「おかえりあんちゃん! 勇者様だ! オラ鼻が高え!」

「あたしも!」

「勇者はユースティだ、魔王との戦いで一人突っ込んでいって、いづの間にか倒しちまった」

「最後の戦い、見でねえの?」

「見逃したなあ! ウッカリだ! だから勇者はユースティだ、俺はお前らの兄ちゃんだよ」

「うん!」

「帰りがけに鹿を四匹狩ってきたけ、ごちそうじゃ!」

「やったあ! 母ちゃん、泣いでねえで掻っ捌くど! はよ鍋にして!」


 周囲の村にも通達がいき、道づくりに参加した者はエルベから給料が支払われるので皆生き生きと働いている。予定より早く道が完成しそうだ。指揮をとりながらも自ら鍬をふるう姿にどんどんエルベを慕う者が集まり始めた。



「ふう、やっと計算が終わった」


 雨が降って道が浸水しては意味がない。山から運んだ砂利を使って水がはける傾斜の計算を完成させた。


「早く学校を作らないと。算数ができれば計算ができる。そうしたら商人も呼んで子供たちがみんな商売の勉強をすれば……」

「楽しそうだなエルベ」


 懐かしい声。振り返ればそこにいたのはユースティだった。立派な装飾をつけて英雄の風貌となっている。


「ユースティ!? 久しぶりだな! どうした手紙もなく突然!」


 笑顔で駆け寄る。両手を広げながら駆け寄り、抱きつこうとした瞬間。ざしゅ、という音とともに剣が胸を貫いていた。


「がっ」


 血を吐く。……ユースティが。一線から退いたエルベは大剣を手放しても小型の両手剣は常に袖の下に隠していた。気でも狂ったか、と近くに待機していた騎士団が慌てて駆け寄って来る。


「何故、エルベ……」

「お前がユースティじゃないのは気配でわかる。寒い演技をやめろ、反吐が出る」


 ぱちん、とエルベが指を鳴らすとおよそ二十回、結界を破壊する術と光魔法が発動された。それらすべて叩きつけられたユースティの姿は別人だった。その姿を見た騎士団に緊張が走った。かつて戦いに参加していたからわかる。


「魔王!? 何故!」


 全員剣を抜くがエルベが手で止めた。


「もう長くない。俺の光魔法を全身に打ち込んだ、脳にもな。あと一撃で終わりだ」


 ほっと胸をなでおろした騎士団を魔王は楽しそうに笑って見ている。


「く、くく。長く一緒にいる奴等より、秒で会ったお前に見抜かれるとは。せっかく感動の再会だったのになあ。動きがまったく見えなかったよ、本気で殺すつもりで近寄ったのにな。気配も隠していたのに何故わかった」


「誰にも言った事がないけど、俺は魔の気配がわかるんだよ。じゃなきゃ広範囲魔法なんてバカスカ使えないだろう」

「確かに。コイツの記憶にそんな事言われた事はなかった」


 その言葉にエルベは目を細める。つまり、化けていたのではなく体はユースティのものなのだ。肉体が完全に滅び、今いるのは魂だけの姿。


「自分の手の内をすべて話す馬鹿がいるか。仲間や家族も例外はない。それにユースティの事はちょびっと嫌いだったからな、実力やサラのことで。死んでも言うかって思った」

「なるほどなあ? どこまでも報われない奴だな、ユースティは」


 ニヤニヤ笑う魔王、だが確実に魔法が効いている。ぜえぜえと苦しそうで大量の汗をかいている。


「いつから乗っ取っていた。最終戦の時? いや違うな、戦いの後もずっとユースティからは魔の気配がしなかった」

「お前が城を出た後に決まってるだろう。ばれたら元も子もない」


 魔王が警戒していたのはユースティではなくエルベだった。ユースティが一人でつっこんできたとき何故こんなのが勇者ぶっているのかと不思議だった。最大限に警戒すべきは、高位クラスの魔族を一瞬で消してしまう遠距離光魔法を操るエルベ。

 最終戦、そう伝えたのだ、ユースティに。すると彼は剣をぴたりと止めた。そして今にも泣きそうな顔で笑ったのだ。


「知ってるよ。本当の英雄はあいつだって。頭の出来も魔法も剣の腕も俺より上。いつも十歩先を見据えて行動している。周囲に慕われるのはいつもあいつだ」

「だからアレを遠ざけて自分が常に中心に? はは、愚かの極みだ、人間は面白いなあ」

「あいつがサラを好きなのはわかってたから、サラと思いあってることだけが救いだった。けど、寝言で他の男の名前を呼んで助けを求めてやがる! 俺から守ってくれって! 相手は王子だ、敵うわけない! 何なんだよ!!」


 急にちっぽけな存在に見える勇者に、魔王はニヤリと笑った。


「お前の望みを叶える手助けをしてやろう。俺の首をはねろ」

「は?」 

「俺は死者の魂を他の肉体に宿すことができる。そうやって生き延びてきたからな。お前の望みが叶う時肉体をもらおう。エルベを殺すにはお前の肉体が必要だ」


 その言葉にユースティは戸惑ったように沈黙する。だが、迷っているのは見てとれた。いや、迷っているというよりもう結論が出ているのだろう。あとは背中を押してやるだけだ。


「お前は英雄になれて嫌いなエルベも死んで好きな女と一緒にいられて幸せ。どうだ?」


 だから、魔族との契約を。血と魂の盟約を。

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