サンタさんの贈り物

水瀬白龍

どうして僕は眠らないの?

 僕は眠らない。先生のつまらない授業を聞くと、僕の友達は皆「眠かった!」と口をそろえて言うけれど、僕は眠気など感じたこともない。

 眠らない僕は夜も長い。皆は星が瞬く頃には眠りにつくそうだ。しかし僕は、眠らない。眠くなることもない。ほぼ毎日お母さんとお父さんと夜更かしをして、二人が寝に行くと僕は一人で夜空を見上げて遊んだ。おかげで、僕はたくさん星座を知っている。学校の理科で習った星座を見つけて心を躍らせることもしばしばあった。さらには自分で星座を作ることもあった。けれど、そのような星座は大抵朝には消えて、次の夜にはどれが自分で作った星座なのか分からなくなった。

 曇り空の時は、一人で絵を描いて遊んだ。学校の図工の授業では、描くものが初めから決められていてつまらないけれど、夜には僕が好きなものを描くことが出来るのだ。雨に打たれる猫を助けるヒーローだってかける。でもそんな猫を書くのは少し悲しかった。だから次に火を噴くかっこいいドラゴンを描いた。ドラゴンは強い。だから弱い人のことも守れるんだ。でも火を描いたところで、このドラゴンの人を守る手段というものが、他者への攻撃だと気がついてしまい、途端に描く気が失せた。何を書けばいいのか分からなくなったから、適当に紙を黒く塗りつぶしたら、それはなんだか怖かった。だから僕の部屋には、何も描かれていない白い紙が額縁にいれられて飾られている。何も描かないから、僕はまた曇り空を見上げるのだ。

 眠らない僕は学校が好きだ。つまらない授業は結構多いけれど、好きな先生に会えるのは楽しい。また、友達とたくさんお話して、たくさん笑うのも楽しくて仕方がない。

「宿題が終わらなくて徹夜したんだ! まぁ、殆どはゲームをして遊んでいたんだけれど」という友達に対して、「僕は毎日徹夜さ」と言えば、友達はみんな笑ってくれた。そりゃあそうだよな、お前はなーと口々に言われて、眠らない僕は優越感を抱く。


 ある日、友人の一人が言った。

「そういえば、もうすぐクリスマスだな」

 もう一人の友人が言う。

「サンタさん、今年はなにくれるかなー」

 別の友人がけらけらと笑った。

「ばっかじゃねぇの。お前五年生にもなって、まだサンタさんのこと信じてるのかよ!」

「え、俺んちは毎年サンタさんが来るぞ!」

「お前こそ何言ってんだよ、サンタってのは大人の嘘だって、知らないのかよ。プレゼント送ってんのは母さんと父さんなんだぜ!」

「えっ」

「ガキだなー、お前は!」

 はははと、友達が笑う。僕もとりあえず笑っておいた。

 数日後、僕はクリスマスイブを迎えた。お母さんとお父さんがクリスマスケーキを買ってきてくれた。美味しかった。僕はお母さんとお父さんが大好きだ。二人はいつだって優しい。三人でクリスマスソングを歌った。とても楽しかった。お父さんが音痴でお母さんと僕は笑った。僕のお父さんも怒りながら笑った。そしてあっという間に二人が寝る時間になった。

「おやすみ」と僕は二人に言う。お母さんもお父さんも僕が眠らないことを知っているけれど、二人も僕に「おやすみ」と返した。

 そういえばサンタさんは僕の所に来るのだろうか。でも、サンタさんはちゃんと寝る良い子の所に来るんだった。じゃあ、僕の所には来ないのかな。でも、僕は眠らないのだから、そんな僕を「夜に眠らない悪い子」だなんて思わないだろう。良い子の元にサンタさんは来てくれる。だからきっと、サンタさんは今夜僕のところに来てくれるだろう。

 そういえば、サンタさんは僕の両親なのかな? 学校の友達の言葉を思い出す。少し前に誰かがそんなことを言っていたのだ。でも僕はどうせ眠らない。だから、わくわく期待しながら僕はサンタさんを待つことにした。部屋で一人、夜空の星を窓から見上げる。今日はどんな星座を作ろうか。どうせならクリスマスに関する何かがいい。ほら、あれなんてクリスマスツリーだ。それならあっちは、クリスマスケーキ。今日食べたケーキにそっくりだ。蝋燭の炎が、星の輝きそのものだ。僕はそうやって一人、クリスマスイブを過ごす。しかし、すぐに一人ではなくなった。

「メリークリスマス」

 後ろを振り返ると、そこには当たり前のようにサンタさんが立っていた。だから僕も「メリークリスマス」と返す。

「今日はクリスマスイブだから君に会いに来たよ」

 サンタさんはそう言った。

「僕の友達が、サンタさんなんて大人の嘘だと言っていたよ」

 僕が言うと、サンタさんは笑った。

「まさか、信じたんじゃああるまいね?」

「どうだろう、よく分からないよ」

「去年も私は君に会いに来たというのに。よく分からないとは悲しいものだ」

 悲しくなさそうにサンタさんは言った。

「去年?」

 僕は首を傾げる。

「去年、僕に会いに来てくれたっけ?」

「そうさ、覚えていないのかい?」

「うーん、覚えていないな。ごめんね、サンタさん」

「謝ることはないさ。そんなことよりクリスマスプレゼントだ。何か欲しい物はあるかい?」

 両手を広げて、サンタさんは尋ねる。僕はまた首を傾げた。

「欲しい物?」

「そうさ、なんだっていい。実体があるものでも、ないものでも。私はサンタさんだからね、なんだって君にあげよう」

 そう言われると、何が欲しかったっけ、と悩んでしまう。首をひねってうーんと僕は唸る。サンタさんは楽しそうに僕の返事を待っていた。暫くして「じゃあ」と僕は口を開いた。

「僕はどうして眠らないの?」

 すると、サンタさんは不思議そうな顔をした。

「クリスマスプレゼントにこの答えをください、サンタさん。お母さんもお父さんも、友達の皆も、僕と違って眠るんだ。でも僕は眠らないんだ。どうして? どうして僕は眠らないの?」

「ほうほうほう」

 どこか聞き覚えがある笑い方でサンタさんは笑った。

「なんだなんだ、そんなことかい」

「うん、どうして?」

 また僕が尋ねると、サンタさんはまた笑った。

「それはね、君は自分で起きていると勘違いしているだけで、君はずっと眠っているからさ」

「え?」

 サンタさんは楽しそうに続ける。

「ほら、既に眠っているのに、その上さらに眠ることなんてできないだろう?」

「待って、待って、サンタさん。僕はずっと起きているんじゃなくて、ずっと寝ているって事?」

「そうさ、今この瞬間もね」

「じゃあ、全部、これも全部夢って事なの?」

「そうさ、全部夢だ。君の望んだ通り」

「え?」

 サンタさんは言った。

「君は去年、私に願った。学校ではいじめられ、家に帰れば親に虐待される。君はそんな現実に絶望して、幸せな夢の世界に僕を連れて行ってくれと私に助けを求めただろう? 私はその君の願いを叶えた。だから君はもう一年間も眠り続けている。君はずっと、あのクリスマスイブから夢の中にいるんだよ」

 どういうこと? 僕はサンタさんが何を言っているのか理解できなかった。

 僕はずっと眠っている? 学校でいじめられていた? 親に虐待されていた? サンタさんに助けを求めた?

「さて」とサンタさんは言う。

「今年は大サービスだ。もう一つだけ君の願いを叶えてあげてもいい。なんたって、今日はクリスマスイブだからね。さぁ、一年間親に愛され、学校で友人達と穏やかな日々を過ごした君はどうしたいかね? 現実に戻りたいかね? このまま幸せな夢を見続けて、死ぬまで眠り続けるかい。そのつもりなら、この夜の記憶は去年みたいに消してあげよう。ほら、知らない方が幸せだろう?」

 サンタさんはそう言った。僕が目を開いて固まっている一方で、サンタさんは笑って立っていた。僕は何かを言おうとしたが、何も答えることが出来なかった。


(終)

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サンタさんの贈り物 水瀬白龍 @mizusehakuryuu

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