呪いのコピー機

秋犬

呪いのコピー機

 畜生やってられっかってんだ、と自販機のボタンを押す。出てきた缶コーヒーの蓋を開けてぐいっと飲むと、ブラックの苦みがムシャクシャした身体に染み渡る。


 休憩室でふてくされていると、誰か来る気配がした。足音に気がつかないふりをしていると、背中を思い切り叩かれた。


「はやく戻ってきてくださいよ」

「失踪中だ。俺はここにいない」


 俺に声をかけたのは、後輩の和田だった。


「まあ、ムカつくのはわかります。俺もムカついてます」


 和田は納期直前の突然の仕様変更にふてくされた俺を宥めに来たらしかった。


「営業なんて滅びればいいんだ」


 俺はせっかくなので目の前の自販機にICカードをかざす。和田は「あざっす」と言いながらしるこ缶を購入する。


「この状況でよくそんなの飲めるな」

「やけくそですよ、ヤケクソ」


 和田はしるこ缶の蓋を開ける。


「それよりクソ無能営業も諸悪の根源なんですけど、カス無能総務の噂聞きました?」

「アホ総務も何かやらかしたのか?」

「まだ噂なんですけど……この前メンテケチってコピー機ぶっ壊れたじゃないですか。それでまた格安で中古のコピー機をどっかで買ったみたいなんですけど、それが曰く付きらしくて」


 曰く付き? そんな学校の怪談じゃあるまいし。


「業者の話だと、コピー機が前あったイベント会社もブラック・オブザイヤーみたいな感じで相当ひどい環境だったらしくて、過労死出しちゃったんですよ。それで裁判で負けて、会社なくなって備品も何も全部売り払ったみたいな、そんな話です」

「なんだよ、気持ち悪いな」

「それでそのコピー機なんですけど……過労死した社員が最後に使ってた奴らしくて」

「は?」

「翌日までに大量の資料を刷らなきゃいけなくて、会社のコピー機フル稼働してたらしくて。そんでコピー機の蓋を開けて資料を交換するときにふらっときてバタン、キューと。次の日に別の社員が出社して、ガーガー動くコピー機と、そいつの死に顔が印刷された大量のコピー用紙が溢れていたとかいないとか」

「なんでそんなのが中古で出回るんだよ、廃棄しろよ廃棄」


 俺の突っ込みに和田も笑った。


「設置しに来た業者が楽しそうに話してたんです。第一、そんなの客には隠しとけって話じゃないですか?」


 ただの与太話らしいということで俺も和田も笑った。よくある怪談だが、ムシャクシャしていたので軽い気分転換にはなった。


「そうだな。どれ、戻るか」


 ふてくされてばかりもいられないので、俺は立ち上がろうとした。


「待ってください。実はこの話ちょっと続きあるんです」


 和田は俺を引き留める。


「あまりにも嘘くさいのにそんな話をわざわざするか? って思って俺もソース漁ってみたんですよ。そしたら、マジで最近過労死原因でイベント会社が潰されてたんです。小さいところですけどね」


 そういえば、こいつの趣味は裁判傍聴だった。


「じゃあマジの話ってことか?」

「死に顔プリントについては流石に業者のおっちゃんの与太話だと思ったんですけど、資料作成中に死んだのは本当らしくて。もちろんうちのコピー機の件とその倒産した会社が同じだとしたら、の話なんですけど」


 和田はしるこを飲み干す。


「残業時間は月に100時間超、ついでに成果を出せないと数時間説教。しかも説教は休憩時間に当てられていて、そこが裁判でかなり問題にされたみたいですよ」


 和田の声は先ほどより淡々としていた。俺の背筋も凍るようだった。


「何だよそれ、本当に存在した会社なのか?」

「残念ながら裁判の資料にはそれしかなかったですね。争点は被害者が過労死か否かしかないので……一体その死んだ奴、どんな気持ちで死んだんですかね」


 和田は肩をすくめる。急に与太話の面白死に様エピソードが、明日自分にも降りかかってくる気がした。考えることすらできずに働き続け、死んでもおそらく特に報われず業者の与太話にされるそいつに少し同情した。


「ま、せいぜい生き残るか」

「そうですね」


 和田は立ち上がり、しるこ缶をゴミ箱に投げ捨てる。


「とりあえずその中古のコピー機はすぐぶっ壊れるだろうな」

「むしろ積極的にぶっ壊しましょう」

「ホッカイロでも貼り付けておくか」


 それから俺は仕事場へ戻ると、チーム全員で「流石に納期直前のこの時期に仕様変更はできない」という結論をだした。死ぬ気で働けば可能かもしれないが、あいにく俺はまだ死にたくない。案件の担当営業は泣きながら「でも出来るって言っちゃいました!」と話にならなかったので、後日チームの代表と営業部長が先方に菓子折を持っていくことでこの件は終わった。


 そして、例のコピー機は何もしなくてもすぐに壊れて「安物買いの銭失い」と総務も散々叩かれた。泣きわめいていた営業は配置転換といって総務に飛ばされた。和田は業務中も転職サイトの閲覧に余念がない。


 俺も死に顔プリントする前にいい加減どうにかしないといけないのかもしれない。

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