第27話 告白

 日曜日のスーパーは多くの買い物客で賑わっていた。

 混雑する店内を他のお客さんの買い物かごやカートにぶつからないように注意しながら、スーパーの奥にある牛乳売り場を目指し進んでいく。


 牛乳売り場は特売の牛乳に主婦たちが群がっていた。

 ラグビー日本代表のスクラムのごとき厚い壁の中に半身をねじ込み、目的のバターを一瞬値段が意外と高いと思いながらも買い物かごに入れた。


 ふう~、と一息つきながら手元の買い物リストを見てみる。あと必要なのは、小麦粉、卵。次は小麦粉を買うことにして、売り場を探した。


 昨日の晩、ホワイトデーにクッキーを作りたいと急に思い立ってスマホでレシピを調べてみた。

 混ぜて焼くだけという簡単なレシピを見つけた僕は、材料を求めてスーパーにきていたが、意外に高そうな材料費に市販品の方が安いと早くも後悔していた。


 まあ、手作りって言うのが大事だからと自分に言い聞かせながら、卵や小麦粉など入ったスーパーの袋をぶら下げながら自宅へと戻った。


 レシピ通りバターと砂糖と卵を混ぜ合わせて、次に小麦粉を混ぜようとボウルを手にしたとき、遥斗がキッチンに入ってきた。


「何作ってるの?」

「クッキー、明日ホワイトデーだから友達にあげようと思って」

「あっ、小麦粉入れたらそんなに激しく混ぜちゃダメ!切るように混ぜないと」


 遥斗が僕からゴムベラを受け取ると、上下に動かして小麦粉を混ぜ始めた。


「こんなもんかな」

「こんな感じでいいの?あまり混じってない気がするけど」

「混ぜすぎるとグルテンが出て、サクッとならないんだよ。あとはラップで包んで冷蔵庫に寝かせるよ。バターが溶けちゃう前にやらないといけないから手早くね」


 遥斗にいわれるがままに手を動かし冷蔵庫に生地を入れたところで、遥斗に視線を向けるとニタニタと笑みを浮かべていた。


「珍しいね、光貴がお菓子作りなんて」

「まあ、たまにはね。クッキー手作りしてみんなに配るって、女子っぽいかなと思って」

「お菓子作りイコール女子って公式には同意しないけど、まあ大事な人ができると自分が作ったものを食べさせたくなるよね」


 面白そうに揶揄ってくる遥斗は、クッキーを偽装彼女の紗耶香にあげると思い込んでいるようだ。


◇ ◇ ◇


 いつものように5人で囲む昼ご飯。友加里のボケに、隼人がツッコミ、みんなで笑ういつもの光景もあとわずかだと思うと、名残惜しく感じる。

 友加里がお弁当を食べ終わりまだ物足りなさそうな表情をしているのを見て、僕はカバンから昨日焼いてきたクッキーを4人に配り始めた。


「はい、これ。昨日頑張って作ってみたから、良かったら食べて」

「美味しそう。ありがとう」

「美味しそうじゃなくて、美味しいよ。バターの風味がいいね」


 僕から受け取るなり、すぐに袋を開けてクッキーを口に入れた友加里が味の感想を述べていた。


「あっ、メッセージカードも入っている」


 紗耶香がクッキーに添えたメッセージカードを読み始めた。クラス替えで来年からはクラスが別れてしまう3人に向けて、「今までありがとう」「クラスが違っても遊びに行こうね」などと当たり障りのない言葉を添えた。

 メッセージカードを見た隼人が一瞬僕と視線を合わせた。

 返事の代わりに僕は無言のまま頷いた。


◇ ◇ ◇ 


 放課後、中庭を訪れると昼休みほどではないが数名の生徒がいた。

 しかし、友達同士のおしゃべりに夢中になっていたり、吹奏楽部の生徒がフルートを吹いていたりと、それぞれ自分の世界に没頭しているようなので、僕たちの会話を聞かれる心配はないようだ。


 僕がベンチに腰かけながら自販機で買ったココアを飲んでいると、隼人の姿が見えた。


「話があるって、何?」


 隼人は昼休み配ったクッキーに添えたメッセージカードを僕に向けてちらつかせている。

 そこには、「放課後、話があるから中庭にきて」と書いている。


「まあ、座って。隼人も飲む?」

「ありがとう」


 僕は半分残ったまだほのかに温かいココアを隼人に渡し、隼人はカップに口を付けた。


「隼人、ごめん。嘘をついていた」

「嘘って何?」


 つぶらな瞳で僕を見つめる隼人に、紗耶香との偽装恋愛について話した。紗耶香の同性愛については言いふらすこともないかなと思って、今は彼氏を作りたくないということにしておいた。これぐらいは、嘘も方便で許されるだろう。


「正直に話してくれてありがとう。話ってそのことだったの?」

「いや、まだ続きがある。本田先生、今度結婚するだろ、それで私も考えてみた」

「考えたって、何を」

「何が幸せ何なのかについてだよ」

「光貴にしては難しいこと考えるね」


 珍しく真剣な表情で話す僕の圧力に耐えかねたのか、隼人はおどけた感じで茶化してきた。それでも、僕は言葉を続ける。


「それでさ、一緒に居たい人と一緒にいるのが一番幸せって気づいた」

「うん……、そうだね」

「それでだ、私の一緒に居たい人は、隼人、お前だ」


 隼人が嬉しそうな笑みを浮かべながらも、僕の告白にどう答えたら良いか分からないようで沈黙した。数秒間、僕にとっては永遠のように長く感じた間をとったあと、口を開き始めた。


「光貴、ありがとう、それじゃ、私と付き合ってくれるの?」

「うん」


 満面の笑みを浮かべた隼人が抱き着いて来ようとする時、中庭に大きな声が響き渡った。


「ちょっと待った!」


 声がする方を振り向くと、部活を抜け出したきたのかジャージを着た紗耶香が立っていた。


「隼人、私と付き合ってよ」


 僕と隼人、そして中庭に数名いた生徒が紗耶香を見つめているが、それを気にすることもなく紗耶香は僕たちの方へと近づいてくる。


「紗耶香、どうしてここに?」

「昼休み、光貴と隼人が目くばせしていたから怪しいと思って、お腹痛いって部活抜けてきてみたの。隼人、私と付き合ってよ。光貴と違って、心も女の子の隼人なら私でも愛せる」

「えっ!?」


 紗耶香の告白に驚いた隼人は握っていた僕の手を放して、紗耶香の方を見向いた。


「私となら、結婚もできるし、子供もできるよ」

「確かにそうだね。それもいいかも」


 紗耶香の誘い文句に関心を示した隼人が頷いた。


「隼人、私のこと好きじゃなかったの?」

「好きだけど、やっぱり結婚もしたいし子供も欲しいし、どうしよう、悩んじゃう」

「迷うならとりあえず付き合ってみようよ。お試しキャンペーンで1カ月以内の退会なら無料だよ」

「じゃ、それなら」


 CMのような誘い文句に、隼人が惹かれ始めている。

 ふと、視線を感じて振り向くと、渡り廊下にクスクスと笑っている遥斗の姿が見えた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男の娘は作られる 葉っぱふみフミ @humihumi1234

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ