第26話 本田先生の結婚

 賑やかな教室も本田先生が朝のホームルームのために教室に入ってくると、先生から何も言われずとも皆おしゃべりを止めて各自の席に戻り静かに着席する。

 先生が担任になって1年弱、一度も声を荒げて怒られたことはないが先生の凛とした姿から漂う雰囲気が教室の秩序を保っている。


 ピンクのプリーツスカートを優雅に揺らして教壇にあがると出欠を取り始めた。

 出席簿に出欠に記録して連絡事項をいくつか述べた後、先生は「最後に」と言って改まって背筋を伸ばした。

 表情はいつもの笑顔は消え、幾分か緊張している。


「私事で申し訳ないですけど、先生結婚しました。結婚したからと言って仕事はやめないし何も変わらないけど、一応のご報告です」


 先生が言い終わると、教室のあちらこちらから「おめでとうございます」の祝福の声と拍手の音が鳴り響いた。


「ありがとう。今日から3月ということで、このクラスもあと1か月です。気を引き締めていきましょう」


 1時間目の授業開始が近づいていることもあり、先生は淡々とホームルームを締めくくって教室を出て行った。


「先生、結婚式するのかな?」

「先生、ウェディングドレス似合いそう」


 先生が出ていったあと、教室の中は先生の結婚の話題でもちきりだった。

 そんな中、友加里が自慢げな顔で先日カフェで先生の結婚相手と会った話を始めた。


「私、先生の結婚相手と会ったことあるよ」

「え~、どんな人だった?」

「小柄でかわいらしい人だったよ。その人も、ここの卒業生だって」


 デリカシーのない友加里でも、男性だけど結婚するために性別変更してという繊細な話は口にするのはまずいと思ったようで、その件には触れていない。

 まだまだ話は尽きない感じだったが、1時間目の古文の先生が教室に入ってきたところで、話は打ち切りとなった。


◇ ◇ ◇


 昼休み、お弁当を食べながら話す話題はどのグループも、本田先生の結婚の話題一色だった。

 僕らのグループも友加里が大きなハンバーグをほおばりながら、本田先生のことについて話していた。


「でも、すごいよね。高校時代から付き合っていた人と結婚するなんて」

「結婚か、いいな~。私もできるかな?」


 隼人がミニトマトを箸で持ち上げながら、寂しそうにつぶやいた。


「そうそう、私もできるか不安」

「紗耶香、そういうのは彼氏の前で言わないの」


 僕と偽装交際している設定を忘れた発言に、友加里が突っ込む。とはいえ、男性を愛せない紗耶香にとっては、恋愛、結婚というのは気にかかるワードなんだろう。


「決めた、やっぱり私高校卒業したら手術受けて女の子になる」


 ミニトマトを食べ終えた隼人が覚悟を決めた表情で言った言葉に、僕たちは一斉に隼人の方に見向いた。

 悠ちゃんは子供をあやすかのように優しくゆっくりと話しかけた。


「そんなに焦って決めなくてもいいんじゃない?」

「だって、女の子にならないと結婚できないでしょ」

「『結婚』っていう枠組みにこだわらなくてもいいと思うよ。一緒に寄り添いたい人と一緒に居れたら、籍を入れる入れないなんて関係ないと思うよ」


 友加里が珍しく的確なアドバイスをしている。


「でも、『結婚』っていう法的制度がないと家族として見なされないから、手術の同意書とか遺産相続の時に困るでしょ。それに、法的な縛りがないと浮気して別れるのも簡単だから、なにかと不便で不安なの」

「紗耶香、詳しいね」


 紗耶香も高校生ながら将来のことを考えて、いろいろ調べてあるようだ。

 隼人は言いたいことを言ってもらったと頷き、僕は迫力に圧倒されお弁当を食べる箸を止めて紗耶香の言葉を聞き入っていた。


◇ ◇ ◇


 学校からの帰り道、まだ日は沈み切っておらずほんのり明るく、ときおり吹く風も真冬ほど寒くはない。

 春が近づいていることを考えながら、遥斗と一緒に駅から自宅までの帰り道を歩いていた。


「どうした光貴、何にも話さないけど学校で何かイヤなことでもあった?」

「いや、ちょっと考え事してただけ。お姉ちゃんは結婚って考えたことある?」

「結婚か~、結婚はしたいと思うけど、まだ具体的には考えたことないな。まあ、いつか自分のことを理解してくれる人と一緒になれたらいいなと思うけど」

「そうだねよね、スカート履きたい男子なんて理解してくれる人少なそう」


 白石高校の生徒は男だけどスカートを履きたいという僕らへの理解は高いが、卒業した後まだまだ認知度が低いこの社会では、受け入れてくれる人を見つけるのは難しいことは想像できる。


 トリートメントした髪を濡れタオルで蒸らしながら、湯船につかる。心地よいお湯が体を癒してくれる。

 週に2回のトリートメント、やり始めたときは面倒と思ったが慣れてくると良いリラックスタイムと思えるようになってきた。


「結婚か~」


 思わずつぶやいたひとりごとが、浴室内に響き渡る。

 普通に女性と結婚して子供ができて家族仲良く暮らす将来像を漠然と描いていたが、改めて考えてみるとそれだけが正解ではないことに気付く。


 紗耶香や隼人のように結婚そのものが難しいこともあれば、子供が産まれるかどうかも不確定要素が多い。

 幸せってなんだろうと考えていたら、のぼせてきたので湯船から上がりトリートメントを洗いながしお風呂から上がった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る