③トラックにはねられない

「おとなしく撥ねられて、異世界に行きさらせや、ゴラァァアっ!」


「ぜっったい、撥ねられるかぁああっ!!!」



 とある都心の交差点。


 トラック運転席の窓から頭を突き出して、〝相変わらず〟の流暢な関西弁トーンの罵声をこちらに浴びせてくる、黒目灰色宇宙人、グレイ。

 歯を食いしばりながらアクセルを踏み込み、ハンドルを持つ手に力が入る。なんでか知らないが頭にねじり鉢巻きをしている。


 そして、撥ねられまいとトラック前面を押さえながら踏ん張る俺。

 激しく回転しながらアスファルトとの摩擦で焼けるタイヤ。ゴムの臭いと煙がキュルキュルと背筋を撫でる様な甲高い音と共に、辺りに広がっていく。





→┏━━∠円┓

→┗○━━○┛ブゥーン





『異世界トラッカー』なるエイリアンが宇宙からやって来て五年。

 奴らは毎日世界中の道路を走り回りながら、地球人を異世界まで撥ね飛ばしまくっている。


 あらゆる物理的法則を無視して、ついでに各国の道交法にも反して、突如前後関係なく道路に出没し、通行人を撥ね飛ばす。無論大型免許も取得していない。



 奴らの目的は俺たちの滅亡じゃない。


 難しいことはよくわからないが……多元宇宙を双方向につなぐゲートを作り出すのに宇宙における地球の座標が適していて、且つ地球の人間はエネルギー質量的に次元壁を打ち破る格好の素体だからと、グレイみたいな宇宙人がアメリカのニュース番組で何故か流暢な関西弁で宣っていた。


 全世界生中継インタビューは俺もリアルタイムで見た。大きな黒目に皮膚はマジでグレーで真っ裸で、顔つきは常にヘラヘラとしたイラっとくる半笑いだった。


 トラックは何故か地球の物。それも日本製で4トン車に限るらしい。


 撥ねられた人間が異世界から運良く帰ってくると奴らに捕獲されて、今度は最悪に運悪く、各国首都の上空に浮かぶ奴らの母船に連れていかれる。次元渡航の被検体として調べられるために。本当に帰ってこれなくなる。



 しかし俺たちも撥ねられてばかりじゃない。


『洋服の緑川』がアメリカ航空宇宙局と共同開発した、一見ただのビジネススーツである対トラック強化外骨格エクソスケルトン『NoTAW』(ノーサンキューアナザーワールド)。4トントラック時速60kmまでの衝撃を吸収し、反発エネルギーへと転換する地球最後の希望。俺もやっと先日誂えてもらったばかり。


 俺はずっとずっと、奴らの理不尽に激しい憤りを感じていた。銀座老舗テーラーメイド店並みの代金を一旦は自腹で払い、後で役所へ国の補助金申請を提出する。そうしてこのNoTAWに身を包み、奴らに立ち向かう機会を狙っていたんだ。


 NoTAWを着た人間『ノタワー』は世界中の道路で、世界中の交差点で日夜、奴らと戦いを繰り広げている。


 そう。俺もまた会社と地球のために戦う戦士となったのだ──





→┏━━∠円┓

→┗○━━○┛ブゥーン





「ウヒへへへへへっ、おらおらっ、そろそろ終わりやなあ兄ちゃんよぉっ! この青空の向こうまでスカ―――ッと撥ね飛ばしたるさかいなあああっっ!」


 勝ち誇り歯をむき出して半笑いになるグレイ。どこで覚えやがったんだこの関西弁。

 踏ん張る両足が少しずつ横断歩道の白線に入って行く。


 くっ……

 ダメだ

 押されてるっ


 奴らはNoTAWを想定して、4トンボディに8トン7800ccのエンジンを積み込んできてやがる。噂には聞いていたけど奴らもバカじゃなかった。


 前面のグリルが俺の頬にまで押し付けられている。

 踏ん張りが利かない

 もう全身の限界がっ




 くそおっ、こ、これまでかっ


 父さん、母さん、ごめんよ。

 俺、みんなを守れなかった。

 もう異世界へ飛ぶしかっ────




「あきらめるなっ、青年!」


 ────えっ


 気が付けば、俺の右横にハゲ散らかしたスーツ姿の熟年が、一緒にトラックを押してくれている。こっちを向いて、ニッと漢の笑顔を見せた。


「オレもこう見えてっ『ノタワー』なんだよ。一緒に戦うぞっ」

「おっさん!」


 トラックの前進が和らぎ、俺は体勢を立て直すことができた。

 それでも7800ccは、やはり強いっ


「グェへへへへっ、そんなバーコードハゲの力を借りたってあかんでええっ」


 ハザードを点滅、ヘッドライトを激しくパッシングさせてくる。こちらの集中力を下げる気かっ。


「がんばって! あなた一人じゃないわ」

「君はっ」

「女だって『ノタワー』に成れるのよっ」


 俺の左横に肩までの黒髪がエレガントなOLが参入する。脱ぎ散らかしたヒールがアスファルトの上に転がっていた。


 トラックが少しずつ後退していってる。グレイから半笑いの笑顔が消えた。


「くっそこのアマぁっしょーもないジャマしとらんと、人気カフェの千円ランチにでも並んどけやっ!」

「うるさいっこの女性蔑視エイリアンがっ」



 街行く人たちが歩道際にどんどんと集まり野次馬と化した。スマホを出して俺たちを撮影し始めるやつもいる。まったくこんな時にっ


 しかし人間は、そんな対岸の火事をネタに生きているばかりじゃない。熱い声援がどんどん上がり広がっていく。


「がんばれ―――っ!」

「兄ちゃん、負けるなっ!」

「おっさんいいぞっ」

「お姉ちゃんカッコいいっ」

「グレイの野郎を跳ね返せぇっ!」



 みんなの力が集まって来る。そうだ。俺一人で戦っているんじゃない。

 力が両腕に溢れんばかりに宿るのを感じる。伴って俺の顔に余裕が現れるのがわかる。


 俺は両脇の二人に、腹の底に力を入れつつ声を掛けた。


「二人共、本当にありがとう。決着を付けてやろう。1、2の3で思いっきり押し込むぞ」

「わかった!」

「任せてっ!」


 ハゲ散らかした熟年とエレガントOLが、歯を食いしばりながらも笑顔で相槌を打つ。


「行くぞっ! 1……2の……っ」

「「「さんっ!!!」」」


 三人のあらんばかりの踏み込みと腕の力で、トラックの前面を突き押した。


「ち、地球人どもがあああああっっ!!!」


 グレイの絶叫と共に前部分が上へと跳ねあがる。その拍子に空転していた後輪の勢いで180度ひっくり返った。


 アスファルトに打ちつけた衝撃でぐしゃりと潰れる屋根部分。派手な音を立ててフロントガラスが周辺に飛び散った。



「やったあ!」

「いいぞおっ!」


 歩道際から湧きおこる大歓声。

 袖で額の汗を拭く俺。散らかったバーコードを直す熟年。髪を耳元でかき上げるOL。そして俺たちは笑顔で見合わせ、がっしりと右手を合わせた。


「見ろ、グレイがっ」


 野次馬の声を聞き潰れたトラックへ目をやると、グレイが這い出していた。

 仁王立ちでこちらを睨んでいる。


「われぇ~やってくれたのぉっ! おんどれの顔、よ―――覚えたからのお。次は覚悟しとけや。絶対異世界に飛ばしたるからなっ!」


 捨て台詞を吐きながら右腕に巻いたガジェットらしきもののボタンを押すと、グレイの身体は光の球に包まれ、空へと飛び去って行った。




 ひとまず、地球の平和は守られた。

 世界全体から見れば、些細な抵抗かもしれない。

 しかし俺たち『ノタワー』は、異世界になんか絶対に行かない。

 奴らが12トン車でやってこようとも決して撥ねられず、力を合わせて押しのけてやる。


 俺たちの戦いは、これからだっ



<おわり>


<そして異世界トラック三部作 おわり>



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異世界トラック三部作~はねさせ、はねて、はねられない 矢武三 @andenverden

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