後日談第4話 祝福を運ぶ風が吹く

 しばらく二人きりで会話を楽しみながら、食事を堪能する。

 場所柄か、話題はやはりハーブに関する事が、ほとんどを占めた。


 アンバーやインカローズの件は、きちんと決着が付くまでは不安にさせたくないので、黙っているつもりだ。

 何よりマルガリータ自身が、「もう関わりたくない」と言い切ったあの後、本当に気にしていない様子なので、何もせっかくのこの幸せな時間に、ねじ込む話題でもない。


 前回は食べる事の叶わなかったクッキーには、今回も同じくハーブが使われているらしい。

 ハーブティーにしたり、直接患部に貼付する事で効果を発揮するという事はわかっていたが、料理に利用するところまでは考えが及ばなかった。

 マルガリータによると、肉料理との相性が良いらしい。


 他にも、乾燥させて持ち歩いたり部屋に置くことで、キツすぎない程度に香るので、香水の代わりや防臭としても使えるという。

 ディアンでは思い付きもしなかった新たなハーブの可能性を、マルガリータは惜しみなく示してくれた。


 ハーブ研究に関する仕事をしている事や、最近忙しくなってしまった事を漏らそうものなら、嬉々として手伝うといってくれそうな雰囲気を察する。

 やはりこちらも落ち着くまでは、口をつぐんでおこうと、ディアンは心に決めた。

 マルガリータには穏やかな暮らしをしていて欲しいし、何の憂いもなく笑っていて欲しい。


「マリー、少し歩かないか?」


 昼食を終えてからも、しばらくマルガリータをただにこにこと眺めていたら、ディアンの視線がくすぐったいのか、そわそわとし始めた。

 ディアンにじっと見つめられて、照れるマルガリータも可愛い。

 だがあまり続けると、困った様な表情に切り替わってしまいそうだったので、頃合いを見計らって立ち上がり、そっと手を差し出す。


「喜んで」


 明らかにほっとした様子で、差し出された手を取って立ち上がるマルガリータは、本当にわかりやすい。

 いつまでも、このままでいて欲しい。

 そうしたら、ディアンは先回りして望む事をしてあげられるし、何よりその素直さを、可愛いと感じている。


 この場所で、庭師として会っていたのは、そう長い期間ではなかったけれど、この庭園の中にマルガリータが立っている事は、もう自然な事になっていて、心が安らぐ。


(マリーにとってのこの場所も、そうなっていてくれたら嬉しいのだが)


 ディアンとマルガリータを繋げてくれるのは、他人に理解されず、ただの雑草と侮られている、けれど実際には人の役に立つ様々な効能を秘めた存在である、ハーブの数々だ。

 それはどこか、ディアンの身の上と重なるような気がしていた。


 マルガリータが幼い頃からずっと、ハーブを愛し続けていてくれた事が嬉しかったのは、そんな思いもあったからかもしれない。

 愛おしそうにハーブを触ったりしながら、状態を確かめているマルガリータの向こう側に、一人の影が姿を現した。


 帽子を取って、ぺこりと頭を下げるその高齢の男性に一つ頷いて、近くに来るように視線で指示を出す。

 マルガリータを今日庭園に誘ったのは、もちろんこの間のデートをやり直したかったというのが一番の目的ではあるけれど、もう一つ大事な目的があった。


「どなたかいらっしゃったのですか?」

「あぁ。マリーに、紹介しておきたい人がいてね。呼んでおいたんだ」

「紹介したい方?」


 ディアンの様子に気付いたマルガリータが視線を上げたので、そっと腰に手を回して、くるりっとその身体を反転させる。

 ディアンを背にして、会わせたかった人物が、正面に来るように。


 ゆっくりと近付いてくるその人物の姿に、マルガリータの瞳が驚きで目一杯開かれた。

 そして次の瞬間には、とても嬉しそうな表情を作ったから、このサプライズはどうやら成功したらしい。


 先程ディアンを庭園に見つけた時のように、また駆け出して行ってしまいそうなマルガリータを止めるように、腰に回していた手に力を込める。

 手を離していなくて、本当に良かった。


(ようやく、マリーの勘違いを正せる時が来た)


 引き留められてしまったマルガリータは、首をディアンの方へ回し、そわそわと説明を求めるように見上げてくる。

 そんなマルガリータに笑みを返しながら、種明かしだ。


「この屋敷の、六人目の使用人だよ。庭師のテリーだ」

「お久しぶりでございます。お嬢様」

「テリー! 本当に? 貴方が、このお屋敷の使用人?」


 ディアンがマルガリータに紹介したのと同時に、テリーがマルガリータとディアンの前まで辿り着いて、頭を下げる。

 もうマルガリータが駆け出していく心配はなくなったので、腰から手を外して解放してやると、マルガリータは早速一歩踏み出してテリーとの距離を詰め、躊躇う事なくその手を取った。


 誰とでも分け隔てなく接することが出来るのは、マルガリータの美徳だ。

 けれど、出来ればそれを不安に感じるディアンの気持ちにも、気付いて欲しい所である。


(流石にテリーに嫉妬するのは、心が狭すぎるにも程があるか……)


 テリーはマルガリータの両親よりも年上で、マルガリータが生まれる前からオーゼンハイム伯爵家に仕えていたという、古参だ。

 そんな相手にまで嫉妬していたら、身が持たないし、あまりにも余裕がなさ過ぎる。


「お元気そうで、何よりでございます」

「テリーこそ! でも、本当にどうしてここに?」

「俺が頼んだんだ」

「どういう事情なのですか?」


 今、この屋敷で働いてくれているテリーは、元々はオーゼンハイム伯爵お抱えの、庭師だった。

 幼い頃のマルガリータと、オーゼンハイム伯爵家で逢瀬を重ねた庭の片隅。ハーブを集めた場所を、整えた人物である。


 ディアンはマルガリータの疑問に答えながら、そっとその手を取ってテリーから引き剥がすのも忘れない。

 マルガリータには気付かれなかったが、テリーにはディアンの行動に意味が伝わってしまった様で、微笑ましそうな穏やかな顔を向けられた。


 余裕のなさが露呈して、居たたまれない。

 だが、当のマルガリータにはバレていないようなので、良しとしておこう。

 ディアンを見上げて、こてんと首を傾げるマルガリータの頭を撫でる事で自身を落ち着かせ、説明を続ける。


「オーゼンハイム伯爵家から、無理矢理引き抜いたりはしていないから、そこは安心して」

「私も、もう歳ですからな。抱えて頂いても一日中作業する事が難しくなって来ておりましたので、お嬢様が入学されてすぐ、お暇乞いをさせて頂いたのです。お嬢様の大切な場所は、きちんと後任の者に託して来ましたから、どうぞご安心下さい」

「そうだったの……。あの場所が、とても綺麗な状態で保たれていたから、テリーはまだ健在だと思っていたのだけれど……身体は、大丈夫なのですか?」

「大丈夫ですよ。お抱えでという役目は果たせなくなりましたが、実はまだまだ元気は有り余っておりましてな。町で細々と仕事は続けておりました」

「テリーが、オーゼンハイム伯爵家で大切な思い出の場所を作った人物だという事は、マリーから聞いて知っていたからね。少しの時間で構わないから、ハーブ園の世話を手伝って貰えないかと思っていたんだ。そしたら、アルフの知り合いだとわかって、すぐに飛びついた」


 平民であるアルフは、町の自宅から毎朝屋敷に通っている。

 テリーはたまたま、その近所に居を構えていたというのだ。


 一度マルガリータとの婚約話を蹴られて以降、オーゼンハイム伯爵家とディアンの間では、直接的な連絡が途絶えていた。

 もちろん諦め切れていなかったディアンは、折を見てオーゼンハイム伯爵家の動きを調べてはいたが、何もかも追えるほどディアンに手札は多くない。

 そして何より、部外者に内情を追わせて貰えるほど、オーゼンハイム伯爵家は甘くなかった。


 テリーがオーゼンハイム伯爵家を辞して、その後も町で働いているのを知ったのはアルフ経由だったし、それは本当に偶然の産物の様なものだった。

 アルフとテリーが知り合いだったのは、とても幸運だったと言える。


「アルフ坊が、突然旦那様からの手紙を持ってきた時には、驚きましたよ」


 その頃、この屋敷に専属の庭師はいなかった。

 何より、大半はディアンが世話をするとは言え、一般的には雑草扱いされているハーブ園の管理を任せられるような人物を探すのは、困難だったからだ。


 中庭は管理しやすいように、最初から芝生だけにしておいたし、そうそう人の出入りが出来るわけでもない屋敷である。

 景観が気になり出す頃合いに、ある程度口の固い庭師を選んで整備を頼めば済むことだった。


 だが、研究も兼ねている大事なハーブ園に関しては、そうもいかない。

 テリーが体力の限界を感じて役目を辞したと聞いていたから、長く拘束するのは憚られた。

 だが「元気、有り余ってますよ」と、アルフが自信ありげに報告をくれたのをきっかけに、午前中はディアン自身が様子を見る時間もあった事だし、昼から夕方までの数時間ならばどうだろうかと、ダメ元でディアン自ら手紙をしたためたのだ。


 幼いマルガリータから、庭師テリーの人物像やその技術力については、話を沢山聞いていた。だから、信用に足る人物だということに疑いは微塵もない。

 本当はディアンの方から足を運びたかったのだが、今はかなり緩くなっている監視の目もあの頃はまだ厳しく、屋敷を抜け出すのは困難な状況だった。


「こちらの事情を察して、テリーの方から会いに来てくれて、そのままここで働く事を了承してくれてね。とても助かっている」


 実際、テリーが手伝ってくれるようになってから、ハーブ園の植物はかなり状態の良い物になった。

 それだけではなく、雑多に生えていたものを、種類別や成長速度等を勘案しながら移動させ、管理しやすく綺麗な見目に整えてもくれた。


 余裕のある時だけで構わないと言ってあるのにも関わらず、門から玄関にかけての中庭にある芝生も、いつも完璧な状態が維持されている。

 この屋敷において、庭師テリーの存在は既に欠かせない物になっていた。


「無理は、していないの?」

「無理など、とんでもない。外での作業時間自体は多くありませんし、体力を使う作業はほとんど旦那様任せですしな。魔力というのは大変便利で宜しい。私は、ただ指示をすれば良いだけなので、楽なもんです。それに、お嬢様に教えて頂いた良い香りの草は、ハーブと言うらしいですが……未知の植物を一から育てるのは、この上なく楽しい」

「まぁ、テリーったら」


 その言葉通り、年の功というのもあるのだろうが、テリーはディアンが魔力を使っても、怯える様子はなかった。

 基本的に、魔力は必要以上に使わないようにしているのだが、やはり少人数で屋敷を回している事もあって、その力に頼らざるを得ない事もある。


 庭の作業は特にそうで、一見植物の世話をするだけで簡単なように思えるが、日当たりや主人の好みで庭を作り替える作業も、頻繁に発生する。

 庭師は、体力勝負の職業だ。

 その為、大きな貴族屋敷では、何人もの専属庭師を常時抱えている。


 この屋敷は一般的な貴族屋敷と比べると、そこまで広い庭ではない。

 花を育てている訳でも、景観を気にしたりする訳でもないが、それでもやはり大がかりな作業が必要な場面は、出てくるものだ。


 特にハーブは、一般的に知られている植物ではないから、育て方や環境作りも手探りになる。

 試行錯誤する為、植え替えだけでなく庭園ごとごっそり作り替えた事も、一度や二度ではなかった。


 念の為、魔力を使って作業をする前に、ある程度詳しく説明はした。

 最初に働いてくれないかと伺う手紙や面談の時に、ディアンの事情もきちんと話してある。

 けれど実際に、近くで魔力を発動すれば、怯えられるのが普通の反応なのだ。


 強靱なダリスやバルトでさえ、最初は驚いて腰が引けていた。

 ハンナやアリーシアといった女性陣や、平民で魔力の存在自体に馴染みのないアルフ等には、今でも魔力を使う時に多少の距離を取られる。

 やはり、本能的に自分の持たない巨大過ぎる力を目の前にすると、どうしてもそうなってしまうのだろう。


 ここで働いてくれている使用人達は、決してディアン自体を否定している訳ではない。

 魔力の大きさに恐怖は拭えなくても、ディアン自身を嫌っている訳ではない事は、きちんと示してくれる。ディアンにとっては、それだけで充分だった。

 後はディアンが気をつけてさえいれば、何の問題もなく、この屋敷の中は穏やかに回る。


 だがテリーだけは、初めて見た時には皆と同じ様に驚いていたのは間違いないはずなのに、それ以上に便利さという魅力が勝ったらしい。

 次からは怯えるどころか、便利だからと積極的な利用を促してきて、ディアンの方が驚いた。


 マルガリータのように、最初から驚きも恐がりもせず、それが普通で何の不思議があるのかと受け入れてくれる人は希有で、だからこそディアンにとっては唯一だ。

 けれど、本能的に感じるはずの恐怖よりも利便さを優先して、咎めるどころかどんどん使っていけと笑うテリーの存在も、ディアンにとっては大きい。

 テリーのその笑い飛ばしてくれた一言で、屋敷に閉じ込められ鬱々としていた気分が、晴れていったのだから。


「テリーは、俺が魔力を使う事を肯定してくれるから、とてもやりやすい」

「お嬢様が懐かれていた方ですから、大丈夫なのだろうと思いましてな」

「テリーのそういう所、変わりませんね」

「お嬢様こそ、お変わりなくて嬉しゅうございますよ。こうして、旦那様の奥方様として、またお仕え出来る日が来るなんて、感激でございます」

「お、奥方……っ」

「おや、違いましたか?」

「……違いません、けど」


 結婚の約束を承諾してくれたのは昨日の事で、当然まだ式どころか、籍も入れていない。

 ディアンの立場がややこしい事もあって、早くしたいという気持ちとは裏腹に、実際に夫婦という関係を手に入れるには、もう少し時間がかかるだろう。


 使用人達も「マルガリータ様」と呼ぶのに慣れたのか、それとも呼び方を変えるのはきちんと全てが終わってからと、もたもたし続けて失敗したディアンを戒めているのか、まだ誰もマルガリータをディアンの妻として呼ぶ者はいなかった。

 マルガリータを逃がすつもりはさらさらないが、マルガリータが「奥方」と呼ばれる事を否定しなかったのは、正直嬉しい。


(俺今、確実に顔が緩んでるな……)


 テリーがディアンへそっと視線を寄越して、にやりと笑う。

 本当に、この屋敷の使用人達は、皆優秀だ。


「仲がよろしそうで、何よりでございます」

「もう。テリー、からかっていますね?」

「とんでもない。心から良い事だと、思っておりますよ」

「俺は、マリーの事が大好きだよ。愛してる。マリーは違うの?」

「えっ?」

「違うの……?」


 テリーの援護射撃に乗っかって、俯き緩んだ顔を隠しながら、しょんぼりとした振りをしてみると、途端に焦るマルガリータが可愛い。

 そして困った様に視線を彷徨わせた後、マルガリータは何かを決意したように、ぐっと顔を上げた。


 もう一度、「違いません」という台詞を口にしてくれる事を期待して、マルガリータをじっと見つめる。

 ところが、ディアンの頬が緩んでいたからだろう。からかっている事に、どうやら気付いてしまったようだ。


 マルガリータが怒った様に、ぷくりと頬を膨らませたので、ディアンの方が焦る。

 慌てて謝罪を言葉に乗せようと口を開きかけたディアンの頬に、そっとマルガリータの唇が触れた。


「私も……ディアンの事を、愛しています」

「……っ、マリー!」


 恥ずかしそうに、けれどはっきりと言葉にしてくれたその声を聞くと同時に、ディアンはマルガリータを、ぎゅっと抱きしめた。


「ディアン、テリーが見ていますから……!」

「私は見ておりませんから、存分にどうぞ」

「テリーもああ言ってくれている事だし、もう少しだけ……」

「恥ずかしいから、ゆっくりと言ったではありませんか!」


 唇同士が触れあう直前で、顔を真っ赤にしたマルガリータが、悲鳴の様な声を上げる。

 流石にこれ以上からかうと、本気で怒らせてしまうかもしれない。

 半分真剣ではあったのだが、マルガリータと気持ちが通じ合っている事が確認できただけで、今日は良しとするべきだろう。


 最後にもう一度ぎゅっと抱きしめて、マルガリータの身体を解放する。

 ほっとした様な中に、少しだけ物足りないような表情が見え隠れしていたから、それで充分だ。

 いつものように頭を撫でると、恥ずかしそうに笑顔を返してくれた。


「もう少し、いちゃいちゃして下さっても構わなかったのですぞ。お嬢様のご両親の仲の良さはこの国一ですし、私はこういう場面に遭遇する事は、慣れておりますからな」

「テリー!」

「そうか。ではテリーの前では、気を遣わなくて良いな」

「ディアンまで!」

「冗談だよ。俺はマリーを独り占めしたい方だから、二人きりの時に可愛い顔を見せて貰う方が、嬉しい」


 こっそり耳元に囁くと、マルガリータは赤い顔を更に赤くさせて、今にも頭から湯気か出そうになっている。

 にこにこと笑って二人を見守っているテリーが、ここまでの展開を読んで話題を振ってくれたのだとしたら、感謝してもしきれない。


 他の使用人達は、ディアンを甘やかしてはくれないが、テリーは全力で後押ししてくれているのがわかる。

 ただ、元々マルガリータの家に仕えていて、それこそ生まれる前から知っているからだろうか、幸せにしないと容赦しないという圧は、誰よりも強い。


「では、私は今日はこれで、下がりましょうかな」

「休みの日に、わざわざすまなかった」

「いえ。今までは、旦那様が庭師という事になっておりましたし、見事にすれ違って訂正する隙もありませんでしたしな。ようやくお嬢様とお会いできて、嬉しゅうございました」

「私も、またテリーと一緒にハーブを育てられると思うと嬉しいです。これからもよろしくお願いします」

「今度、お嬢様のお好きなハーブで、新しく造園しましょうな。旦那様なら、ちょちょいのちょい、ですよ」

「楽しみです!」

「また、そんな勝手な……」

「駄目、ですか?」

「いや、駄目ではない。駄目ではないが、マリーは俺の魔力に関しては、怖い思いしかしていないだろう?」


 マルガリータの為ならば、新しく庭園を整える事に、異議はない。

 けれど、大規模に庭を変更するとなると、やはりディアンの魔力を使わざるを得ないだろう。

 使用人総動員で手作業をしてもいいが、慣れていない人材をいくら集めたところで、効率はあまり良くならないし、何よりこの屋敷には絶対数が足りなかった。


 マルガリータの綺麗な身体に奴隷紋を刻んだり、アンバーに攻撃する所を見られたり、挙句の果ては傷付いた身体に治療のためとはいえ、一気に膨大な魔力を注ぎ込んで負担をかけたり。

 正直、マルガリータがディアンの魔力に良い印象を持つ機会は、全くなかったといえる。


 いくらマルガリータが、ディアンの容姿だけではなく、その力さえ包み込むように接してくれているとは言っても、本能的に感じてしまう恐怖とは別物だ。


「そんな事はありません。私ディアンのその力、好きですよ?」

「……え?」

「だっていつも、ディアンはその力を、私を守る為に使ってくれていたじゃありませんか。ディアンが優しい人だと言う事は知っていますし、その人が使う力を怖がる必要はどこにもないでしょう? むしろ、魔力に使い方が色々あるなんて面白いです。ディアンに負担がないのなら、もっと見せて欲しい位です」

「そ、そういう物なのか?」


 マルガリータはいつだって、ディアンの全部を包み込んだ上で、更に不安や植え付けられた負の常識を、吹き飛ばしてくれる。

 テリーのように、歳を重ねているからこその年季とも違うその柔軟な思考は、一体どうやって培われてきたのだろう。


 ずっと忌避され疎まれてきた過去は変わらないし、そう植え付けられてきたディアンの思考は、そうそう簡単には変わらない。蔑むような瞳で見下して来た人々を、今後許せる様になるかもわからない。

 けれどマルガリータが傍に居てくれたら、この先更なる不幸が連鎖する事だけはないと、確信出来た。


「楽しみにしていて、いいですか?」

「それが君の望みなら、喜んで」

「それなら私もまた、ディアンの望みを一つ、叶えなくてはいけませんね」


 朝食の時に交わしたものと同じ言葉を口にしたディアンに、マルガリータが可笑しそうに笑う。

 ディアンは思わず、再びマルガリータを抱きしめた。

 また怒られてしまうかと思ったが、テリーがそっと頭を下げて遠ざかっていく気配と共に、マルガリータの手がそっと背中に回る。


(幸せだ)


 温もりを分かち合うディアンとマルガリータを、柔らかなハーブの香りが風に乗って、二人を祝福するように包み込んだ。






END




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最後までお付き合い下さり、ありがとうございました!

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また別の作品でもお目にかかれたら幸いです。

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転生したら断罪イベが終わっていたので、楽しい奴隷ライフを目指します! 架月はるか @kazuki_haruka

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