第25話 カマナという堅物
「PTSD? 」
「過去に受けた強烈な
「……カナタちゃんもそういう経験をして来た可能性があるってこと? 」
「可能性の段階だがな。特筆すべきはカナタ殿が、街外探索気球を見た際に突然心身に不調をきたしたという点と、記憶喪失であるという点だ」
カマナが椅子の向きを変えカナタと再び向かい合う。
「貴女は気球を見た際に何かを思い出しかけ、そして直後に体調に異変が起こった。それは間違い無いんだな? 」
「う、うん。あの時だれか……おもいだしかけた気がする。たぶんだけど…… 」
カナタが自信なさげにおずおずと答える。だがそれは間違いない事実だ。あの時、確かにカナタは誰かの名前を呼んだ。
『うん! ききゅー! むかし、ハヤ姉がいっしよに見た時におしえてくれて……え? 』
“ハヤ姉”という人物が一体カナタとどういう関係だったのかは定かでは無いが、カナタが優先的に思い出したということは浅からない関係だったのだろう。
“ハヤ姉”の存在を思い出せれば他の記憶も戻るのだろうか。
「……強力すぎたり、長期間に及ぶ精神的苦痛に端を発するPTSDの場合、自身の精神を保護するために自ら記憶を喪失するケースもあるそうだ」
カマナが淡々と告げる。
「カナタ殿の記憶喪失もそれが原因だと考えることもできる。カナタ殿は自分で蓋をした記憶を開きかけてしまい、発作を起こしたのではないだろうか」
「……なるほどね」
確かに辻褄は合っているな。だがそうなると今後が問題になってくるな。ただカナタの記憶を戻せればそれで良いわけではなくなってしまった。
プロミがしばらく考えてからカナタを手招きし、自分の横に座らせた。
「単刀直入に聞くんだけど、さっきの話を聞いた上でカナタちゃんは自分の記憶を取り戻したいと思った? 」
「うん」
迷いなくカナタが頷く。
「……現実的な話、もしかしたら記憶が戻ったら凄く辛かったり悲惨な過去と向き合わなきゃいけなくなるかもしれない。それでも良いの? 」
「良いよ」
カナタは再度のプロミの念押しにも躊躇いもせず首を縦に振った。
「それでもわたしは……ううん、だからこそ、わたしの大切だったひとになにかあったのなら、そのひとのことをわすれてたく無いって思ったの…… 」
「……そっか」
初めて聞いたカナタの明確な意思に、プロミが一瞬固まる。だがすぐに嬉しそうに笑うとカナタの頭をわしゃわしゃと撫でた。
「記憶の捜索は続行、ということだな? 」
「うん。カナタちゃんがしたいようにするよ」
「そうか、ならば私は医者として少しだけ手伝いをさせてもらう」
そう言うとカマナは白衣の胸ポケットから小さなケースを取り出した。ケースを開き、中に入っていた小さな赤い粒を指先で摘み上げた。
「
薬だと⁈
「ちょっちょっと待ってよ! そんなものに見合う物なんて私たち持って—— 」
「対価は要らない。気遣いも無用だ。生活には困らない」
カマナが薬を再びケースに戻す。
そして、慌てふためくプロミの手に無理矢理薬を握らせた。これだけ豊かな街とはいえ薬が安いわけがない。
しかもカマナはとても同情や何かで人に無償の恩恵を渡すような人間とは思えない。間違いなく——
「無論だが意図はあるぞ。ここで貴女方に恩を売っておく事が私たちにプラスに働くと思ったのだ」
「私たち大した事は出来ないと思うんだけど」
「別に意図して何かする必要はない。結果的にそうなると踏んでいるだけだ」
淡々とカマナが言うべきセリフをなぞるように答える。
カマナの言い方にはどこか確信めいたものがあった。
この鉄面皮の下で一体どれほどの思索が渦巻いているのか、想像もつかないな。
その後、診療も終わり朝食の館に戻ろうとするとカマナに引き止められた。カマナがプロミに何かを手渡す。
「これって…… 」
「地図だ。今朝、朝食後までに用意すると言ったからな」
「そういえば! 何から何までほんとありがとう……! 」
申し訳なさそうにプロミが地図をバックにしまう。
それを見ていたカマナがハッとしたように眉を上げた。
初めて人間らしい表情をしたな。
「……先程、薬の対価を必要ないと言ったのを撤回させてくれ。対価として1つ頼み事をしたい」
「えっ、あぁ。全然良いよ。むしろ申し訳なかったからしてくれると助かるよ」
プロミが答えるとカマナは再び白衣の胸ポケットから2枚の無地の封筒を取り出した。
「業務用と私用の手紙だ。それぞれサナ殿の元と、郵便局に届けて欲しい。そうすれば診療の時間を少し伸ばす事ができる」
「そんな事ぐらい勿論」
プロミはカマナから受け取った封筒を優しくバックにしまった。
灰炭街 水細工 @MizuZaiku
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