第24話 カマナという堅物
「ここが診療所になります」
初老の男の案内を受けて着いたのは、さっきの白亜の館と打って変わって質素な石造りの、こぢんまりとした建物だった。一切の装飾がなく、周辺の建物と見比べても
「すみません! 患者です! 入りますよ! 」
大きめな声で建物の2階に向かって叫ぶと、扉を開けて男が診療所の中へと入っていく。プロミとカナタも後に続く。
入ってすぐの受付のような空間には簡素な椅子が何脚か並べられていた。
受付用と思われるテーブルもあったがそれ以外に家具は1つとして無く、さっきの建物との落差に
まぁ、これぐらいの方が見慣れているから落ち着くと言えば落ち着く。
寒々しい石階段を登り、階段の正面の扉に男が手をかけた。
「失礼します。診療の方を……あれ? 」
「誰も……居ないみたいですね」
部屋の中をプロミが見回す。
一組の椅子と机以外に、棚が1つだけのこれまた簡素なこの部屋ではどこかに医者が隠れているとも思えない。
男が首を傾げた。
「おかしいですね。今日は開院日で合ってるはずなんですが…… 」
「開院日? 」
「ええ。ここのお医者さんは非常に多忙な方でして、開院日が限られてるんですよ。でもその代わり腕は確かですし、開院日に居なかったり、すっぽかすような事も今まで一度もなかったんです」
「わたし……もうだいじょうぶだから、べつに良いよ」
「確かに大丈夫そうではあるけど、倒れたんならちゃんと診てもらわないと。後々になって悪化する病気もあるんだよ」
「でも…… 」
プロミに言われてカナタが何か不安げな表情をする。
最近は知らない人間がいても大丈夫になってきている気がしていたが、この男もまだ怖いのだろうか。
いや待てよ。怖いのは人では無く場所か?
カナタは子供だ。病院が怖いという印象を思い出したのか……?
「もしかしたら病室で何かしているのかもしれません。一階の部屋を見てみましょう」
男に言われてさっき登った階段を降りる。
「あの突き当たりの部屋にもよく居るんです。もしかしたらあっちに—— 」
「患者はプロミ殿とカナタ殿のどちらだ」
「「「うわっ⁉︎ 」」」 「クワッ⁈ 」
誰もいなかったはずの背後から響き渡った冷たい声に全員で飛び上がる。振り返るとそこには、昨日とは真逆の真っ白の白衣を身に纏った、見覚えのある長身の凛とした女性の姿があった。
「かっ、カマナさん⁉︎ なんでここに……というかどこから出てきたの⁈ 」
無言でカマナが右手に持ったバスケットを私たちの方へと突き出す。バスケットの中には茶色の塊が3つ行儀よく並んでいた。
「わぁ、美味しそう」
「近くの屋台へ朝食の買い出しに行っていた。現在時刻は9時15分23秒だ。9時30分の開院時間まではしばらく余裕がある」
「開院時間……って、もしかしてここのお医者さんってカマナさんなの⁉︎ 」
「そうだ。普段は室長業務に従事しているが、非番の日はここで診療所を開いている」
真顔のまま事もなげにカマナが答える。だが、ただでさえ忙しいであろう街の管理をしながら診療所の開業までしているとなると、スケジュールが過密どころではない。
しかも非番の日を使っているとは……過労で倒れないか心配になるレベルだ。なぜカマナがそこまでして診療所を開くのか、私には分かりそうもなかった。
「すみません、先程開院は9時30分って言いましたか? 」
「ああ。今日は開院時間の遅い日だからな」
「あっ! 昨日は会議の……忘れていました……! 」
自分のミスに気づいた男が小さくなる。
やはり多忙なカマナが開く以上開院時間などはかなり変則的なようだった。
「だが来た以上仕事はする。朝食の予定終了時刻まで40分以上ある。ここに来たのなら貴女方のうちどちらか、もしくは両方が体調に問題をきたしたのだろう? ジブ殿。患者はこの旅人達のどちらだ? 経緯も説明してくれ」
「あっ、はい! 先程サナ所長とプロミ殿の朝食中にカナタ殿が突然倒れてしまい、サナ所長が診療所で見てもらうようにと」
「倒れた時に頭を打った様子はあったか? 」
「私は倒れた瞬間を見ていた訳ではないので何とも……」
「倒れた後に体や顔色に何か変化はあったか? 痙攣を起こしたり泡を吐いたか? 」
「私が見ていた限りはありませんでした。ただ倒れていた時はかなり呼吸が速かったと思います」
「そうか」
一通り男に質問をすると、カマナは通路の突き当たりの部屋へと歩き始めた。
「プロミ殿へのヒアリングと診察はあの部屋で行う。貴女方はついて来てくれ。ジブ殿はサナ殿へ報告に戻ってくれ。その後は通常業務で問題ない。ただまた何かあれば呼び出させてもらう」
「分かりました」
男が私たちに軽く会釈してそそくさと建物の外へと出ていく。的確かつわかりやすい指示だな。やはり室長なだけあって指示を出すのはお手の物ということか。
カマナに連れて行かれた部屋はやはり簡素ではあったが、他の部屋と比べると、机の上のランタンや聴診器など多少は物が置いてあった。
向かい合う2つの丸椅子にカマナとカナタが座る。プロミは部屋の隅のソファのような椅子に腰を下ろした。
カマナが机の上の羽ペンを持つ。
「ではヒアリングを行う。倒れる前後に体調の異変はあったか? 」
「え、えっと…… 」
若干気圧されながらも、カマナの質問に素直にカナタが答えていく。カマナはカナタが答えるたびに机の上のバインダーの紙に何かを書き留めていった。
20ほど質問をした後に、カマナは手に持った羽ペンをペン立てに戻した。カマナがプロミの方へと椅子を向ける。
「始めにだが、カナタ殿が別の空間に飛んだ、という話は私では理解しかねる。よって今回の診察ではあくまでその件を無視して話を進めさせてもらう」
プロミもそれに頷く。まぁそれはそうだろう。そこをあまり執拗に考えていては話が前に進まなくなる。
カマナがメモした紙に目を落としながら口を開いた。
「状況や前日の様子を鑑みるに、私はカナタ殿が倒れた原因はPTSDではないかと思う」
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