第23話 サナ・イウィクティスという正義
「間違いないんですか? 」
「僕はぁ、記憶力とぉ集中力にはぁ自信があるんだぁ。信じてもらいたいなぁ」
サナさんが人差し指で自分の頭をこずく。
自分の見間違えなどとは、初めから微塵も考えていないようだ。でも、それが真実なら本当に訳がわからない。
「……カナタちゃん。今カナタちゃんってどうやってこの部屋に入ってき—— 」
「お食事中、失礼します! 」
私の質問は、跳ねるように勢いよく開いた扉に阻まれた。横を見れば、扉を開けた白髪のお爺さんは扉に手を当て荒く息をしていた。
その姿からなんらかの非常事態が起こったのだと言うことは明白だった。
「どぉかぁしたのぉ? 」
サナさんがこんな時でもゆっくりと喋る。
だが目つきはさっきまでの天然じみた穏やかなものとは打って変わって、紛うことない鋭い為政者の目つきだった。
「はい! 来賓であるカナタ殿が突然倒れて、そのうえ行方不明になってしまい、取り急ぎ報告を…… 」
「行方不明ぇ……それはぁ妙だねぇ。その子ぉならぁここにいるよぉ? 」
「……! な⁉︎ 」
サナさんに言われてカナタの存在に気づいたお爺さんが、驚愕し目を丸くする。
「そんな馬鹿な……⁉︎ つい先程までこの子は待機室で倒れていましたし、とても歩けるような状態には」
「でもぉ、事実ぅここにいるぅ。しかもぉ、見ての通りぃピンピンしてるぅ訳だぁ」
「わたしがどうかしたの……? 」
騒ぎの中心でありながら一番状況を理解できていなそうなカナタが不安そうに手を組む。
「カナタちゃん。この部屋に入ってくる直前に何をしてたか教えてくれない? 」
「……知らないばしょにいた」
「知らない場所? 」
「うん」
カナタが控えめに頷く。
カナタの発言に私の横でお爺さんが、元々しわのある眉間にさらにしわを寄せるのが見えた。
「さっきナチャさんとしゃべ……へやに居たら、きゅうにきもちがわるくなって……それで、気づいたら知らないとこにいたの」
「知らない場所ってどんな所? 」
「えーっとね…… 人がいっぱいいて……イスと……あとつくえがいっぱいあった。それと、へんな黒くておっきなかんばんがあったよ」
「黒い看板? 」
「仮にぃそれがぁ君の見たぁ幻覚で無かったとしてぇ、君はぁどうやってぇそこから戻ってぇ来たんだいぃ? 」
この混乱の中でただ1人平静さを崩さないサナさんが、淡々と尋ねる。
「……気づいたら」
「要領をぉ得ないねぇ。つまりぃ君はぁ気づいたらぁそのぉ場所にぃ居てぇ、そしてぇ気づいたらぁプロミの椅子の背後にぃ居たとぉ。そお言いたいぃ訳かい? 」
「…… 」
初対面のサナさんに詰問され、カナタちゃんが黙り込んでしまう。ただサナさんにはカナタちゃんの反応が答えだったようで、満足げに口角で緩いカーブを描いた。
パンッ、と一度サナさんが手を鳴らす。
「まぁぁ何にせよぉ、さっきまでぇ倒れてぇいたのならぁこの子のぉ体調をぉ確認する必要がぁあるねぇ。2人を診療所までぇ送ってぇおいてくれぇ」
サナさんがお爺さんに目配せをする。
「は、はい! 」
「君たちもぉそれでぇ良いだろう? 」
『
「はい! よろしくお願いします」
「ではお二人とも私について来てください。診療所はここから数分です」
お爺さんが私たちを手招きしつつ部屋の外へ出る。歩きながら周囲を見回す。
「……居たっ! 」
一階へ降りる階段に足をかけた時、部屋の天井付近を飛び回る見慣れた黒い影を見つけた。
「おーい、ナチャ! こっちこっち! 」
「クァッ⁉︎ 」
私の声に反応し振り返ったかと思うと、直ぐにナチャは私の元まで急降下して来た。
私の肩に止まると、私とカナタの顔を交互に見比べながらナチャは私の肩を突いた。
『カナタ ナゼ ? 』
「私もさっぱり」
小声で囁きながら肩をすくめる。
ナチャとも後でしっかり情報共有しとかないと。
「今何か言いましたか? 」
「いや、独り言です」
●
開いた窓から、3人が建物の外へ出たのが見えた。プロミの居なくなった卓につく。
少しすると窓枠に一羽のメナが飛んできた。部屋の中を見回したかと思うと、
一層から逃げて来た……わけでは無いか。野生化計画の一環の固体かな。
「……」
プロミの食べていたサラダの皿のソースを、人差し指の腹で少しこすり取り窓際のメナに差し出す。
「チッ チチ」
興味深そうに首を傾げると、メナは小さく羽ばたき僕の指に飛び乗った。
指先についたサラダのソースを指に噛みつくようにして舐め取ろうとする。だが、一口ソースを口にするとメナは何かに気づいたのか指から飛び退いた。
「食べるぅまではぁぁ、気づけぇ無いよねぇ」
「チッ チッ チチチ⁈ 」
飛び立とうと翼を振るったメナが、何も無い床の上で転び、体をカーペットにしたたかに打ち付ける。
その後もしばらくは飛び立とうとしてメナは床の上でもがいたが、動けば動くほどその動きは怪しくなっていき、やがて目を瞑って動かなくなった。
置き物のようになったメナを手で掴み上げる。
メナは死んだように眠っていて、ちょっとやそっとでは目覚めそうに無かった。
「ソーースのぉ麻酔ぃ……なんでぇプロミにはぁ効かなぁかったんだろぉ」
窓の外から聞こえていた雑踏の足音が、カーテンの衣擦れの音が、自分の心臓の拍動すらもが意識の彼方へと遠のいた。思考の荒波に体を委ねる。
冷たく、暗く、沈んで落ちていく。
「……燃やしたのかぁ」
時計を見る。経っていた時間はほんの数分だった。
「食糧ぉ不足ぅにでもぉなったのかなぁ。フヒッ、フヒヒヒッ」
顔が勝手に歪み、我ながら気色の悪い笑いが腹の底から湧き出た。思わぬ幸運だ。
プロミは火葬人だ
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