恋のひと押し ~Nothing's Gonna Stop Me Now~

タカハシU太

恋のひと押し ~Nothing's Gonna Stop Me Now~

「小池君、私と付き合って!」

 私は勇気を振り絞って告白した。まるで、十代の思春期のような初々しさだと、自分でも思ってしまった。

「相田さん、いきなり呼び出して、どうしたの? びっくりするじゃないか」

「小池君のことが好き! 大好き! 昔からずっと!」

 まるでマンガかアニメのような大胆なセリフだ。自分でも、よくこんなことが言えたと思う。

 小池君は完全に当惑していた。

「この前の同窓会で小池君と再会して、やっぱり運命だって思ったの!」

 運命、まさにその通りだ。

 ここは神社の境内。四百四十四段あると言われている石段、そのふもとに私たちが通っていた高校が見える。

 あの頃、私はいつも小池君を遠くから眺めていた。勉強もスポーツもできて、性格も謙虚で優しい。誰からも好かれ、私には手の届かない存在。そんな小池君はレスリング部の練習で、毎日この四百四十四段を駆け上り、駆け下りていたのだ。アマレスのコスチュームって、どうしてあんなにセクシーなのだろう。

「もう無理だよ。今日はここを上るのさえ、息が上がって。あした、いや、あさっては筋肉痛だな」

 今も小池君はさわやかな笑顔だ。声をかけることなんて、一度もできなかったけれど、毎朝、電車とバスが一緒になるように時間を合わせていたっけ。

「あの頃、小池君は私の存在さえ気づかなかったでしょ?」

「相田さんはいつも一人で物静かな印象だったね。こんなに変わるなんて……。あ、いい意味でだよ。すごく綺麗になったし」

 お世辞でも嬉しい。やっぱり、小池君は気遣いのある人だ。

「小池君、今、付き合ってる人、いないって言ったよね?」

「そうだけど、この先どうなるかは分からないよ」

 何か予防線を張っている。いないことはちゃんと確認済みだ。

「だったら、彼女ができるまでの関係でいい。何なら、彼女ができても、ボディパートナーでもいいから」

 ちょっと暴走しちゃったかな? ていうか、自分で言うのも何だけど、ボディパートナーなんて言葉あるの?

 小池君は苦笑いしながらスルーし、そろそろ帰ると言い出した。また、この急な石段を下りていくのだ。私はその背に向かって呼び止めた。

「同窓会の二次会を抜け出して、ホテルに行ったじゃない。また、あの時みたいに熱く激しいバトルをしようよ!」

 小池君は困惑気味になった。

「小池君のセリフ、忘れられないんだ。このベッドは白いマットのジャングルだ……だっけ。小池君の寝技、本当にすごかった。私、初めてだったから」

「ごめん……酔ってて、何も覚えてないんだ」

「パワーボムって、あんな強烈なんだね。さすがレスリング部」

「えっ……僕、そんなことしたの? そもそも、アマレスにそんな技ないけど。でも、もし本当なら心から謝るし、ちゃんと償うから」

「そんなことないって! むしろ最高だった。私、あれからね、胸がキュンキュンして、ずっと痛いの」

 小池君は急に真顔になった。

「それ、僕がかけた技のせい? 病院に行ったほうがいいんじゃない?」

 こうなったら、攻めるしかない。私は小池君の手を取ると、自分の胸に押しつけた。

「ほら、服の上からでも分かるでしょ?」

「何するんだよ! 誰かに見られたら、誤解されるじゃないか!」

 手を引っ込めようとする小池君だったが、私は放さなかった。

「私ね、バージョンアップの手術をしたんだ。どう?」

「相田さんの気が済むなら、僕が別に言うことはないけど」

「だって、小池君、大きいほうが好みなんだよね? 知ってるよ」

 小池君は思いきり手を振りほどいた。

「どうして、知ってるんだよ! いやいやいや、もういいよ。じゃあね!」

「行かないで! 私、一度でいいから青春を味わってみたいの!」

「くどくど、くどいって! いい歳して、気持ち悪い。もう二度と連絡しないでくれ」

 私は止まらなかった。小池君の背中に飛びついた。バックハグ。アオハルだ!

 しかし、タイミングがずれ、小池君に勢いよくタックルしてしまった。

「あ~~~っ!」

 小池君が石段を踏み外した。真っ逆さまに転がり落ちていく。

「小池君!」

 四百四十四段の一番下で、小池君は動かなくなった。あまりに遠く小さすぎて、様子が分からない。私は急いでスマホで救急車を呼んだ。


   ×   ×   ×


 小池君は頭を強打して意識不明になったが、無事に手術は成功した。ずっと眠り続けたが、私は頻繁にお見舞いに来ては、まめまめしく身の回りの世話をしてあげた。こうやって、ずっと二人きりでいられたら。

 だが、そんな日々は終わりを告げた。小池君が目を覚ましたのだ。

「ここ、病院だよ。体はすっかり直ってるから」

「……僕は誰?」

 戸惑いながら小池君は見返してきた。

「え? 分からないの?」

「君は誰?」

 私? 私は……。

「私はあなたの恋人よ」

 チュッ!


               (了)

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