追放会議 〜オレの天職が"竿師"なせいで勇者パーティから追放されかかっているらしい〜

きび

第1話

「ぼく、勇者になる」


 冬の夜、星空を見上げながら、親友がそんなことを言った。


「……なれるよ、キミなら」


 ぼさぼさの髪にあかぎれた手、鼻水の光る赤い鼻……どこにでもいるような貧しい子供の、身の丈に合わない大言に、するりと肯定の言葉を返すことができた。


 なぜなら、自分は知っていたから。目の前にいる小汚い子供が、決してどこにでもいるような存在ではないということを。

 

「ぼくが勇者になって、魔王を倒す。‘‘夜の軍‘‘マーチドゥドーンを滅ぼして、世界を平和にする」


 うるむ瞳にたたえた決意がどれほど重く、握る拳に宿る熱がどれほど熱いか、


「ああ、キミならできるよ」


 決して信念をひるがえすことのないその口から語られる言の葉が、どれほど気高いものであるかを知っていたからこそ、自分は、迷いなくそう返すことができたのだ。


「……うん、それじゃあ君もついて来てくれ」


 天空の高みを見上げていた視線を落とし、目の前の親友はこちらを見据みすえてそう続けた。


「……オレが?」


 問いを返す自分に、未来の勇者───アレックスは、こっくりと頷いて見せる。


「君がいてくれれば、僕はどこまでだって行ける。誰にも負けない、僕たち二人なら」


 その瞳には、いつも通りの揺るがぬ光があった。絶対の信頼と自信の輝きが、星よりも美しくまたたいていた。


 らしくもなく胸が熱くなる、世界でただ一人、心の底から心服する相手が、己の知るもっとも高潔な存在が、自分を信頼し、必要としているという事実に、体が震えるほどの感動を覚える。


「一緒に来てくれ、。僕には、君が必要だ」


 そう言って差し出された親友の手を、自分は微笑んで握り返した。


「……ああ、ずっと一緒だ。オレは、勇者の一番の仲間になってみせる」


 誓いは胸に、満天の星空の下で、決意を言葉にえてかわし合う。


 『救世の勇者』アレックスと『竿』オゲレポンが、ダンブル大聖堂でそれぞれの天職を授かる、その前日のことであった。






「あの男を追放すべきです!!」


 昼時の酒場、六人掛けのテーブルで食事をとるさなか、"僧侶"サファイア=プリエステスの声が響く。


 "戦士"ゲオルはまたかというように鼻を鳴らし、"魔法使い"ズロータムは困ったように目を逸らし、"忍者"ジネンジはいつものように無言で流した。


 一人黙っていなかったのは"勇者"アレックスで、ほとんど無関心な周囲の仲間に代わり、僧侶の言葉に対して猛然と抗議した。


「何を言うんだサファイア!!オゲレポンは僕の親友だぞ!彼にいったい何の不満があるっていうんだ!?」


「"竿師さおし"などという下賤げせんで不潔で不道徳な存在が、勇者パーティに混ざっていていいはずがありません!!あのような不埒ふらちな男、一刻も早く追い出すべきです!!」


 "竿師"───それがおそれ多くも天命神ソルスレイアが、勇者の幼馴染であるオゲレポンに授けた『天職』……神聖にして絶対不可侵な魂の適正称号であった。


 聖堂で信託とともに授けられる天職は、この世界の人々の人生をほとんど決定する重要指針である、特に戦いに生きる者のそれは顕著けんちょで、戦闘用のスキルが得られない一般職の人間は、兵役にすら動員されないことが多かった。


 "竿師"はバリバリの一般職であり、中でもかなり特異な天職である。生物の生殖と発情を自在に操作する能力は、都市部ではおもに娼館において最も求められるたぐいの職能であり、その多くは卓抜たくばつした性技を用い、女衒ぜげんと兼業して女を食い物にするのが常であった。


「あの日……ダンブル大聖堂で、彼の天職が"竿師"だと知ったときは耳を疑った……!」


 "勇者"の発見に湧く聖堂のなかで、当の勇者が天命神の神託に疑義ぎぎていした、というか猛反発した。


 僕の親友を馬鹿にしてるのか、何かの間違いだからやり直せ、と息巻いきまく勇者に対して、聖堂付きの神官が神託は一度きりだと説明したが、勇者は納得しなかった。


「その時、彼は言ってくれたんだ……!」


 いよいよ困り果てた一同が顔を見合わせる中、もう一人の当事者であるオゲレポンが進み出て勇者をさとした。


 曰く、自分は竿師で構わない、どんな天職でも、必ずキミの隣に立って見せるから待っていてくれ、と。


 聞き分けの悪い子供をなだめるための、友人なりの方便ほうべん───その場にいた大人たちはみなそう思ったし、とりあえず勇者が黙ったので良しとした。


 まさか本気で、竿師などという天職の人間が、勇者の仲間を目指すなどとは考えてもいなかった。


「でも、彼は本気だった!勇者パーティを選出する選抜武術大会に優勝して、僕に会いに来てくれたんだ……!」


 感極まって言葉を詰まらせる勇者アレックス。その姿を見た僧侶は、憤慨ふんがいして他の仲間たちを振り返る。


「なにを竿師なんかに負けてんのよアンタたち!?戦闘職の人間が、女衒なんかに負けて恥ずかしいと思わないの!?」


 いきどおる僧侶の言葉に、戦士ゲオルが顔をしかめる。


「……強いんだからしょうがねえだろ」


 むしろ大事なのはそこだろ、と、実際彼を含めた全員が、武術大会に闖入ちんにゅうした竿師を初めこそあなどっていたが、すぐに認識を改めることになった。


 誰もが認めざるを得ぬほどに、"竿師"オゲレポンは強すぎたのである。


「そもそもサファイア殿に言われる筋合いはないでござる」


 忍者ジネンジが後を継ぐ。勇者の仲間たちはほぼ全員が武術大会で結果を残した戦士だったが、サファイアだけは王族の出身であり、王の推薦と本人の強い希望で同行していた。


 わかりやすく勇者目当てである。


「竿師だから、ってのもね……。私の村じゃ竿師の種付けおじさんは顔役の一人でしたよ?なんでそんなに嫌うんだか」


 農村出身の魔法使いズロータムも言う。都市部と違い、農村での竿師は家畜の種付けや作物の受粉を確実に行える技能職だった。発情期の家畜の鎮静ちんせいなど、その職分は多岐にわたり、偏見もないではなかったが、それ以上に嘱望しょくぼうされる天職の一つである。


「何を言おうが竿師なんて認められません!竿師のスキルなんてこうですよ!?」




"竿師"の習得スキル


 Lv2 デン・マー

 初級念動魔法。腕や武器を高速で振動させる。


 Lv5 ロウ・ション

 初級錬金魔法。粘性の液体を精製し、自身のAGLを向上させる他、敵のグラップスキルの成功率を低下させる。




「……汚らわしい!やはり考え直すべきです勇者様、このような破廉恥漢はれんちかんを連れていては、勇者様の品格さえも疑われかねません!!」


「でも、彼の場合はこうだろ!?」




・オゲレポンの場合


 デン・マー(習熟度9)

 超高出力の振動波により、腕に触れた物体の分子結合を解除、対象を原子レベルで粉砕シェイクする。また、切断武器に使用した場合、あらゆる物質の硬度を無視して切断する高周波振動刃ハーモニック・ヴァイブロブレイドと化す。


 ロウ・ション(習熟度9)

 周囲を覆いつくすほどの粘液の海を創出可能。粘液自体に多数のバフ・デバフを付与することができ、粘海のフィールドでは味方は強化され、敵は行動力低下、麻痺、睡眠、発情などのバッドステータス判定を受け続ける。




「……強いよな、この魔法デン・マー。カスっただけで内臓がひっくり返るかと思ったし」


「『夜の軍』のミスリルゴーレムを素手で粉砕したときはドン引きしましたよ……。あれ神話の時代から動き続ける不壊の神造巨人リビングギアコロッサスですよ?」


「ロウ・ションはほとんど反則でござる。ステアップに自動回復効果オートヒーリングまでついてて、粘液にまみれてるだけで負けようがなくなるでござる」


「もう付与するバフが無いからって、最近じゃ粘液の味とか栄養素とかアップさせてるもんな、いやそれ喰えるんだ、って感じだったけど……」


「『亡国の老王の試練コオル・オーディル』で料理作ったときですね、まさかあれが刺さるとは」


「ご老体にはあんかけが嬉しかったんでござるなぁ……」


「───いやおかしいでしょうがどう考えてもっ!!」


 ヒートアップする僧侶、彼女にとっては、まったく理不尽な竿師の強さと活躍だった。


「他のスキルはどうなんです!?どれも卑猥ひわいで不謹慎ではないですか!!」




 Lv10 竿師の心得『いつも何回でも』(習熟度9)

 自己強化魔法。自身の血液を自在に精製・操作する。身体能力を劇的に向上させる他、止血、血液の武器化、大量の血液を触媒にしてのさらなる大魔法の行使など、その用途は多岐にわたる。


「強い」




 Lv16 竿師の心得『長時間現場』

 味方全体にスタミナ・魔力自動回復バフ。

 Lv21 竿師の心得『ゲリラ撮影』

 奇襲きしゅう・逃走確率上昇。心得スキルは基本的に自動発動パッシブスキル。


「フツーに有能」




 Lv33 「MM号マジカルミラー」発進

 上級錬金魔法。移動拠点となる高性能馬車を作り出す。


「めちゃくちゃ便利でござる。まず馬より早く走れる上に、全面鏡貼りだから暗い夜の領域では周囲に溶け込んで隠蔽いんぺい容易よういかつ、内側からは外が見えるので見張りを立てる必要が無いでござる。てゆうかこの辺は卑猥ひわいでも何でもないのではなかろうか」





「~~じゃあ、これは!?卑猥でしょうが!?」




 Lv54 種付たねつけプレス

 グラップスキル、対象を『拘束』状態にする。雌性体メス相手ならば100%成功する。


 Lv67 お散歩首輪

 状態異常スキル、対象を『隷属れいぞく』状態にする。雌性体にしか使えず成功率も低いが、『隷属』状態の敵に『墨入スミいれ』を行うことで、それ以降は状態異常の解呪ができなくなり、『永続奴隷メスブタ』状態へと変化する。





「……『種付けプレス』か、『大長蟲グレーターワーム』アンドラダイトがメスだったのは幸いだったな。まさか、街よりデカいモンスターすら抑え込めるとは」


「『大禍渦おおまがうず』バトルマリンシュトロームをしずめた時もね、彼がいなかったら船ごと海底に引きずり込まれてるところです。しかし荒れ狂う海を身体ひとつで抑え込む絵面えづらの凄まじさをさておいても、生ける大渦おおうずって性別あるんですかね」


「まあ母なる海と言うでござるからな。どちらかといえばメス判定なんでござろう」


 口々に最強の竿師が持つ、超常のスキルへの称賛を口にする仲間たち、その所業は卑猥やセクハラなどという問題を通り越して、もはや人知を超えていた。


「───『お散歩首輪チョーカー・オブ・ディシプリン』!!これはどうなんです!?これを使われた大虐魔婦カーミラデマントイドガーネットは、絶対服従状態のまま、今もなぐさみ者にされていると聞きます!悪逆非道な魔物とはいえ、自由を奪ってなぶり苦しめるなど……卑猥どころか人道にもとる行いではないですか!!」


「大虐魔婦……ああ、アレか。ジネンジの故郷のアキツシマ王国で、女王に化けて悪事を働いてた……」


「捕獲した後、絶対服従状態で大臣に引き渡されたでござる。それからはずっと、無理矢理善行をさせられてるとか」


「……善行?」


「人のためになる政策とか、民衆の幸福に寄与するアイデアとかを強制的に考えさせるんだそうでござる。大臣がそれを聞いて、「まさか貴方のような下劣畜生に、このようなき心が潜んでいたとは驚きですなあ」とか言って嬲るんだとか」


「……大臣さんいい趣味してるな。てかどんだけ恨まれてんだよ」


「入れ替わりの際に殺された女王陛下は素晴らしい統治者で、大臣も熱心な信奉者だったそうでござるからな……」


「というかそれ、魔物にとっては尊厳破壊になるんですね……」


「……おかしいっ、すべてがっ!!なにもかも狂ってる!!!」


 頭を振って絶叫する僧侶。竿師などという天職を持つ人間は、勇者パーティには相応しくない……彼女にしてみれば至極まっとうな意見を言っているつもりなのに、狂った竿師の存在が世界の秩序を歪めている。


 実際、彼女の意見は常識的といえばそうなのであるが、最強の竿師オゲレポンは常識どころか物理すら超越しかねない規格外だった。


「……というか、オゲレポンのスキルで注目すべきはこっちだろう」


 苦々しい顔で僧侶の様子を眺めていた勇者アレックスが口を開いた。彼女的には理不尽な世界の不条理をなげく僧侶に、トドメとなる現実を突きつける。




 Lv85 催眠アプリ

 備考:精神耐性貫通


 Lv90 時間停止

 効果範囲:全宇宙




「……彼を追放して、じゃあそれからどうするんだよ?魔王はレベル300くらいあるのに、オゲレポン抜きでどうやって戦うのさ?」


「~~~~~~~っ!!」


 そもそも状況的に選択の余地すらないのだった。いまや人類の未来は、ひとりの竿師の双肩かたにかかっているといってもいい。


「というかアイツを追放なんてしたら、国が黙ってないぞ。こんな激ヤバスキル持ってるやつを手放すとか流石に看過かんかできん」


「そうなったらアキツシマの大臣とか、あからさまに取り込みをはかってくるでしょうね……、それこそ色仕掛けとかあらゆる手管てくだを使って……」


「オゲレポン殿をめぐって戦争が勃発しかねんでござるな。というか王族であるサファイア殿がこのパーティに同行しているのは、オゲレポン殿と良い中になって国に取り込むのを期待されてるのでは……?」


「──はっ!笑わせてくれますね!!勇者様以外の方に触れられるぐらいなら、ましてや竿師などとつがうことになるくらいなら、聖縛縄魔法ゴルディアスで自ら首をねじ切って果てます!!」


「……うんまあ、人選ミスだわな。いや、あるいはコイツの男嫌いが治るのも期待して、か?王族がこれじゃ困るだろうしな……」


「オゲレポンさん美形ですからね……、『伝説の美貌の妖精王オゲレポン』と同名で名前負けしない人なんて、他に知らないですよ」


「銀髪の金灼妖眼ヘテロクロミアで女顔の美形とか反則だよな……、はぐれたときにその辺のやつに特徴伝えたら「ああ、あのオゲレポンみたいに綺麗な人」とか言われるし、別にハニートラップとか抜きでも女が次々に寄ってくるし……」


「……まあ、本命は勇者殿でござろう、そのへんどうなんでござるか?」


「私たちとしても、二人がちゃんとくっついてくれれば安心ですね……幼馴染で、お互い憎からず思ってるのは見ればわかりますし、早いとこヤることヤって、正式な仲になって欲しいところです」


 話がどんどんズレて最終的に勇者に飛び火する、無責任にあおり立てる仲間たちに、僧侶は憤慨ふんがいし、勇者アレックスは──救世の勇者アレキサンドラ=ブレイブは、顔を赤くしてうつむいた。


「冗談も休み休み言ってもらえます?清楚でコケティッシュでキュートで美しい私の勇者様が、品性下劣総天然痴漢野郎のオゲレポンなんかとくっつくなんて、そんなこと万に一つもあるワケが───」


「いやそれについては僕もやぶさかではないって言うかいやそもそも彼の気持ちを確認したわけでもないから時期尚早というか、そりゃできれば早く付き合いたいしゆくゆくは結婚したいし子供は5人ほしいし、でも式場とか新居とかそれぞれの希望があるだろうしたとえば僕はダンブルの聖堂とか借りて式を挙げたいって思ってるんだけどオゲレポンとお義母かあさんたちの意見も伺ってみないことには───」


「勇者さまぁ─────!?」





「……っぷし!」


 街行く人々で賑わう大通り、自ら全員分の買い出し役を買って出たオゲレポンは、小さくくしゃみをして口元を押さえた。


「なんだろう、風邪かな……?」


 長い睫毛まつげを伏せ、うれい気な吐息を一つ、その仕草だけで道行く少女が失神した。いつものことであった。


「……なんだか嫌な予感がする。早く帰って、今日はもう休ませてもらおう」


 今まさに仲間たちが己の追放について議論しているなどとはつゆ知らず、白皙はくせきの美貌を持つ青年、幼い頃交わした約束一つを頼りに、人類の最強戦力まで上り詰めた勇者の友、"竿師"オゲレポン=ダンユーは、仲間たちが待つ食堂への歩みを急ぐのだった。





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追放会議 〜オレの天職が"竿師"なせいで勇者パーティから追放されかかっているらしい〜 きび @kibi-1dTUfAn6I

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