魔故調なんかないほうがいい

星見守灯也

魔故調なんかないほうがいい

魔故調なんかないほうがいい


 主席有人転移事故調査官ミタスタスは酔っ払うとよくこう言ったものだ。

「真相なんて、えてしてつまらんものさ。そのつまらんことで人は死に、ものは失われる。わしの仕事なぞないほうがいい」


 転移安全委員会は運輸省の外局だ。通称は転移魔法事故調査委員会、略して魔故調という。

 魔法の高度に発展した現在、魔法がらみの犯罪や事故も当然おこる。これは特に転移事故と重大インシデントの原因究明調査を行い、運輸大臣または関係者に対し必要な施策措置を求め、事故防止及び被害軽減を図ることを目的として設置された。なお、箒の事故は数が膨大なため警察が対応している。


 転移魔法が一般に普及してから百年、無人有人をとわず各所で使用されている。ルートが決まりきった簡易な物品のみの転移は無人、客を転移させるのは有人とおおまかに決まっていた。転移魔法は箒魔法より厳しい免許が必要であり、魔法陣にも精密さが求められる。転移魔法を使える魔法使いは憧れであり、給料も良いと一般に思われている。


 その事故が起きたのは夕方だった。シーグは事務局で外国の事故報告書に目を通していた。正直、人が被害にあった事故の調査報告書を読むのはしんどい。どうしても想像してしまう。そんなことを先輩に言えば、「そのうち慣れるさ。株価の数字と同じだ」と励まされた。しかしいつまで経っても慣れない。俺、この仕事、向いてないのかもしれないな、と思った時だった。

 テレビに嫌な音の速報が入ってきた。テロップが告げる。「南島で転移事故。十五名ほどが生き埋めか」。転移事故。主席有人転移事故調査官ミタスタスがパイプ煙草の火を消して立ち上がった。

「シーグくん、出る準備しておきなさい」

「は、はい」

 

 南島発、首都行き。それが今回事故を起こした転移魔法だった。南島は観光地で、小さな転移会社がいくつも本島との転移を運行している。事故を起こしたのはそのうちの一社だ。小規模――とはいえ転移魔法陣を維持するものとしては――の会社だった。転移の飛び心地より利便性、もっといえば安さを売りにしている。

「南島ですか。仕事じゃなかったら嬉しいんですけどね……」

 シーグたちも転移魔法で南島におりたつ。転移事故の話を聞いた後、転移をするのは少し肝が冷えた。もちろん、いつもどおり着いた。当然ながら無事だ。しかし、この「安全な転移」が絶対ではないことをシーグたちはよく知っている。島に着くと、港に大きな船が見えた。

「今でも船が出ているんですねえ」

「リゾート地だからな。他国からもきているようだ」

「へえ……でも、警察がいますね?」

「ふむ?」

 なにか事件でもあったのだろうか。魔力船で事故があったのかと思ったが、それならもっと大騒ぎになっている。ミタスタスはのんびりとそちらから目を戻した。このぽやんとした目が事故現場をみると鋭くなるのだから人間とは不思議なものだ。

「……おおかた密輸の摘発でもしてるのだろう」


「……ここか」

 ここでも警察は働いていた。さっきの警察とは部署が違うのだろうが、なんとも御苦労なことである。

「転移安全委員会、本件の責任者ミタスタスだ。状況は?」

「はい、本日17:08発、首都ツイロー行き転移が失敗しました。乗客乗員は近くの山中で発見されました。現在救助中ですが、その……厳しい状況です」

「厳しい、とは」

 言いにくそうに言葉を濁した警官に、ミタスタスは詳しくいうように促した。警官はぐっと詰まったが、嫌そうな顔をして説明し始める。

「転移失敗により、不適切な座標に放り出されたようです。それで場所が……エントデクン山の土の中でした」

 うっと想像したシーグがうめいた。

「掘り出していますが……おそらく……。魔素濃度が高く、救出が難しいと」

「わかった。そちらは救助隊に任せる。では、転移魔法陣を見せてもらおう」

 警官に案内されて魔法陣を見にいく。その間にもミタスタスは社内の様子を観察していた。無駄に豪華なつくりではないし、逆にオンボロというわけでもない。従業魔法使いたちも、事故のあったときのマニュアル通り、現場のものをうごかさないように待機していた。……一見して、「事故を起こしやすい雰囲気ではない」なとシーグは思った。

 転移部屋の前で立ち止まった警官が言う。

「大きな魔素反応が出ています。800mpl/h程度です。防御を」

「ああ、わかった」

 言われたとおり、対魔素防御魔法を自らにかける。800mpl/hだと自然量より有意に多い。魔素は魔法を使うとき使用するエネルギーのようなものだ。このエネルギーが多かったり少なすぎたりすると、魔法が正常に働かなくなる。魔法を使った機器も使えない。外的要因で転移軸が狂わないように、人を飛ばす転移魔法陣は転移部屋と言われる隔離場所に置かれることが義務付けられていた。

「つまり、この魔素は外からもたらされたものではなく転移魔法の暴走によって増加した可能性があると」

「そのとおりだよ、シーグくん」

 部屋の奥に転移魔法陣があった。今は起動していないはずだが淡く光っているのは魔素の影響だろう。中央に大きな亀裂があった。これは事故の影響だろう。魔素の暴走だろうか。それは事故の原因だったのか、それとも結果だったのか。

「事故を起こしたのは、この第3号一般旅客転移魔法陣です。術式はcp-kyu9536、約8年前に導入したものです。一年ほど前に修理したと」

「ふむ……起動呪文は?」

「こちらに実際使用していたマニュアルがあります」

「わかった。魔法陣の魔力の流れはトレースできないな。傷があるし、部屋の魔素濃度が高すぎる。……シーグ、魔法陣が適切に描かれているか見てくれ」

「はい」

 シーグは魔法陣の前にしゃがみ込む。この術式は中小の転移会社で多く使われているもので、 初期こそ小さな問題があったが今では安定した転移魔法陣として知られている。8年間事故がなかったのだから、初期不良は考えにくい。しかし修理したときに不具合ができた可能性はある。経年劣化も考えられる。

「さて……書かれた呪文に少しのかすれがあるが……」


 一方、ミタスタスは部屋を出て、聞き取り調査をしようと考える。社内ではひんぱんに電話が鳴っていた。ミタスタスが声をかけると社長が聞き取りに応じる。彼は暗い表情で額を押さえた。大事故を起こした会社の責任者としては正常な反応だろう。

「家族が巻き込まれたんじゃないかとか、そんな電話ですが、こちらではなんとも答えられず……」

「ここに電話してもしかたないと思うんだがな」

「あとは犠牲者とわかった客の家族がですね……」

「まだこの会社が原因と決まったわけでもないでしょうに」

 やれやれ、と首をすくめてミタスタスが答えた。魔法陣が原因か、ガイド魔法使いの原因か、魔素のトラブルなのか。あるいは外部からの魔法攻撃の可能性も未だ捨ててはいけない。それでも人が死んだとなれば、手近なところを責めたくなるものだ。まあ、原因がどうあれ失われたものが戻ってくることはない。

「そのガイド魔法使い、事業用転移免許は」

「11年前に取得しています。うちでは中堅として働いていました」

「社長から見て、腕の方はどうでした?」

「悪くない。少なくとも精神的には安定していて、慎重で、事故を起こすようなやつじゃなかった」

「なるほど……」

「新人の指導にもあたっていました。信じられません」

「ふむ」

 ベテランだから事故を起こさないということは、ない。勤務年数が増えるほど油断するタイプの魔法使いもいるし、ベテランでもどうしようもないほどの「なにか」が起こることも考えられる。転移は一瞬で、転移事故も一瞬だ。なにかがおこったとしても回復の余地は少ない。

「ここ二週間の勤務表と、給与の額、あと病気がなかったか調べさせてください」

 事故の原因とはひとつとは限らない。多くは複合的なものだ。ちょっとした魔法陣の不具合を、人間のエラーで拡大させるようなこともありうる。人為的なエラーを起こしやすい状況になかったかの調査も必要だった。


 シーグは魔法陣を調べていたが、魔法陣やその呪文自体には異常がないことがわかった。少し呪文にかすれがあるが、致命的ではない。となると、魔法陣にできた大きな傷が原因だろうか。だとすると、なぜこんな傷ができた?

「魔素の暴走か……」

 魔法に使われている魔素は不安定なエネルギーだ。不安定だからこそ爆発的で汎用的な力を生み出すともいえる。

「考えられるのは……旅客か積荷に問題があったか」

 シーグが立ち上がったとき、ミタスタスが転移部屋に戻ってくる。魔法陣を見て、シーグに目を移した。

「マニュアルには問題はなかった。もっとも省略してたとすればわからないが、従業魔法使いに再現させたところ大きな省略はなかった。組織レベルでいい加減な操作がされていたとは考えにくい。……そちらは?」

「魔法陣に問題はありませんでした」

「そうか。魔法陣が原因ではない、人為的ミスの可能性もいったん置いておこう。では、次は何を考える?」

 ミタスタスはすでにわかっているようだ。若いシーグから答えを引き出そうとしている。シーグはすこし緊張しながらも自分の考えを述べることにした。

「乗客による転移ジャックか……積荷を使って故意に魔素を乱した事件か……」

「……ふむ。どうやら、積載物のチェックが必要なようだ」

 どうやら正解だったらしい。ミタスタスは部屋から出るようにうながすと、もう一度魔法陣の傷に目をやった。


 部屋から出て、ミタスタスは警察に連絡をとった。電話を受けた警官が答える。

「さきほど、16人の遺体が発見されました。これで全員だと思われます」

「そうか。……そちらも魔素濃度が高いそうだね?」

「ええ。暴走事故にしても異常なくらい高くて……」

「積荷は発見されたか?」

「いえ、まだ全部は……」

「気をつけてくれ。魔法を暴走させた荷物の可能性がある」

「暴走させた?」

「そうだ。魔素を多く持ち、魔流を乱したものがあると思う」

「ああ、ちょっとまってください」

 誰かに呼ばれたのだろう少しの保留のあと、警官が焦った様子でこう言った。

「掘っていたら魔素濃度が急激に高くなって……」

「そうか。おそらくそれだろう。わかったら連絡してくれ」


「荷物が魔素を乱して事故を起こしたと……」

 電話を聞いていたシーグが確認した。しかし高魔素の荷物とはなんだろうか。

「転移ジャックなら、一時的に魔素が暴走しても遺体まで高濃度のままということは少ない。転移魔法陣はともかくとしてね」

「はあ……ではテロ、ですか?」

「犯行予告がない。それに、魔爆弾のほうが簡単だ。魔爆弾は魔素の流れを完全に壊すものだから、こんな座標軸がずれるくらいの事故ではすまないだろう。可能性としては低いな」

 なるほど、魔爆弾が使われた例を調査報告書で見たが、魔法陣が大きく破壊されたとあった。遺体の収容も困難を極めたそうだ。今回のような傷ではおさまらないだろうというのはなんとなくわかる。

「じゃあ、事故に見せかけようとしたんですかね? 保険金詐欺とか……」

「……真実はもっと単純かもしれんぞ」


 そのとき、ミタスタスの電話が鳴った。出るとすぐに先の警官の声が飛び込んでくる。

「ありました。鳳凰の羽です!」

「それが転移魔法を乱したんだんだろう。荷主は?」

 鳳凰の羽は古くから魔力の増幅に使われていたものだ。しかしアッツナイ条約により、鳳凰の狩猟捕獲が禁じられるとともに羽の持ち出しも禁止されている。未だに密猟密輸が絶えることのない高級品だ。非常に強力な魔素を持つもので、一般転移禁止物品にもなっていた。

「乗客のひとりです。テロでしょうか?」

 転移魔法の際の荷物には印がつけられている。万が一、違う座標軸に飛ばされてもすぐにわかるようにだ。そのおかげで荷主の特定は容易だった。当然、土の中で死んでいたわけなので、事情を聞くことはできない。

「わざわざ高価な羽を使ってまで? ならば、もっと簡単な魔爆弾でも仕掛けますよ」

「……では、密輸しそこなったと」

「保安検査に引っ掛からなかったということは、相当高度な隠蔽魔法を使っていたはずだ」

「発見された羽は黒ヤギの皮で包まれていましたね。魔素が漏れないように、ですか」

「しかし、転移魔法は中のものすべてを捉える。例え魔素を隠蔽していても」

 羽は人の目、魔法監視装置の目はかいくぐれたが、転移魔法は効いてしまった。そして羽へ作用した魔法は増幅、暴走して逆流、事故を起こしたというわけだ。これ以上は実証実験が必要になるけれども、おおよそそのような仮説が立てられた。

「……間抜けな事故ですね」

「そうさ、事故とは多くがそういうものだ」


 電話を切ったミタスタス。シーグがため息とともにつぶやく。

「鳳凰の羽の密輸だったんですね。……どういうルートの密輸なんでしょう」

「鳳凰のいる西国からは海を渡ったのだろう。ほら、あのクルーズ船だ」

「ああ……」

 船は簡易な移動手段としての地位を失った今でも、優雅に旅を楽しみたい旅行客用に南島を出入りしている。船は転移魔法に比べて保安検査が緩いともいわれる。魔素の流れが変わると致命的になりうる転移魔法と違い、魔法を使うとはいえ船は古き良き時代の技術だからだ。

「ところが、警察の捜査が入ることになって慌てて逃げようとした。そして失敗したのだな」

「……他の人はまきぞえ、ですか」

「そうなる」

 シーグはなんとも表現できない気分になった。

「やってて気持ちよくない仕事ですね、これ」

「我々なんぞ、仕事がないに越したことはないのさ。それでも次の事故がおこらないようにするだけだ」

 それからミタスタスは無意識にポケットに煙草を探し、すぐにやめた。

「ガイド魔法使いのミスではないことがはっきりしたな?」

「あ……」

「保安検査に問題があるのかもしれん。しかし、見た限りではガイドに責任はなさそうだ」

「……」

「真相がわかって、よかっただろう」

「……はい」

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