2-1.教えて
南北を森に挟まれた道に、少女が二人。
一人は橙色の長髪を持ち、頭の上に狼の耳を揺らしながら地面に座っている。
もう一人は肩口に触れないくらいの黒髪で、狼耳の少女に膝枕をされていた。
「なかなか起きないなあ…。」
リコ、と先程名乗った黒髪の少女。
辺りの"鎖"が完全に収まった直後、彼女は気絶してしまった。
狼耳の少女———ロアにはリコを背負って進める程、荷物に余裕がない。
放浪生活を送るロアのリュックサックには、生活の為の必需品が詰め込まれている。
ヒトを運ぶ代わりに荷物を捨て置く、という訳にはいかないのだ。
名を聞いた時はてっぺんにあった太陽が今はもうかなり傾いており、空も少し赤らんできている。
「今日はもうここでかなあ。…半日分の遅れかあ…。いや、まあ、別に急いでないけど。」
独りごちながら、ロアは自身のふとももで寝息を立てるリコに目をやる。
リコのフード付きジャケットには、鎖を模した金色の刺繍…のようなものが至る所に入っている。
ロアの放浪経験は6年程であったが、その経験の最中もこのような服を見たことはなかった。
"鎖"の顕現中、服の意匠が発光していたことを思い出す。
きっとリコは、あたしには分からないなにか大きなモノを背負っているんだろう。
ロアはそう思った。
「う、ん…。」
ロアがそんなことを考えていると、リコが身動ぎをする。
閉じていた瞼がゆっくりと開かれ、金色の瞳がその奥から覗く。
「あ、起きた?おはよ、リコ。」
——————
記憶を失ったリコが、目覚めて初めに見たモノは、ロアだった。
「世界を照らす陽射しの色をした人が、ワタシを見ている。」
世界のことも自分のことも忘れていたのに。
起きて初めに、一番初めに、リコはそう思った。
ロアの色を、ロアの色が連れてきた陽射しの記憶を、ロアを、憶えた。
そして、二度目。
名前を取り戻したリコが、目覚めて始めに見たモノも、ロアだった。
身体も心も暖めてくれる柔らかな炎が、ワタシを包み込んでいる。
起きて始めに、リコはそう思った。
ロアが、ロアの色が、また記憶を引き連れてきてくれた。
——————
「おはよう……ロア。」
目覚めたリコは、笑いかけてくるロアにそう言葉を返した。
名前を憶えた、その事実を示す為、確認する為の行為は、リコにくすぐったい感情をもたらした。
(…?)
むずむずする衝動に起き上がろうとして、リコは気付く。
ロアがワタシに膝枕をしてくれてる。
無意識的に、後頭部の感覚を捉えた。
固い。
肉…と言えば肉っぽくなくもないが、どうにも固い…。
腰を起点に上半身を持ち上げて地面へと座りながら、後ろを振り向く。
ふとももは革鎧に包まれていた。
(……?)
———
「大丈夫?起き上がっても平気?」
「うん。平気だよ。…さっきまで、ありがとう。」
「いやー、全然いいよいいよ!」
言いながら、ロアはぴょんぴょんとその場で跳ねる。
押し付けられていたから動かなかっただけで、長時間の正座姿勢はぶっちゃけつらかった―――が、そんなことは口にも出さない。
持ち合わせる優しさに合致したからこそ辛うじて憶えることができた、ロアの数少ない処世術だった。
「良かったー、なんともなくて。あんな規模で異能が暴走したから、正直ちょっとキミの体調が不安だったんだ。」
「えっと、異能…が暴走すると、危ないの?」
「あっ、そっか。異能のことも、キミは…」
「うん。分からない。」
リコの記憶は、ひどい歯抜けになっていた。
人間とケモノの違い、食べられる物とそうでないものの境界線、ヒトが服を着る理由、金銭の存在、言葉。
生きていくために必要な、基礎的な常識は残っていた。
しかし、そうではないもの。
異能とはなんなのか、ある果実が食用なのか非食用なのか、この貨幣はなんという単位なのか。
ヒトと関係を築くために必要な、ヒトとして幸せな生活を送るために必要な、様々な知識。
その類の記憶は、ひとつも残っていなかった。
「でも。……ロア、ワタシに、教えてくれる?」
「もちろん!」
———
「ロア先生の特別授業!異能のことを知る前に、まずは魔法のこと!その方がすんなり分かると思う!」
「わー、おねがいします。」
「まず取り出したるは、はいっ!魔法式ライター!」
「らいたー、小さい箱?」
「これはね、魔法を込めた道具だよ。見ててね?」
「…わ、火が。」
「魔法ってのはね、"現象を起こすチカラ"のこと。火を付けたり、逆に冷やしたり、風を吹かせたり、光を出したり、とにかくいろいろ!」
「チカラ…モノの名前じゃ、ないんだ。」
「そうだね。詳しい原理はわかんないけど…そこら中にある、マナ、ってエネルギーを使って起こる、現象そのもののこと!現象の起こし方…マナの使い方にもいろんな理論があるみたいで、ずっと研究されてるんだ。」
「"不思議なパワー"、じゃないんだね。」
「そう、そこ!魔法はね、勉強して覚える"学問"なの。」
「で、その逆、まさに"不思議なパワー"、それが異能!」
「なるほど。」
「理由も方法もあやふやで、誰にでも使える訳じゃない。個人個人によってどんな異能が使えるかは違うし、そもそも異能を持ってない人がほとんどだから、その正体がなんなのか誰も知らない。そんな…まあ、よくわかんないのが異能!」
「学んでもわからないチカラ、ってことなんだ。」
「そ!…まあ、完全に未知のモノって訳でもないよ?だいたいはマナを使わないとか、使いすぎると頭が痛くなるとか、発動中は目が光るとか…まあ、あたしも異能を持ってるからね、感覚的にわかってること、ではあるんだけど。…以上、ロア先生の特別授業、でした!」
———
「で、キミの鎖は、多分異能だと思う。目が光ってたからね。…でも、その服は…。」
「これは、ワタシもわからない。思い出せない。」
異能はヒトに宿るものだ。
単に鎖を喚び出し操る異能であるならば、服の意匠が光るのはその異能の範疇に含まれるのか?
それに、目の色。
あの光は、金とは似ても似つかぬ白色。
今までのロアの旅路に、目の色と異能の光が違うヒトが現れたことはなかった。
……。
——————
「随分遅くなったねえ。今日はもうこの辺りで寝ようかな。」
ロアとリコが座って話している内、太陽は遂に顔を隠し始めた。
次第に闇が道を覆い隠すだろう。
月のお淑やかな光では、旅をするには頼りない。
「ちょっとごめんね、野宿の準備するから。」
ロアは立ち上がった。
周辺の適した場所を探して、リコの隣から離れていく。
リコの隣から。
いなくなる。
「あ……。」
「ワ、ワタシも手伝うっ……!」
書きたいとこだけ 内なる茶器を解き放て @Tea_mug
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