【ショートストーリー】鏡の中の他人

藍埜佑(あいのたすく)

【ショートストーリー】鏡の中の他人

 ある日、静かな小さな町のアンティークショップで、ミノルという男が一枚の魔法の鏡を手に入れました。


 家に帰ったミノルは早速鏡を覗き込みました。しかしそこには自分が映っているはずなのに、見知らぬ人物が映っていました。その他人はミノルによく似てはいますが、彼よりもずっと人間らしく、幸せそうに日々を楽しんでいるようでした。


 無職で恋人も親しい友人もいないミノルの人生は、鏡の中の人生とは正反対でした。彼は鏡の中の人生に憧れ、自分も同じように生きてみたいと強く願いました。鏡の中のミノルは成功者で、友人に囲まれ、愛する人と幸せに過ごしていました。


 ミノルは必死に努力しました。しかし彼が鏡の中の人生を叶えようと努力すればするほど、現実の人生はさらに厳しくなりました。ミノルは鏡の中の人生を追い求めるあまり、現実の家族や友人との関係を疎かにし、現実の自分を見失い始めていたのです。


 彼が落ち込んでいると、その鏡の中の他人は突然話し始めました。


「ミノル、僕はきみが本当になりたい自分を映し出すための鏡だ。僕はあなた自身の理想像だ。それを目指すことは大切だけど、現実を全く見なくなることは危険だよ。これは魔法の鏡、だけど魔法が全てを解決するわけじゃない。本当の幸せは何かということをもう一度考える必要がある。そう思わないかい?」と。


 そう言われ、ミノルは気づきました。彼が魔法の鏡に映る人生を追いすぎて、自分の今の生活、人生を軽んじていたことに。ミノルは鏡を置き、すべてをリセットしました。現実の人生に自分なりに、自分が出来る範囲で立ち向かうことを決意しました。決して無理はせず、身の丈にあった範囲内で……。


 数年後、ミノルは新たな人生を手に入れました。それは巨万の富を得たわけでもないし、絶大なる名声を手に入れたわけでもない、普通の生活。しかし、彼は多くの友人に囲まれ、愛する人と過ごし、毎日を楽しんでいました。


 ある日ミノルはふと思い立って、クローゼットにしまいこんでいた魔法の鏡を久しぶりに取り出しました。そこには今度こそ本当のミノルが映っていました。


「そうだ、これでいいんだ」


 ミノルは微笑みました。鏡の中のミノルも同じように満足そうに微笑みました。鏡の中の他人は、もういませんでした。


(了)

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【ショートストーリー】鏡の中の他人 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi

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