第41話 規格外の存在

早乙女学院から車を走らせること約五分。

この辺りでは一等地に位置する住宅街の中心にそびえ立つ一軒家。

ここが早乙女家の御曹司である秋音が住む家になる。


「それでは皆様。私は車庫へ用があります故、少しの間失礼致します」


全長六メートルを超える車体を停めるとなると、専用の車庫も必要になる。

玄関前で四人が降りたことを確認した黒川は、丁寧に頭を下げた後に運転席へ戻り、そのまま車を走らせてどこかへ行ってしまった。


「――やっぱエグイっすねあの車」

覗き込むように走り去った車を凝視する七海は、改めて自分が乗っていた物がとんでもない代物であったことを実感した。

日の光で黒塗の光沢を放つ高級リムジンは、遠目であってもその存在感は薄れることなく通り過ぎる人々の視線を釘付けにする。


「秋先輩、もしかして毎日あれ乗ってるんですか?」

「乗るわけないでしょ、あんな車」

数千万は下らない高級車を『あんな車』と吐き捨てるように揶揄しては、秋音は興味を無くしたように背を向ける。


「まぁ確かに、運転しにくそうですもんね!」

「七海、同意することそこか?」

「え? あ、そうか! 先輩が言いたいのは座席多すぎてどこ座っていいか分かんないって話ですね?」

「いやその……いや、なんでもない」


いまいちかみ合わない二人の会話を他所に、秋音は鞄にしまってある鍵を取り出す。


「んー、新聞だけか。今日新作のゲーム届くはずなんだけなぁ」

秋音は独り言を呟きながらポストの裏側を開けて中身を確認し、門扉を開けてそのまま玄関の方へ歩いていく。


その背中を追いかけるように裕作も後を付いて行こうとした矢先、七海が「ちょ、先輩」と声をかけた。


「ん? どうした?」

「いや、その……」

話しにくいことなのか、秋音の様子を伺いつつ小声のまま手招きをしている。

未だに眠っている沙癒をお姫様抱っこをして抱える裕作は、耳だけを傾けた状態で七海の話を聞く。


「なんかあったのか?」

「いやその、なんか意外だなって思って」


耳打ちで聞いた言葉に対し、裕作が「なんのことだ?」と問いかける。すると、七海は頭を掻きながら見上げるように秋音宅を凝視した。


白を基調とした三階建ての一軒家。

一般車であれば二台は入るであろう大きめの車庫に、重量感のある門扉。

玄関前へと続く道……いわゆるアプローチは赤いレンガが敷き詰められ、緩やかな階段が二、三段ある。


家の外装を見るだけでも大変立派な邸宅であり、見るからにお金持ちであることがよくわかる。

しかし、それでも疑問に思う事が七海にはあった。


「いやその、もっと大きな家なんだろうなぁ~って思ってたので、意外と庶民的なんだなぁって安心しました」


そう、あまりにも普通過ぎるのだ。

放課後に専属の執事が出迎え、黒塗りの高級車に乗り、ようやくたどり着いたのがこの家である。

七海が想像していた、見渡す限り壁で覆われた巨大な敷地でなければ、漫画でしか見たこともない超巨大な豪邸でもない。


一般的な視点で言えば十分すぎるほどの家でも、秋音の家だと言われれば少々スケールに物足りなさを感じざる負えない。


「あー、そういうことか」

なんとなく理解した裕作は、どう説明すればいいかを考えるように眉間に皺を寄せる。

云々と考えながらも、なんとか説明しようとする。


「七海、ここは秋音の家だ」

「? そう聞きましたよ?」

「その、何て言うか……秋音が住む為だけに建てられた家なんだよ」

「?????」


同じことを繰り返し言っているだけに聞こえるかもしれないが、裕作の言っていることはあながち間違いではない。


そう、ここは秋音が住む場所であって早乙女家の家ではない、と言った方が正しいかもしれない。


薄々に察し始めた七海は、確認の為に恐る恐る質問をする。


「えっと、もしかしてここには秋先輩しか住んでいないんです?」

「――そうなる。要は別荘みたいなもん……だと思う」


一般的な家庭では、家にある飽き部屋の一つを自分の部屋として与えられるケースがほとんどだろう。

しかし秋音は、早乙女学院に入学と同時に学院から近いこの一等地に新居をプレゼントされた。


一流のサラリーマンがローンを組んで建てるような立派な住宅も、早乙女家にとっては息子の通学の為にマンションの一部屋を借りるようなものである。


「噓でしょ……下手したら僕の住んでるアパートより立派っすよここ?」

「安心しろ、俺の家よりもデケェよ」

「で、ですよね〜」

軽く引きつった笑みのまま返事し、もう一度秋根の家を見上げる七海に対し、もう既に見慣れたと言わんばかりになんともない表情を浮かべる裕作。


ちなみに、秋音の両親が住んでいる本邸はこんなものではないのは火を見るより明らかなのだが……その話はまたの機会になりそうである。


「二人とも何してんの? 置いてくわよ!」

可愛らしいキーホルダーが付いた長細く立派な鍵をクルクルと指で回しながら、玄関前で声をあげた。


その声を聞いた七海は、ハッと我に返るように秋音に視線を戻してから、急いで秋音の元へ駆けつける。


「裕作、あんたもボケっとしてないで早く来なさい!」

「はいはい、今行くよ」

急かされるまま、裕作は後を追うように二人の後を追うように玄関へ向かったのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男の娘がヒロインでもラブコメは成立しますか? 芳樹 @yosikiti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画