終章

「ねえ! どういう事……?!」


 『そなたの顔を見ると虫酸むしずが走る』と鼻を鳴らし出ていった黄昏の背中を見送り、まだ混乱した頭の中でガヴィに訊ねる。

 

 ガヴィがノールフォールの領主になる、という事は一体どういうことなのか。


 ノールフォールは北の辺境の地である為、ちいさな村が数カ所あるくらいで領民は少ない。が、森は広大で国境に面している為に警備に関しては力を入れなくてはいけない土地だ。

 領地を持たず、面倒事は御免被ごめんこうむる……と言うていであったガヴィが一体どうした事か。

しかも拠点を王都からノールフォールに移したらこのお屋敷はどうするのだ。

 混乱の極みにいるイルを、ガヴィはしばらくじっと見下ろすと、「……直球でふところに入って来る割には鈍感かよ」と小さく呟くと、すぐに勝ち気な顔でイルの顔を覗き込んだ。


「だから、俺がノールフォールを治めてやるっつってんの。ここの屋敷は城に来た時の滞在場所にするから問題ねえ。そもそも、俺はノールフォール出身なんだよ。俺も古巣に戻るみてえなもんだし、都会暮らしより田舎の方が本当は好きだしな」


 自分の特技を活かしつつ、のんびり森住まいが出来ればガヴィは言うことはない。……防衛業務等が絡んでくるとのんびりというわけにはいかないかもしれないが、それはこの際隣に置いておく。なんとかなる。なんとかする。


「なんだよ、迷惑か?」と笑うガヴィに、イルは胸がいっぱいになって俯いた。


「……なんで、そこまでしてくれるの……?」



 ノールフォールの森で出会って、ずっとガヴィの背中を追ってきた。


 口も悪くて、いつも喧嘩ばかりで。


 ……でも、いつも助けてくれた。

 ガヴィの燃える様な髪を追いかけて、振り向いた先の笑顔を見たら頑張れた。


 けれど、イルからガヴィには何も返せていない。なんにもあげられていないのに。


「――」


 俯いて声を震わせたイルに、ガヴィはいつものようにくしゃりとイルの髪の毛をかき混ぜた。


阿呆アホ

 ――慈善事業で動いてるわけじゃねえよ。俺が、やりたくてやってる。それに、お前は自分の事を卑下するが、お前はお前のまんまでいいんだよ」


 え? とガヴィを見上げる。


「……お前が、お前らしくいたから、俺はまた前を向いて歩きだそうと思えた。

 お前が、真っ直ぐ俺に気持ちをぶつけてきたから、俺はここで生きていこうと思えた。

 ……飾らなくても、頑張ってるお前は充分誰かの力になってるよ」


 そう言って細まった菫色すみれいろの瞳が、今までに見たことが無い優しい色をしていて、イルは目の前が急にぼやけていったけれど、ガヴィにぎゅうっとしがみついて誤魔化した。


 少し前なら、「ちょっと離れろ!」なんて言い合いになったけれど、しがみついたイルの背中を何も言わずガヴィもそっと抱きしめ返してくれた。



 ガヴィの胸の中から少し顔を上げて窓から見えた先の庭には、いつものように花が揺れ、木々の間から零れ落ちた光が足元を照らしている。


 当たり前の、なんの変哲もない日常があることのしあわせを、ガヴィの鼓動を聴きながら、イルはもう一度抱きしめた。


❖Fin❖


2024.1.28 了



↓このお話の番外小噺


恋知らずが焦がれるは高嶺の花

https://kakuyomu.jp/works/16817330668440716307/episodes/16817330668441005461

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