小噺 其の参 恋知らずが焦がれるは高嶺の花
カラコロと軽快に回る車輪の音を聞きながら、銀の髪の公爵ことゼファー・ティグリス・アヴェローグは、久しぶりに少々少女趣味かとも思える友人の家の門をくぐった。
この屋敷を彼に世話したのも自分であるし、ここに来たことがないわけでは無かったが、お互いに忙しい間柄である。
仕事で顔を合わせることは多々あれど、こうやって完全なプライベートで訪れることは本当に久しぶりだった。
とはいえ、久しぶりの訪問であるのに着いた途端、友人である赤毛の侯爵は所用で出かけていて不在だという。
この日がいいとそちらから指定しておいて不在とは失礼にも程がある。
が、「主人はすぐに戻りますのでそれまでごゆっくりお寛ぎください」と申し訳なさそうに出迎えてくれた執事と、今日の目的は彼の顔を見に来ただけではないのでよしとした。
そもそも、公爵であるゼファーにこのような対応をすること自体、本来ならば不敬極まりないし処罰ものだが、彼にとっては気の置けない友人だと思っているからこその対応だろう。
それが解っているから、ゼファーは特に気分を害することもなく案内されたリビングへと足を踏み入れた。
執事のレンはゼファーの荷物を受け取ると「お茶をご用意してきます」といってその場を離れた。この屋敷には侍女すらいないので客人となれば対応は全て彼一人だ。彼も大変だな、とゼファーはレンの後ろ姿を見送った。
「おや」
屋敷に付けば、もうすっかり妹のように思っている黒髪の少女が飛び出してくると思っていたのだが、予想に反してリビングに入ってもその気配は無かった。
代わりにテラスから差し込む光が揺れるリビングのソファーにいたのは、艶やかな漆黒の髪を惜しげなく片側に流した絶世の美女。そしてその女性の膝の上には、ゼファーが今しがた探していた黒髪の少女がすやすやと頭を預けて眠っていた。
「……これは、もしかしなくても貴女が
ちゃんとお目にかかるのはこれが初めてですね、お初にお目にかかりますゼファー・アヴェローグと申しますと微笑んで挨拶をすると、美女は少女によく似た金の瞳を細めて、
「あの男の友人にしては品がいいな。
……人間にもそなたの様な美しい者がいるとは」
と真顔で割と失礼なことを言った。
ゼファーは「皆さん顔も性格も良く褒めて下さいますよ」と笑みを深くすると黄昏は綺麗な顔に少ししわを寄せて「やはりあの男の友だな」と呟く。褒められているわけではないのだが、ゼファーは「有難うございます」とにっこりすると黄昏の向かいのソファーに腰をおろし、そうしている内にレンがお茶を淹れて持ってきてくれた。
「我らの姫君は今日も眠り姫ですね」
母の膝で眠るイルを見て、小さな声でクスクスと笑う。
「……そなたにも、娘が世話になったそうだな」
そなたが来ると聞いて、この子はそなたの良いところや素晴らしいところを私に語りに語って寝落ちたのだ。
そう言ってイルの髪の毛をすく指先は慈しみのこもった母の手であった。
ゼファーの胸に飛び込んでくる時の彼女は、いつも自信なさげで不安に揺れていた。
それはきっと、愛されているという確固たる思いが無いことからくる不安なのだと思っていたが、そこに愛情を注いでくれる人が現れてくれて心底よかったと思う。
「……いいえ、私は何も。
彼女と立場は違いますが、私も幼い頃に地位や富や見た目に振り回された経験がありますから、他人事とは思えなかっただけです。
……それに何より、彼女自身の前向きな性格が、私には眩しく好ましく映った。
力になりたいと思うのは、彼女自身の魅力です」
それに、彼だけに任せておくと不安もありましたし、とぼやくゼファーに黄昏は心底同意する。
「全くだ。あの男、図体だけでかくなりおって
……中身はてんで子どもの様だ」
あれのどこが良いのか、私にはさっぱりわからん。
苦々しく呟く黄昏に、ゼファーは苦笑を隠せない。
「……まぁ、そこが彼の良いところでもあるといいましょうか。
口の悪さは玉に
ガヴィも、イルも、私にとっては大切な友人で、弟や妹みたいなものです。
でも、もしイルを泣かせるようなことがあったら、私からもガツンと一発お見舞いしておきますからと軽く握りこぶしを作ったゼファーに、黄昏は「今からでも娘の相手はそなたにならぬか」などと割と本気でぼやいた。
「私が相手では一回り近く歳が違ってしまいますよ」とゼファーは笑ったが、ガヴィとイルだって九つも離れている、一歳や二歳くらい何も変わらんだろうと言われてしまえば確かにその通りではある。
「そなたとて、嫁取りなどせねばならぬのだろう?」
人ではない精獣からやけに人間くさい話題を出されて、ゼファーは目を瞬いた。
「それは……まあ、そうですが」
まさか先日まで相対していたはずの相手から娘との見合いの話を持ち込まれるとは人生色々あるものだ。ゼファーは苦笑いしながら言葉を返す。
「実のところ、結婚に関してあまり興味がないのです。
私は血を繋ぐつもりがあまり無いからこそ王家から離脱したので。私の血統は増えるだけで禍根を残す可能性がありますから」
地位も財産も欲せず、周りから何を言われてもどこ吹く風のような、なんのしがらみもない伴侶がいれば話は別だが、王家から臣籍降下したとは言え、王族の血を引くのは明らかなゼファーに求婚するような者は貴族然とした利害のある者しかいないだろう。
侯爵と言えどもその出自が特別なガヴィのようにはなかなかいかない。
「フン……人とは本当に面倒くさい生き物よな。見た目が全てではないが、そなたのような見目も美しく、能力的にも有能な遺伝子を後世に残さぬとは……ほんに馬鹿らしい話よ」
人並み外れた美しさを持つ精獣にそこまで褒められて悪い気のする者はいないだろう。
人には褒められ慣れているゼファーであったが、人の都合や理など関係のない黄昏に
「……では、黄昏殿が婿にもらって下さいますか」
なにを思ったか、そんな事を口走るくらいには。
黄昏はポカンとした後、こらえきれぬと言った様子でその秀麗な顔を歪めて肩を震わせた。
「お前、なかなか面白い男だな!」
この私に求婚するとは!
ハ、ハ!と収まらぬ笑いの発作をなんとかして納めようとするがなかなか叶わず、そこまで笑われると思っていなかったゼファーは珍しく顔を赤くした。
「あれぇ……? ゼファー様……?」
頭上での大人二人のにぎやかな会話に、流石にイルの目が覚めた。
私また寝ちゃったの? やだな〜起こしてくれればよかったのにと目をこする。
ゼファーが来るのを心待ちにしていたのに、彼の魅力を語るうちに寝落ちてしまった。
情けない。
しかし、目が覚めると何やら母は楽しげだし、何故かすでにゼファーとも打ち解けた様子だ。
「なーんだ、私が紹介するつもりだったのに。
……なんだかすっかり仲良しだね?」
ちょっぴり残念そうな声色でイルが唇を尖らせる。
何故かいつもより口数の少ないゼファーに、イルは心配して顔を近づけた。
「ゼファー様、平気? なんだが顔が赤い――」
ゼファーは大事ないと伝えようとしたが、彼が口を開く前にすかさず黄昏が口を挟んだ。
「イル、銀の髪の公爵がお前の父になってくれるらしいぞ」
「……はあ?」
困惑するイルを横目に、黄昏の笑いの発作が再び起こる。
「……黄昏殿……もうお許し下さい……」
顔を覆ってがっくりと項垂れるゼファーといたく楽しげな母に、イルは何がなんだが解らずにガヴィが帰宅するまでの間、オロオロとするしかないのであった。
2023.3.22 了
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❖あとがき❖
本編3直後の話。
幼い頃から跡目についてのゴタゴタを見てきた銀の髪の公爵様には血を繋いでいく気がありません。
国王を支えて自分の家系は一代で絶えればいいと内心思っています。
でもガヴィやイルや国の歴史に触れて、先人が繋いできたからこそ今があるんだと言う風にも思えてきた今日この頃。
自分の見た目は政治的武器になるとは思っていても自分の長所だとは思っていなかったご様子。
自分より身分も能力も上の者があまりいなかった中で出会った、身分など関係なく自分が絶対に敵わない黄昏との出会いでこの先将来観が変わっていく事になる……予定?!
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