小噺 其の弐 しるべ

 アルカーナ王国の建国を祝う『創世祭そうせいさい』。

 はじまりの鐘は午前九時に鳴らされるらしいので開始までには小一時間ほどあるが、城下街はもうすっかりお祭りムードに包まれていた。



 広場には所狭ところせましと屋台が並び、祭りの鐘がなるのを今か今かと待ちわびているし、家々の壁には色とりどりのガーランドや、アルカーナの国旗をデザインしたタペストリーが壁を覆い、窓際には華やかに花が飾られている。


 道行く子ども達は祭り用なのだろう、普段は着られない実用性からはかけ離れた衣装を身にまとい、髪にはキラキラと光る粉を振りかけている。

 本番前の練習だろうか、脇道にかたまり楽器を持った人達が軽快な音色で音楽を奏でていて、祭りの準備をする人達の耳を既に楽しませていた。



 巡回時間はまだであるが、既に祭事用の礼服に着替えていたガヴィはアカツキを連れて祭り開始前の城下街を通り、王城の東側に位置する屋敷に向かっていた。


 その屋敷は前国王の王弟であった人物の屋敷で、王城の敷地と一部が繋がっている。

王族の住まいであるのだから特に不思議な事もなく、しかし王弟殿下は国民含め下々の者に余り興味のないお方であったので、以前は王弟殿下の離宮として余り人々が近づくこともなかった。

 

 それが王弟殿下の死去後、一人息子であるゼファー殿下が皇籍を捨て臣籍降下して館を受け継いでからは、国民との交流が増え、祭りの時などには屋敷の一部を開放したものだから今ではすっかり銀の髪の公爵邸として国民に受け入れられている。

以前は『道楽王族の館』等と影では言われていたらしいその館は、同じ館なのに住む人が違っただけでまるで印象が違うらしい。


 広い門をくぐり抜け、開放感のあふれる広い前庭にはガヴィのお屋敷が四つは建ちそうだった。しかし、いつもは整然と整えられている庭は今日ばかりは門も開け放たれ、前庭にはいくつもの小さなテーブルが並び、綺麗なクロスが掛けられ、侍女たちが忙しなくガーデンパーティの準備を進めている。


 侍女たちに指示を出していた公爵家の執事長はやってきたガヴィとアカツキに気がつくとにこやかに挨拶を済ませ屋敷の中に案内してくれた。



「やぁ! よくきたね!」


 いつ見ても光り輝くような銀の髪の美貌の公爵、ゼファーは二人の姿を見ると一度に何人もの女性を卒倒させられそうな笑顔で迎え入れた。

「……いつ見ても腹立つ顔だな」

 半目で呟くガヴィの足を尻尾でパシッと叩いた。確実にゼファーにもガヴィの声は届いていたはずだが、彼も慣れっ子なのか特に何のお咎めもない。


 以前、祭りの目玉の一つとして公爵邸でお茶が振る舞われる事を聞いていたイルはゼファーに「ぜひ遊びに来てくださいね」と誘われていたが、臣籍降下したとは言え現国王陛下の従兄弟としての事実は変わらないので、ゼファーも昼には王家の親族としての仕事があるらしい。昼前には登城すると聞いていたのでガヴィの巡回警備前にお邪魔することになった。


 ゼファーが部屋の一室を貸してくれたので人の姿に戻る。流石に狼の姿ではお茶は飲めない。

 きちんと身なりを整えて部屋から出ると、ゼファーが扉の前で待っていてくれた。


「お部屋、有難うございます! あれ? ガヴィは?」


 赤毛の剣士の姿が見えないので不思議に思う。

「ガヴィは屋敷付近の巡回を先にしてから迎えに来ると言っていたよ」

 あの男、イルの相手をゼファーに押し付けていったようだ。餓鬼ガキの子守は任せた! と去っていく姿が安易に想像できてイルの眉が中央に寄った。


 ゼファーに連れられて向かった前庭には、訪れた市民が気軽に座れるように小さなテーブルと椅子がいくつも置かれ、エントランス近くには焼き菓子や一口サイズの小さなケーキ、そして色々な種類の茶葉が販売用に置かれていた。茶葉や焼き菓子を購入すると好きなお茶を一杯飲める段取りらしい。

 庭はガーランドや花で飾られ、焼き菓子と紅茶の香りが甘く漂い、とても楽しげな雰囲気になっている。一般市民はいつもはおいそれと入れない公爵邸の前庭に、無料で堂々と入れるとあって、城下街の市民は毎年この時を楽しみにしているのだ。


 例にたがわず、イルもワクワクと準備が進んでいく庭を目を輝かせながら眺めた。


「後一時間もすれば一般市民向けに開放されるからね。さぁ、イルはどのお菓子とお茶がお好みかな?」

 ゼファーにうながされ焼き菓子コーナーの前に立つ。一般市民でも買いやすいよう、焼き菓子はどれも一口サイズで、薄桃色や黄色に色づけられたホイップがキュッと絞ってあるカップケーキも小振りだ。しかしそれがまたより可愛さを引き出していて胸が踊る。

 イルはナッツの入ったクッキーと檸檬レモンピールの混ざったホイップが乗ったカップケーキをお皿に盛って貰った。茶葉コーナーには大きな瓶に入った茶葉がざっと十五は並んでいる。好みの茶葉を量り売りで買えるらしい。

「あれ? ……この茶葉って……」

 イルは茶葉の瓶に貼られた茶園の紙に見覚えがあった。くれないの里を通る隣国クリュスランツェの商人が「すごく評判がいいんだよ」とアルカーナで仕入れたとオススメしていたお茶だ。商人の好意で試飲させてもらったことがある。凄く美味しかった。

……が、値段を聞いたらとてもではないがイルには手の出るようなものではなかったのだ。

 しかし、今ここに並んでいる茶葉の価格は城下街で普通に市民が購入できる程度の価格帯だ。どう考えても以前見た時の価格には及ばない。

「ゼ、ゼファー様、このお茶ってすごーく高いお茶ですよね?」

この価格でいいんですか? 恐る恐るイルが聞くとゼファーは微笑んだ。

「ああ、……実はその茶園に出資していてね。アルカーナの西の山村にある茶葉園なんだが……、元は廃れて廃村になりそうだった村に出資して茶葉栽培を始めたんだよ。元々水も土もいいところではあったからね。そうしたらそれが思いの外当たって今では新進気鋭の茶葉園さ」 


 創世祭の時期には毎年ゼファーが通常の価格で買い取って、それを安価に市民に提供しているらしい。茶葉園の売上にも宣伝にもなるし、市民は年に一回美味しい高級なお茶が味わえるとあって創世祭の目玉のひとつなのだそうだ。

 売上はなんと全額孤児院等に寄付するという。この銀の髪の公爵は王の片腕としてだけではなく、慈善事業にも意識が高いとか。人間が出来すぎている。イルはハァ~っと感心のため息を漏らした。


 お茶は桃色と青い花びらがブレンドされたフローラル系の香りの茶葉をチョイスした。

公爵家の侍女が透明の茶器にお湯を注いでいく。ポットの中で固く閉じられていた茶葉と花びらはゆるりと緊張を解き、お湯の中で踊りながら花開いて見た目も楽しませてくれる。カップに注がれたお茶も見事な紅色で、かぐわしい香りにほぅと息をついた。


「おいしぃ~……」


 いつもは乾燥した林檎や木苺が入ったお茶を好んで飲んでいるが、このお茶も大変に美味しい。用意された焼き菓子にもとても合う。

「もー、ガヴィってばなんで行っちゃったんだろ。こんなに美味しいお茶が飲める機会なんて早々ないのに。あ、ゼファー様、焼き菓子と茶葉、いくつか私も買っていっていいですか?」


 ガヴィとレンのお土産にしよっと! いつもお世話になってるし。ガヴィには腹立たしい時もありますけど!


 そう言って笑うイルを見てゼファーは優しく微笑んだ。ゼファーは好きなものを言うといいよと言って茶葉と焼菓子を包んでくれ、イルはお金を払うと言ったがゼファーはお金を受け取ってはくれなかった。


「あ……あの、その……有難うございました」

 恐縮しながらお礼を言う。ゼファーは「喜んでもらえたなら何よりだよ」と笑みを深くした。イルはゼファーの優しい顔を見て、ずっと言おうと思っていたことをここで言ってしまおう! と背筋を伸ばして居住まいを正した。

「あの! ゼファー様! 私、ずっと言おうと思っていたことがあって……」

うん? とお茶を飲む手を休めてイルを見る。


「その……今日まで色々有難うございました! ゼファー様は初めてお会いした時からずっと優しくしてくださったでしょう? ア、アカツキの姿の時にも目を合わせて挨拶してくださったし……」


 ゼファーはまじまじとイルを見た。


「それは……まあ、貴女に害がない事はガヴィに聞いていましたし……」


「それでもです!」


 イルはグイッと身を寄せて力いっぱい答えた。

「いくらガヴィに聞いていたって黒狼姿じゃ普通警戒するでしょう? でもゼファー様はちゃんと目を合わせて挨拶してくださって……私、凄くホッとできたんです。それに……ガヴィから聞いて大丈夫だって思ったって事はそれほどガヴィの事を信頼されてるってことですよね?」


 お二人は信頼しあってるんだなって、そう思えたから二人を信じられたんです。


 ノールフォールの森から城に戻り、短い時間でガヴィから事の成り行きを報告した時にも、ガヴィの言葉を疑うことなくすぐに対応していた。アカツキの姿から人の姿に戻ってからもイルと接する態度に全く変化がない。

 一人で故郷を放り出されたイルにとって、揺るがない態度のガヴィとゼファーの存在は、往くあてもなく歩くイルにとって大きな道標みちしるべだった。

 いつかきちんとお礼が言いたいと思っていたのだ。



 ゼファーは翡翠色ひすいいろの瞳を細めると噛みしめるように「うん……」と小さく呟いた。


「……そうだな……、私はね、子どもの頃から割りと大人にばかり囲まれていたんだが、あまり信頼できる人はいなかったように思う。だから、いつか信じられる者ができたらいいな、とは思っていた」


 別に、イルと初めて会った時、特段に優しくしてやろうとか、無条件で信じたわけではなかった。単純に、ガヴィが大丈夫というのだから大丈夫だろうと思っていただけで。

 でも、彼女はそれを知りつつも自分のことを信頼に足る大人だと目を輝かせる。


 ああ、これはうかうかとしていられない。


 大人なんて、どうせこちらの気持ちなどお構いなしなのだと、冷めた目で見ていた幼い日の自分がよみがえった。

 イルの自分を信頼しきった瞳を見て、この子には、あの時のような気持ちを味合わせる訳にはいかない。そんな父親じみた感情が湧き上がってくる。


(私も、誰かのしるべになれるのだな)


 なく不安だった彼女のしるべに自分がなれたのだとしたら、幼き日の自分も少し救われた気がした。この子の信頼を裏切る訳にはいかないな、と「困ったことがあったらいつでも言っておいで」と大人の顔をしてイルに言葉を返した。



 気がつけば、自分も大人の立場になったのだなと実感したが、大人の顔をした自分も思いの外悪くはないと、銀の髪の公爵は香る紅茶を楽しみながらその後もイルの話に耳を傾けたのだった。


2024.01.19 了

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❖あとがき❖


 時系列はアルカナ王国2の第六話創世祭くらいです。まあ本編1さえ読んでいれば意味は通じるかと。

 

 創世祭の時にゼファーの所にお茶をいただきに行くエピソードを本編から省いてしまったので、いつか書きたいと思っていました。ゼファーがイルに甘い理由をどこかで書けたらいいなぁと。


 あとは単純に公爵家でのお茶パーティ楽しそう!! です(笑)普段とは違って高級茶葉とか、美味しいお菓子とか、素敵なティーカップとか出るんだろうなぁああ!! 私も行きたい! と思いながら書きました(笑)


 どこかで書いたと思うのですが、アルカーナ王国では庶民貴族関係無しにめっちゃお茶が嗜まれています。多分三食後+午前と午後にお茶の時間があるのはデフォだと思われます。紅茶=お上品な飲み物、ではなくて日本人で言うところの緑茶に近い感じかな?だからガヴィも普通にお茶を嗜んでます(ああいうキャラって「んなもん飲めるか!」みたいな人多い気がする)


 イルは田舎出身なのでハーブティ的なものや林檎やフルーツを乾燥させた物を一緒に入れたお茶が好みなようです。ガヴィも林檎茶はお気に入りのよう。一人の時はブランデーを垂らしたものも好んで飲むようです。


 アルカーナシリーズで、みんながほのぼのとお茶を飲んでいるシーンを書くのが実は一番楽しい東雲でした。


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