小噺 其の四 独占欲①

「で、こっちが屋敷の図面。まだ仮だからなにか希望があれば――」


 人は、余りに驚いたり理解の範疇はんちゅうを超えると頭が真っ白になる、と言う表現を用いることがあるが、今のイルはまさにその状態であった。


 ガヴィの執務室で拡げられた新侯爵邸の図面に、何故かイルの部屋が当たり前のように組み込まれている。

 いや、ちゃんと説明されたのだが、やはりまだ理解が追いついていない。

「? どうした? 何か気に入らない所があったか?」

「そ、そうじゃない! そうじゃなくて……」

 怪訝な顔をするガヴィにイルはなんとか言葉を紡ぐ。


「へ、変じゃない?!

 だってガヴィのお屋敷でしょう?! なんで私の意見を聞くの?」


 自分では真っ当な事を言ったと思ったのだが、ガヴィは何を言っているんだと言う顔をした。

「お前もノールフォールに帰るんだろ? あそこには今もう生活出来るような建物はねえし、まさか黄昏たそがれと一緒に穴暮らしって訳にいかねえだろうが」

「それはそうだけど……! でも、今でも充分お世話になってるのに……これ以上迷惑かけられないよ!」


私、陛下にお願いしてどこかで暮らすから!


 と言い出したイルをガヴィは何言ってんだと一蹴した。

「……迷惑はかかってない。

 というか、迷惑かどうか判断するのは俺だ。問題ない」

 じっと菫色の瞳に見つめられる。

パニックになりかけているイルにガヴィは堂々と言った。

「……お前が何を思ってるかはこの際置いておいて。

 前も言ったけどよ、お前を慈善事業で養おうって訳じゃない。言っておくがな、俺には明確な下心がある」

「へ?」

 なにかとんでもない事を聞いた気がしてイルはガヴィを見つめ返した。

「俺も、お前も、悲しいとか、辛いとか……自分の言いたい事は溜めがちだろ。

 これからは、お前と一緒に嬉しい事も辛い事もひっくるめて生きていきたいと思ってる。

 いいか? これは、お前が俺を好きだって事を盾に同居に持ち込もうとしてる狡い大人の作戦だ。

 だからお前が俺を好きなら黙って着いてくりゃあいいんだよ」

 あまりの暴論にイルは顔を真っ赤にして口をパクパクさせる。

 ……というかそれを本人に言ってしまってもいいのか。


(……え? これって……ガヴィは私の事が好きって事??)


 自分に都合よく話が進みすぎてどうにも信じられない。

 そもそも好きだとは言われていない気がする。

 イリヤへの気持ちはもういいのだろうか?


「……ガヴィって、私の事……好きなの?」

「……はあ? 

 好きじゃなけりゃ、一緒に住もうとか言わねえだろうが!」

お前、今まで俺の話を聞いてたか? と呆れられる。

「だって……イリヤさんの事は……?」

 上目遣いでおずおずとたずねる。

 ガヴィはもう一度はあ? と言う顔をした後、ガシガシと自分の頭を掻いた。

「……お前は俺に一生イリヤを思って独り身でいろと……?」

「ちが……っ! そういうわけじゃないけど!」

 慌てて否定したイルを片手で制する。

「あー、待て待て。お前を責めてる訳じゃねえぞ」

 ガヴィは少し改まって、咳ばらいをするとイルにきちんと向き直った。

「俺は確かに昔イリヤが好きだったよ。

 ……でもあのまま、あそこにいてもきっと俺達が想い合う事はなかったろうし、そもそも、もうイリヤはいない。死んだ人間とどうこうできるわけじゃねえしな。

 ……俺達は今を生きてんだから、今どうしたいかを考えるべきだろ」

それに、と続ける。

「……俺がいいなんて思ってるのはお前くらいなんだからよ、俺をその気にさせたんだから責任とってもらおうじゃないか」


 凄い理論だ。

 信じられない位のダメ発言。

 とても九つも歳が離れている成人男性の告白とは思えない。


 ここにゼファーがいたならば、間違いなくガヴィをいつかのように張り倒していただろうし、黄昏がいたならば、イルに考え直した方がいいと進言したに違いない。

 だが、残念な事に、ここに今居るのはガヴィの事が好きで仕方がない十四の人生経験の少ない純粋な少女だったのである。

 好きな相手に好きだと言われて断る選択肢は……ない。

「わ……わかった」


 飛んで火に入る夏の虫。

 鴨が葱を背負って来る。


 しかしふざけていると思われても仕方がないこのガヴィの告白も、彼なりに真剣に言っているのがより始末が悪かった。

 イルは何がなんだか解らないまま、失恋したと思っていた相手に告白され、同時に同居する事に相成った。

 とは言え、新居建築までには時間がかかるので、先日までガヴィの屋敷に滞在していた黄昏も、イルとガヴィがノールフォールに居を移すと知って先にノールフォールに帰っていき、完成までは今まで通りに生活する事になった。




「それでなにをそんなに悩んでいるの?」

 シュトラエル王子に付き合って遊んだ午後、王子はウトウトとイルの服を掴みながら寝てしまったので、イルは王妃と一緒にお茶をいただいていた。

「悩んでるわけではないんですけど……」


 ただ状況の変化についていけていない。


 記憶をなくし、元に戻ったと思ったら急にノールフォールへ戻ることになった。しかもガヴィと一緒に。

 実に喜ばしいことなのだが、なんというか話がうますぎる。

 しかもガヴィには告白めいたことは言われたが、その後も二人の関係に変化はなく、至って今まで通りである。

 週末に新居の打ち合わせやガヴィの仕事上の関係でノールフォールに通っていなければ夢かと思うくらいだ。

「なんていうか、現実味がない気がします」

 手持ち無沙汰にシュトラエル王子の髪を撫でるイルを王妃は微笑ましく見守った。

「……今まで辛い思いばかりしたから、急に飛び込んできた幸せが信じられないというところかしらねえ」

 完全な移住まではまだ時間があるのだから、ゆっくりと実感していけばいいのではないかしらと王妃は微笑んだ。

「そう言えば……」

 ハタと王妃が思い出したかのようにイルに声を掛けた。

「近々お隣のクリュスランツェの第三王子がアルカーナに留学に来られるのよ」

 アルカーナ王国の北に位置する隣国クリュスランツェは古くからの友好国であり、イルの故郷であるノールフォール森林にも隣接している国である。

 国土の多くが森林で覆われており冬季が長い。雪と氷で覆われている部分も多く余り豊かな土地とは言い難いが、逆に言えば気候が厳しい土地故に攻め入ることは難しく、氷と森林で護られた王国は難攻不落の国として名高い。

 アルカーナの王家から婚姻を結んだ姫もいることから交流が盛んであり、アルカーナの豊かな物資や資源を提供する代わりに北の護りを請け負っているといっても過言ではない。

 クリュスランツェ現国王のお妃はエヴァンクール国王の実姉であることから社会勉強に王子のアルカーナ留学が決まったらしい。

「確か第三王子はイルと歳が近かったはずだから仲良くしてさしあげてね」

 イルがお世話になっている部屋の並びにある来賓室に滞在予定だからと微笑まれてイルはどんな人が来るのかなと少しワクワクした。

 第三王子が到着した際には歓迎に晩餐会を開くからイルもぜひレイ侯爵といらしてねと王妃に誘われたけれど、果たしてガヴィがそんな晩餐会に行くだろうかと微かな不安は拭えなかった。


【つづく】

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