誰も知らない勇者

りの

第1話

「ねぇ、おじいさん」


「なんだい?」


「何か新しいお話をしてよ」


「お話かい?」


 農作業を終えたわしが一休みをしていると、同じ村の男の子に話をして欲しいと頼まれる。わしはボケ防止も兼ねて子供達に色々な話をする”お話おじいさん”として名が通っている。男の子は目をキラキラ輝かせながら、わしが何か話すのを待っている。


「そうじゃな。じゃあ、勇者の冒険の話をしよう」


「え~! 前にも聞いたお話だよ」


「いや、今日は”誰も知らない勇者”のお話だ」


「”誰も知らない勇者”?」


「そうじゃ。むかし、むかしあるところに」


 わしは男の子に昔話をするように語り始めた。

 誰にも話したことがないこの話を。


***


「ねぇ、きみ! 俺のパーティに入らないかい?」


「いやです」


 俺は勇者(自称)。

 まだ世界を救っていない。

 王様に魔王退治を依頼されてから1年。

 まだ誰ともパーティーを組めていない。

 

 魔王退治に出発も出来ず、王国内で姿を隠しながら俺はパーティーを集め続けていた。

 巷のウワサでは王様から依頼された瞬間に王国にいる様々な職業を持つ人と次々仲間になれる。仲間集めは簡単に出来て魔王討伐もあっという間だ。

 だけど、現実はそんなに甘くない。

 様々な職業ジョブを持つ人に声をかけるも誰も仲間になってくれない。最初は可愛い魔法使いや色っぽい踊り子などを引き入れてハーレムパーティーにしょうと計画。そのため見た目重視で女の子ばかりに声をかけていた。

 俺の下心が見抜かれたのか、女の子とパーティーは組めなかった。このままではいけないと反省した俺は真面目にパーティーメンバーを探し始める。スキルの高そうな魔法使い、可能性を秘めた遊び人と強さ重視に切り替えた。

 だけど、そういう強い人は口を揃えて「もう先約がいる」と断られる。

「なぜだ……どうして誰も俺と組んでくれないんだ」


 気づくと、王様に魔王討伐を依頼されてから一年が過ぎていた。

 王都に俺の居場所はない。俺は王様にバレないように顔をローブで隠しながら仲間集めを続けている。


 冒険の一歩も踏み出せない日々が続いて俺は、だんだん自分が惨めに思えてきた。このままでは冒険をしないまま、終わりそうだ。


「もう、諦めようかな」


 それでいいのか? 折角勇者に選ばれたんだ。世界を救うために戦え。 勇者を夢見て死んだオヤジの声が聞こえた気がする。


「ありがとう、オヤジ。俺、頑張るよ」


「おい、ついに魔王が退治されたぞ!」


 え? 死んだオヤジに魔王討伐を誓った途端、俺の耳にとんでもない知らせが届く。魔王が退治された? 誰が魔王を倒したんだ。

 勇者に選ばれた俺以外に誰がやったんだ。

 俺は朗報を知らせる声がする方へ向かって走り出す。

 その声の主は王都の広場で叫んでいた。

 俺は真実を知りたくて気配を消しながら、広場をうろついていた。


「勇者様が魔王を退治したぞ!」


 勇者!? 待ってくれ! 勇者はここにいるぞ!

 俺が声を出そうとすると、王国の門が盛大に開いた。

 あれは!? 


 俺は目を疑った。視線の先には絵に描いたような勇者一行の姿があった。勇者、エルフの魔法使い、僧侶、剣士。

 世界を救った英雄というオーラを放つ四人組が王都の広場を堂々と歩いていた。広場に集まった国民が勇者達を囲み、王様から褒美をもらっている。


 どういうことだ? あの勇者一行は誰なんだ?

 もしかしたら、俺がモタモタしている間に王様が別の勇者を選んだのか。


「ごめん、オヤジ……」


 俺は自分の不甲斐なさに堪えきれず、死んだオヤジに謝りながらその場で泣いた。


***


 勇者一行を讃える宴は一日中行われた。

 王都に居場所を失った俺は闇夜に消えるように王都の門へと向かう。


「うん? 誰かいるぞ?」

 

 誰も居ないはずの闇夜の王都の広場に人の気配を感じた。

 誰だろう。俺は恐る恐る広場に目を向けると、世界を救った勇者一行がいた。俺は勇者一行に気づかれないように気配を消しながら、先を急いだ。


「もう人間どもは寝静まったかな?」


 うん? 人間ども? 俺は勇者が口にする言葉に耳を疑って足を止めてしまった。あの勇者、どうして人間どもって口にしたんだ。

 まるで、自分は人間じゃないと言っているようだ。

 

「はい、人間達が起きている気配はありません」


 エルフが目を閉じながら、勇者に答える。

 恐らく、索敵魔法を使って確認したのだろう。


「そうか。じゃあ、そろそろ元に戻ろうか」

 

 元に戻ろうか? 勇者の一言を聞いた残りのメンバーが突然黒い煙に包まれる。


「な、なんだ!」


 気づくと、3人は姿を変えている。その姿を俺は図鑑で読んだことがある。あれは堕天使、死神、魔剣士。魔王の部下の魔物達だ。

 しかも、勇者だったアイツは魔王じゃないか!


「人間どもはバカだな。魔王様が簡単に死ぬわけないのに」


 死神は大釜を担ぎながら、大笑いをして人間をバカにしている。

 それを見た堕天使と魔剣士もつられて笑っている。


「あぁ、ワタシが勇者に化けても誰も気づかない。人間とはおろかだな」


 人間をバカにするセリフを吐きながら、魔王は高笑いをする。


「魔王様、このまま王国を潰してしまいましょう」


 魔剣士が背中に帯刀している大剣を振り回している。人間を殺したくて仕方がないという殺意を抑えられないようだ。


「まぁ、焦るな。世の中、焦った者が負けだ。じっくりと計画を進めよう。まずは王を含めた国民に偽りの平和を味わってもらおう。それから始末しよう。平和を味わった人間を絶望に落とした方が楽しいじゃないか」


 魔王の提案に賛同する部下達の笑い声が闇夜に響く。


「マジかよ」


 あの勇者達は偽物! しかも魔王軍。人間に化けて王国を中から潰そうなんて。どうしよう。誰かに知らせなくちゃ。

 俺は慌てて逃げようとすると、その場に転んでしまった。


「誰だ?」


 魔王に気づかれた。このままでは殺される。俺は慌てて立ち上がって逃げようとしたが、足が止まった。恐怖からではない。チャンスだと思った。ここで魔王を倒して勇者になればいい。そうすれば、この一年の惨めさを帳消しに出来る。

 そう考えた俺は王様から授かった聖剣を抜いていた。


「うわぁ!」


 俺は無我夢中で王様から授かった剣で正面から魔王を貫いた。

 魔王の胸から人間と同じ赤い血が流れる。

 何が起こったか理解できなかった魔王は、その場で固まっていた。


 やった。魔王に剣を刺せた。俺は、この1年仲間集めだけに時間を割いていたわけじゃない。少しでも冒険を有利にするため、仲間集めと並行して剣技を鍛えていた。ようやく、それが花開いた瞬間であった。


 魔王は聖剣の力で苦しんでいた。その痛みを耐える顔が恐くて、俺は剣を抜いて魔王を滅多刺しにした。

 体中を聖剣で刺された魔王は、ゆっくりとその場に倒れた。


「ま、魔王様! キサマ!」


 主君を失った怒りで我を忘れた魔剣士が俺に向けて大剣を振り下ろす。 

だけど、俺はその剣技を見切ることが出来た。魔剣士の攻撃をかわして聖剣で魔剣士の心臓を貫く。これで2人目。


「魔王様~!」


 堕天使が突然のことに油断した隙を狙って俺は堕天使を切りつけた。彼女は何が起きたのか、理解できないまま命を散らす。


「ウソだろ!」


 残った死神は仲間達の屍を見下ろしながら、戦意を失ったようにガタガタと震えていた。死を司る神が死を恐れている。滑稽だ。死から逃げようとする死神を俺は背後から聖剣で串刺しにした。

 死神はうめき声を上げながら、この世を去った。


 気づくと、魔王を含めた患部の死体が王都の広場に転がっていた。

 あれ? 俺が魔王討伐したのか?


「俺、勇者に……」


 じゃない。ただの殺人鬼だ。いくら王国を脅かす存在である魔王でも命に変わりない。それに彼らは俺達と同じ言葉が使えた。話し合いで解決出来たかもしれない。そう考えると、俺はとんでもないことをしてしまった。俺は魔王達を殺してしまった罪悪感が強くなった。

 俺は握っていた凶器せいけんを捨てて王都から逃げた。


***


 わしが話し終えると、男の子は怯えていた。

 いけない。つい昔話に熱中してしまった。


「すまない、恐い話をしてしまった」


「おじいさん」


「なんじゃ?」


「その勇者は、どこに行ったの?」


 男の子の質問にどう答えるか、わしは迷った。

 そして、一つの答えを見つけた。


「さぁ、わしにも分からない」


 言えない。その勇者は、きみの目の前にいるよなんて。

 わしが魔王を討伐したおかげで世界に平和が訪れた。

 オヤジ。わしは勇者と胸を張って生きて良いのか?

 死んだオヤジに心の中で問いかけるも答えは返ってこない。

 これからも、わしは英雄という偽りの十字架を背負って生きる。

 それが殺してしまった彼らへの罪滅ぼしだと信じて。

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