ふにゃり




「う~~~ん~~~」

「やっぱり調子が悪かったんだろ。また、日を改めて勝負しよう」

「ん~~~」


 朝日を真正面に受けながら、樽に背中を預けて、伸ばした足に十二本の薔薇を乗せて、腕を組んで首を傾げる魔法使いはずっと、口を閉じたまま唸り声を出し続けている。

 当然だろう。

 結局あれからずっと、単調な落雷一択の攻撃しか出さなかったのだ。

 いや、恐らく、調子が悪いせいでそれしか出せなかったのだ。


(そもそも勝負を挑んできた時点で調子が悪かったんだ)


 手刀を打った理由をいくら考えてもわからなかったから、思考を放棄して、行動でどうにか見つけようとした結果、勝負という案を導き出したのだろうが、就寝時間に決行しようとしたのが間違いだったのだ。

 勇者と魔法使い、一対一の真剣勝負だ。

 奇襲をかける必要もないし、勝負をするならば、ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、万全の状態で勝負すべきだったのだ。


(手刀を打った理由を知るために、勝負するっていうのもよくわからないけど。はあ。朝日が目に染みる。目がしばしばする。凱旋してから眠ってないわけだし。魔王との闘いの疲れも取れてないわけだし。疲れまくっているよな。私も魔法使いも、みんなも)


 勇者の傍らでは、大地に背中を預けて腹を空に向けて、拳戦士も僧侶も魔王も眠っていた。


(魔法使いも時間移動を十二回もして。させてしまって)


「魔法使い。宿に連れて行くから」


 勇者はかがんで魔法使いに背を向けたが、魔法使いはむずがるような声を出すだけで動こうとはしなかった。

 魔法使い、ほれ、と、優しい声で言うと、魔法使いは勇者と、つたない声で呼んだので、勇者はかがんだまま魔法使いへと身体を向けた。


「なんだ?」

「ごめん」

「え~っと。何の謝罪?」

「十二回も魔王と闘わせた。十二回も腕相撲をさせた」

「魔王との闘いは勇者として不甲斐ない私のせいだ。魔王を倒すことを諦めてなかったけど、諦めた私のせい。謝罪は不要だ。腕相撲は。まあ、日を改めて再戦だな。楽しかったけど不燃焼だ。全力の魔法使いと闘いたいし。だから、これに関しても謝罪は不要だな」


 魔法使いは勇者から視線を移し、足に乗せた十二本の薔薇を抱えてじっと見ながら、ゆっくりと想いを紡いだ。


「………私さ。勇者の情けない顔を見るのは、嫌じゃないけど、諦めた顔を見るのは、すっごく嫌で。諦めさせたくなくて、無茶をさせてしまった。私の命をいくら削ってもいいって思った。謝罪は不要だって。勇者は言ってくれたけど。うん。いくら謝罪しても足りない」


 魔法使いが口を閉じて、少し時間を置いて、勇者もまた、ゆっくりと想いを紡いだ。


「………命は、さ。削ってほしくないけど。情けない私の背中を強くさ、叩いて、でくのぼうになった私を動かしてくれた。感謝している。すごく。だから」


 勇者は意識して息を強く吸っては吐き出して、力を抜いて笑った。


「まずは全力の魔法使いに腕相撲で勝って、情けなくない顔を見せようかな」

「………うん。そうだね。勇者も全力じゃないしね。うん。よし」


 魔法使いは十二本の薔薇を抱えたまま立ち上がった。

 すうっと、疲労をまるで感じさせず、流麗に。


「宿に戻ろうか」

「ああ」


 ねぼけまなこの勇者を見下ろした魔法使いは、情けない顔だなあと、微笑んだ。

 魔法使いを見上げていた勇者は目を何度もしばたかせてから、ふにゃりと、相好を崩したのであった。











(2023.12.19)



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ダズンローズデイ 藤泉都理 @fujitori

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