白の月の贈り物

@Jukutomato

ゼロ分目

 空は青いが、しかしどんよりと濁っていた。こういう空の日には大抵雪がふる。

 ボサボサ髪の少女アルドレント・オルギィは、いけ好かない先輩から貰った「暖炉の魔法式」が書かれたパピルスを壁に貼り、かじかむ手を擦った。

 今日は寒い。絶対に使うものかと心に決めていた魔法式を使う羽目になる程度には寒い。なにせアルドレントは寒さに弱い。絶対に使うものかと心に決めていた魔法を使う羽目になる程度には寒さに弱い。

「うー、くそぅ」

 軟弱な自分の体に腹が立つ。

 しかし、時は白の月第51日。寒さの真っ只中だ、仕方がない、不可抗力だ。大体、暖炉の一つも置いていないこの寮の作りがおかしいじゃないか。

「アタシのせいじゃないし」

 鼻を啜り、一人ブツブツと呟きながらアルドレントは登校の準備を始める。

 鏡の前に立つと、ムスッとした不機嫌そうな深緑の瞳がこちらを睨んでいる。ボサボサのプラチナブロンドの髪を、震える手でいつも以上に下手くそな三つ編みにする。それからローブの下に何枚も重ね着をして、長いマフラーを顔が埋まりそうなほどグルグル巻きにした。

 身支度を終え、教科書とノートをブックベルトで巻き、腰に剣を佩いてドアの前に立つと、壁に貼った暖炉の魔法式を乱暴に剥がして懐に忍ばせる。

 じんわりと暖かさが全身に広がった。

「おお……これ、いいじゃん」

 服を重ね着するだけでは得られない暖かさ。これなら外の寒さなど恐れるに足りないだろう。

 深呼吸をし、覚悟を決めてアルドレントはドアを開け――。

「遅いぞアルドレント君」

「ぎゃあ!」

 ドアを開けたその先、いるとも思わなかった男の声に、アルドレントは後ろにひっくり返る。その勢いのまま一回転し、剣に手をかけて眼の前の男を威嚇した。

「何ですか! 何でここにいるんですか!」

「ほお、流石剣士学科だな。機敏な身のこなしだ」

 皮肉っぽい言い方をするが、彼は本心からセリフ通りに関心している。それが分かる程度に、アルドレントはその男と交流を(不本意ながら)持っていた。

「――先輩、何でここにいるんですか」

 敢えて剣にかけた手はそのままに、アルドレントは目の前の男――レイ・ペンバーにそう尋ねた。

 深い群青色の髪の毛は無駄にキッチリとかき上げられていたが、右側の前髪は纏められる程長さが無い為か、無造作にメガネの上にかかっている。丸いメガネの奥では、切れ長で金色の瞳が冷たく光る。

 レイはメガネを押し上げると、腰に手を当てた。

「何故って、作家としては自分が書き上げた魔法式が正しく発動しているか確認する義務があるだろう」

 何を言ってるんだと言いたげな深い溜息をつくレイに、アルドレントは剣にかけていた手を離してシッシッと手で追い払う仕草をする。

「あー、あれなら発動しなかったです。天下の作家学科の先輩も遂に焼きが回りましたね」

「次回からそんな見え透いた嘘を言う時は、懐のパピルスを隠してから言うといい」

 アルドレントはローブの懐から覗くパピルスを、慌てて更に奥へと突っ込む。そんなアルドレントの様子をみて、レイは「フフン」と得意げに笑ってみせた。

「作家嫌いの君が後生大事にしまい込むという事は、僕の魔法式は正しく作動しているという事だな」

「作家じゃなくてアンタが嫌いなんだっての」

「何か言ったか?」

「いえ別に」

 アルドレントはさっさと居住まいを正し、レイの脇をすり抜けて歩き始める。

「アタシは早朝講義ですので、これで」

「待ちたまえ」

 足早にその場を去ろうとするアルドレントの腕を、レイが掴む。アルドレントは小さく悲鳴を上げると、恐る恐るレイの方を見る。

「君、放課後は暇だろう」

「……イエ、ホウカゴハヨテイガ……」

「無いんだな。よし、それじゃあ放課後は僕の部屋へ来たまえ」

「は!? そんなの嫌――」

「もし来なければ、君のそのお気に入りの魔法式は解術するのでそのつもりで」

「ひ、人でなしっ!」

 レイはそう告げるだけ告げ、さっさとその場から去っていく。あとに残されたアルドレントはというと、暖炉の魔法式を胸に抱き「人でなしー!」と叫び続けている姿が他の寮生に目撃されていたのだった。

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