五分目

 五分目ごぶんめともなると、空の色は青と紫に綺麗に分かれていた。つまりどういうことかというと、放課後な訳である。

 マルム学院は大きな一つの島にある。島内はすべてが学院の敷地で、校舎だけで無くちょっとした街のような場所もあるくらいには広い。

「うー、寒っ」

 アルドレントは鉛のような足を引きずるように、作家の学生達の寮がある森の方へ歩を進めていた。雪は徐々に積もり始めている。

 作家学科には、マルム学院の中でもエリートだけが集められている。人数も一学年で五人しかおらず、まさに精鋭中の精鋭なのだ。

 特にレイ・ペンバーは現在在学している全学年の作家の中でも頭一つ抜けた天才へんじんだった。最早教師ですら教えることが無く、他の学生が授業を受けている間は一人で魔法式の実験を繰り返している。

 因みに、作家達の寮は他の学科と比べても扱いが違う。なんと魔法工房も兼ねた一軒家が寮として宛がわれるのだ。

「ほんっと良いご身分だこと」

 アルドレントは舗装された森の道を歩きながら悪態をつく。レイの寮は森の更に奥、魔法鉱石が良く取れる洞窟の中に建っている。そこまでの道のりはとてもとても長い。


++


 アルドレントは洞窟の入り口まで辿り着くと、痛む脚をさすりながらその場にへたり込んだ。

「もう無理、くたくた……」

 獣使いの学生達の魔獣に乗せて貰えれば良かったのだが、如何せん魔獣は魔力の匂いを嫌う。学院でも指折りの魔力量を誇る作家達の根城になど近寄りたがるはずも無い。

 結局、普段から体力作りをしている剣士学科のアルドレントですら、島の端から端を歩ききった頃には泥のように疲れる羽目になった。

「遅いぞ」

 いつまで待たせる気だ、というセリフ付きで、アルドレントの背後の洞窟からレイが顔を出した。

「疲れてるんですよ、ちょっと黙ってて貰えます?」

「口を開く元気があるなら何も問題あるまい。来たまえ」

 アルドレントの返事は聞かず、レイはさっさと翻って洞窟の奥へ消えていった。アルドレントの大きな舌打ちは、奇跡的に彼の耳には届かなかった。


++


「かけたまえ」

 思っていたよりも、ずいぶんと綺麗な居間に通され、赤いベルベットのソファに座るよう促される。

 二階建ての寮は一階が吹き抜けのようになっており、キッチンやバスルーム等はこちらの方にあるようだ。寝室と工房はどちらも二階だろう。

 洞窟の中なのに、あちこちの窓からは緑の木々が見え、穏やかな木漏れ日が部屋に差し込み、小鳥のさえずりが聞こえる。恐らくはレイの開発した魔法式だろう。

「アタシの部屋とは大違いですねぇ」

「そうか? 大して変わらないだろう」

「は? マジで言ってます?」

「ん? マジだが?」

 何故そんなことを聞くんだ、と言う顔でレイがアルドレントを見る。アルドレントはため息をついて「何でもないです」と首を振った。

「で? 何のご用で呼んだんですか?」

「……ふん、とりあえずお茶でも飲むと良い」

 アルドレントは目の前に置かれた紅茶のカップより、レイの方を訝しげな目で見た。今何か、鼻で笑ったのか?

 一体何があるのか、普通に怖い。

「まず先にこれから伝えておこう。マルム学院では定期的にニグルムを封印しているのは知っているな?」

「はい。学生は皆、入学の時に聞いてますよ」

 マルム学院――公称マルム・デトゥルーテ学院は、学生の学び舎であると同時に世界のニグルムを封印するための人員育成の場でもある。

 ニグルム。この世界にとって厄介者のそれは、空を覆いながら病魔をまき散らす、災害の類いだ。原因は不明、対処法も定期的な封印の他には無い。

「ニグルムの封印には作家と剣士が相棒を組んで当たることになっている。今回の作家には僕が選ばれた」

「まあ、そうでしょうね」

 ニグルムの封印には、その時に最も優秀な作家と剣士が選ばれる。それを考えれば、彼が選ばれたのは至極当然だ。

 ニグルムは封印の度に形を変えるため、前回使った封印の魔法式を流用することが出来ない。それこそ、封印の度に一から作り直す必要がある。

 作家の役割は、ニグルムを封印するための魔法式を作ること。

 そして剣士は、封印の魔法式が刻まれた剣でニグルムを封印することが役目だ。

「まあ、大変でしょうけど頑張って下さい」

「それで、剣士には君を推薦しておいた」

「……ん?」

 さらりと流される様にそう言われ、アルドレントは目を瞬かせる。

 レイの方へ視線を向けると、アルドレントに向かってグッと親指を立てていた。

「はあぁー!?」

 ソファから勢いよく立ち上がる。テーブルの上のカップが大きく揺れて紅茶がこぼれかけた。

「な、なな、何でアタシが!?」

「成績、生活態度、性格、僕と反りが合うかどうか。総合的に見て判断した」

「いや、最後のはどう考えても合わないでしょ……」

「そうか? 良いコンビじゃないか」

「マジで言ってます? あ、その顔はマジで言ってる顔だ……」

 顔で気持ちを汲み取ってしまう自分が悔しい。

 アルドレントは大きくため息をついて頭をかいた。立ち上がり、帰り支度をする。

「……少し、考えさせて下さい」

「ああ、決まったら連絡をくれ。おい、待て。これを持って行くんだ」

 扉の取っ手に手をかけていたアルドレントに向かって、レイが何かを放り投げる。

 取り落としそうになりながらも、何とかそれをキャッチした。開いた手の中にあったのは――。

「ペンダント?」

 人差し指の先程度の大きさをした赤い魔法鉱石。中には魔法式が書かれているらしい小さなパピルスが丸めて納められている。銀色の紐がついて、首からかけられるようになっていた。

「身につければ幸運を寄せる魔法式が組み込まれている。本来は不運を除ける魔法式のつもりだったが失敗してね。これを渡すために呼んだんだ」

「それなんか違います? ていうか失敗作を寄越さないでください」

「全く違うだろう。運命学の授業で聞かなかったのか? それに失敗はしたが失敗作では無いぞ、失礼だな。貰わないなら暖炉の魔法式と一緒に返したまえ」

「ありがとうごさいます大事にしますそれじゃ!」

 アルドレントは早口に捲し立てると、ペンダントを暖炉の魔法式と一緒に懐に突っ込んで慌てて部屋から出て行った。

 そんなアルドレントの後ろ姿を見ながら、レイは満足げにほくそ笑んだ。

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